フシギな感情の正体
過去編です。
悠人と初めて会ったのは一年生の時で同じ部活で同じクラスという事もあり、いつの間にかいつも一緒にいるような関係になっていた。とは言っても、その時は普通の親友という関係だけで僕が一方的に気持ちを寄せるという事も無かった。
そう、あんな事が無ければ......
「なんだあ、真面目な翔太ちゃんは休み時間もお勉強中かあ」
授業終了のチャイムが鳴り教室全体が糸が切れたように騒がしくなった後、英単語帳を引っ張り出して読んでいると、隣のクラスから悠人が暇そうにしてやってきた。
「もうすぐ三年生だしね。悠人はちゃんと勉強してるの?」
「俺は推薦狙ってるからなあ、まあぼちぼちってとこですか」
と、はぐらかしながら少し強引に僕の椅子を半分陣取った。悠人が椅子の左半分に座り、右半分に座っている僕と体を密着させると悠人の尖りの無い柔軟剤の匂いが僕の鼻腔をくすぐった。僕はこの匂いを嗅ぐと、何か抱擁されていう時の安心感の様な感情が芽生える。街中にいても、予備校で勉強していてもたまにふわっと香るような気がするのは悠人の匂い中毒なのだろうか、それとも物凄くメジャーな柔軟剤なのだろうか。
そんな匂いと共に僕の体が何かに反応したようだった。この心臓がどきりと鳴るような感情は何だろうか。教師と話すときの緊張感でもなく、先輩と話すときの恐怖感でもない。無理やり形容するならば女子に話しかけられたときの感情に似ている。と、言うことは僕は悠人に好意を抱いているのか?いやいや、そんな訳が無いだろう馬鹿なのか僕は。今までだって普通に女子を好きになって男とは友達として接してきたじゃないか、馬鹿じゃないのか自分は。
「レベル高いねー、俺がやってる単語帳はこれのbasic版だし」
気付くと悠人の頬が僕の頬に引っ付きそうなくらいに近づいていた。
「うわあっ!」
思わず女性の悲鳴に似た声を張り上げてしまった。
「どしたの、翔太」
悠人は目を真ん丸にして、ぎょっという効果音が出そうなくらいに呆然とした顔をしていた。
「い、いや、何でもないよ、うん、ごめん」
なんだこれ。なんで身体中の血の動きが早くなっているんだ。
「なんだよ翔太、もしかして俺の事嫌いになっちゃったの?」
「いやいや違うよ、嫌いどころか好きだし......あっ」
とりあえず否定しなきゃ、という心理が動いてしまって自分でもよく分からない言葉が飛び出してしまった。なんだよ、好きって。確かに好きだけど、それは友達としてって意味だし。別に間違ってないよね、うん。自分の頬に手を当ててみると、手が焼けそうなくらいに熱くなっていた。
周りの状況が訳が分からなくなる程、混乱していると休み時間の終了を知らせるチャイムが響いた。
「おっ、じゃあ戻らなきゃ。また放課後なー」
「う、うん」
動揺を隠しながら着席をするも、心臓がバクバクと鳴ったままで次の授業がなんだったかも忘れるくらいだった。
長い長い物理の授業が終わり、皆今日の授業が終わった疲労感とこれから始まる部活の面倒さに愚痴を溢しながら支度をする中、僕の気持ちはなかなか部活に向かなかった。部活に行くとなると、どうしても悠人と顔を合わせなければいけない事が僕の胸につっかかえていた。何故だか、悠人の事を考えると胸がざわついてしまう。
「どうした、今日は部活行かないの?」
声が発された方を見ると、同じクラスの楓が珍しくなかなか部活に行かない僕を疑問に思って話しかけてきた。
「あ、ああ、行くよ、うん」
「おう、頑張れ」
楓にどやされたように教室を出ると、僕の体は下駄箱の方へと向いていた。
何か今日の僕はおかしい。熱でもあるんだろうか。とりあえず早く家に帰ろう。
悠人に会う前に......
「あれっ翔太じゃん。部活行かないのー?」
心臓が音をたてて大きく動いた。
ギギギッと鳴ってもおかしくないくらいに、ぎこちなく体を反転させて振り返ると、翔太が大きく手を振っていた。
「な、なんで悠人がこんなところにいるの」
「いやー、古文のプリント出し忘れちゃって」
職員室の扉の前から、手を頭に当てて困ったような顔をして話ながら、こちらへと近づいてくる。
「こ、来ないで!」
「えっ、えっ、どうしたの?」
体がビクッとした後、悠人は恐る恐る尋ねるように話した。
僕は自分で放った言葉に自分でも驚いていた。僕は何を言っているんだ。何故悠人が近づいてきちゃ駄目なんだ。やっぱり今日の僕はおかしい。
「ご、ごめん、今日ちょっと風邪気味でさ。顧問にも言っておいて」
「お、おう」
悠人が顔をこわばらしながら返事をしたところを確認すると、僕は下駄箱へと急いだ。なんで悠人に会うとこれほどにも感情が高ぶるの。ただの友達じゃないか。これは何の感情なんだ。下駄箱で乱雑に上靴とした靴を入れ換えると、また駅までの道を走り出した。
「なんで、なんで......」
息を切らしながら駅までの道のりを全力で走りきると、いつもの見慣れた駅舎が視界に入った。
「落ち着け、僕」
ふうっと大きく深呼吸をして、目を駅舎に向けるとちょうど電車が駅に着いたようだ。またドタバタと小走りをして自動改札を抜けて電車に乗り込んだ。スカスカな車内にどかっと座ると電車の稼働音が鳴り始め、おずおずと動き出した。次の駅までの住宅街を窓の枠から見ながら、今日の色々な出来事を頭に巡らせる。どんなことを考えても、やっぱり悠人の事が頭から離れず靴に引っ付いたチューインガムのようにへばりついている。
やっぱり、やっぱり僕は悠人の事が......