心の扉
2、3日経った、ある日のこと。
「環那。帰ろう」
帰りのホームルームが終わって、帰る用意をしていると夏芽が声をかけてきた。
「うん……」
私達は昇降口に向かって歩き出す。
「環那。どうなの?杉山君の記憶のほうは」
「……うざいとか言われちゃって。あれから、あまり話していないの」
また、胸がキュッと締めつけられる。
「私、思うんだけど。杉山君の記憶を戻せるのは環那しかいないんじゃないかな?」
「そうかな……?」
「そうだよ!だって、転校して来た頃と記憶を失う前の杉山君。随分変わったよ。それって、環那が変えたことでしょ?」
「……」
そうなのかな?
「早く杉山君にもとに戻ってもらって、さっさとくっついちゃいなよ!じゃないと、悠生君だって環那のこと諦めきれないよ」
夏芽は、私の肩をポンと叩いた。
「あはは~。まさか~。悠生には断っているんだし、諦めきらめてるって」
私は、思わず苦笑いしてしまった。
昇降口に行くと、いつの間にか雨が降っていた。
「あ!やばい。傘持って来てないよ」
私の横で夏芽が、がっかりした顔で言った。
私のほうは珍しく、傘を持って来たので、夏芽のことを入れてあげられる。
「夏芽。私、傘持ってるから入れてあげるよ」
「ありがとう~。助か……。やっぱりいいや。他のこの子の傘に入れてもらうから。環那は他の人を入れてあげて~」
夏芽は意味ありげに、私の隣を見た。
「……?」
私は不思議そうに、隣に目をやった。
傘を持って来なかったのか、奏太君が立ち止まったまま空を見上げていた。
「環那。頑張ってね」
夏芽が、耳元で囁いた。
頑張ってって言われてもな……。
とりあえず、奏太君に声をかけてみる。
「あ、あの……。奏、杉山君。傘、持っていないんだったら……。よかったら、私の傘に入って行く?」
「……いい。走って帰るから」
奏太君がボソッと言った。
「でも、濡れて帰って風邪引くと大変だし」
私に傘を貸して、奏太君が風邪を引いたこともあった。それに、奏太君の傘に入れてもらったこともあった。
これは、思い出してもらうチャンスかも。
「いいから、杉山君。入って!」
私は、奏太君の腕を掴んだ。
「こんな雨、どうってことない。本当、青山ってうざいな」
ぶつぶつ文句を言った。
でも、奏太君は文句を言いながらも、傘に入ると変わりに自分で傘を持った。
「俺が、持っていたほうが入りやすいだろ……」
「ありがとう」
奏太君のさりげない優しさは、前と変わらない。
私は少し安心した。
「前にも、雨の日に杉山君の傘で帰ったことがあったんだよ」
奏太君に、少しでも思い出してもらおうと、猛スピードで走って来た車のせいでびしょ濡れになったこととかを話す。
「2人とも、びしょ濡れになって、杉山君の部屋に行って服を乾かしたりしたんだけど……。」
チラッと奏太君を見た。
「青山が俺の部屋に?覚えてない……」
時々、片手で頭を押さえながら痛そうにしている。
「ごめん。無理しなくていいから」
私は慌てて、奏太君を落ちつかせた。
やっぱり、だめか……。
私はがっかりと肩を落とした。
「昨日、どうだった?」
次の日。夏芽が興味本位で聞いてきた。
「ううん。だめだった。思い出そうとすると頭が痛くなるみたいで……」
私は溜め息をついた。
ーなあんだ。まだ、思い出せないのか~。せっかく、2人っきりにしてあげたのに。
夏芽の心の声が、私の胸に響いてくる。
「ありがとう夏芽……」
「あ!また、読んだでしょ……」
夏芽は唇を尖らせると、恥ずかしそうにした。
「ごめん」
私は両手を合わせて謝る。
「それで?他に、思い出せそうなこと何かないの?例えば、一緒やったこととか……」
「ん~。あとは、公園でボートに乗ったことかな……。それと、私のせいで怪我した時は責任を感じて、ご飯を作りに行ったこともあったけど」
「じゃあ、次は公園に誘って、ボートに乗ってみたら?ひょっとしたら、思い出すかもよ~。それが、駄目だったら杉山君のマンションに行くとか~?」
夏芽が、遠足かハイキングの計画を立てるかのように、ウキウキしながら提案した。
夏芽なんか、面白がってない?
「ほら!杉山君がちょうど来たから。誘ってきなよ」
夏芽が私の背中を押した。
奏太君が教室に入って来ると、自分の席に座った。
「す、杉山君。今度の休みって暇?」
「暇だったら何?」
「じゃあ、一緒に緑公園に行かない?」
「は?どうして、青山とデートしないといけないわけ?」
奏太君がジロッと私を見た。
「デートって言う訳じゃないの……。す、杉山君が記憶をなくす前、2人で公園に行ったから何か思い出すかなと……」
私は思わず肩をすくめた。
「あいにく、暇じゃないから」
「そ、そう……」
がっかりしながら、とぼとぼと夏芽の所に戻った。
「どうだった?」
「だめだった……」
「じゃあ、次。杉山君のマンションに行くのはどう?」
「え!無理だよ。それに杉山君のお母さんからも部屋の鍵は預かってても、行くきっかけがなくて行けないんだよ……」
私は慌てて手を左右に振った。
「何、弱気なこと言ってるのよ!」
夏芽が、少し強い口調で私に言った。
確かに私、弱気になってるかも……。このまま、奏太君の記憶が戻らなかったらどうしようとか考えちゃうし。
でも、一週間経ってまた、佐山先生によってきっかけが訪れた。
「青山。今日、杉山は病院で休みだからまた、プリント届けてくれないか?」 佐山先生が、私の所にプリントを持って来た。
「いいですよ」
「いつも、悪いな~。頼んだぞ委員長!」
佐山先生は、プリントを渡すと私の肩をポンと叩いた。
本当に人使い荒いんだから~。でも、これで行くきっかけができた。
さっそく、学校が終わると奏太君にプリントを届けに行った。
ドキドキ……。
インターホーン鳴らすだけでも緊張しちゃう。
ピンポ~ン!!
私は思いきって押してみた。
「はい」
奏太君の声が聞こえてきた。
「あ、青山環那です。先生から、プリント預かって来たんだけど……」
「ちょっと待って」
そう言ったのに、なかなかドアが開かない。
どうしたんだろう?まさか、前みたいにまた、倒れているんじゃ!?
私は、慌てて預かっていた鍵を鞄から出すと、鍵を回した。
ガチャン!
鍵が開いた!
私はそっとドアを開けた。
「お邪魔しま~す」
勝手に入るけど、許して!
奏太君が倒れてたら心配だから様子に行くだけだから……。
「す、杉山君。大丈夫……?」
私は、奥の部屋に進んでいった。
すると、奏太君がドアごしにいるのが見えた。
よかった!倒れてない。
「杉山君、ごめんね。勝手に入って……」
私は、そっとドア開ける。
「……!!」
私は、その場に立ち尽くした。
一瞬、何が起きているのかわからなかった。
だって、奏太君が女の子とキスしていたから……。
「あ、青山!?」
奏太君は、慌てて女の子から離れた。
この間の女の子と違う……。髪はストレートでモデルみたいな綺麗な子だ……。
「み、見るつもりはなかっの……。なかなか開けてくれなかったから……、また、倒れているんじゃないかと思って……。ごめん!勝手に入ったりして。さよなら!」
私は、くるっと身体を翻すと慌てて部屋から出て行った。
私の瞳に涙がどっと溢れてきた。
部屋から出ると思いきり走る。
今までの女の子とは全員別れたって言ってたのに、どうして?
私にした唇で、あの女の子ともキスしてた……。
記憶が戻らないから、何してもいいわけ?
後から後から、涙がこぼれてくる。
「環那!!」
急に、私を呼び止める声がした。
振り向くと、悠生が立っていた。
「悠生……」
「どうしたんだよ!?泣いたりして」
悠生が、びっくりした顔で私を見た。
「……」
ただただ泣くだけで、言葉が出てこない。
「この近くって、杉山のマンションがあるよな?もしかして、あいつと、何かあったのか!?」
「……女の子とキスしてて……」
気持ちを落ちつかせると、やっと言葉にする。
「杉山のやつ!俺、あいつに会ってくる!」
悠生はその場を駆け出そうとした。
「悠生、待って!……杉山君、記憶もないし私のことだって忘れてるの……。だから、行っても悠生のこと覚えてないかも」
私は、ギュッと悠生の袖を掴む。
「環那……」
名前を呼ぶと悠生は私を抱き寄せた。
「!!……」
「あんなやつ忘れて、俺にしろよ!俺だったら環那のこと絶対泣かせない」
悠生は、私を抱き締めながら言った。
「……ありがとう。でも、この間も言ったけど悠生とは友達でいたい」
すまなさそうに、悠生の顔を見る。
「……ごめん、諦め悪くて。でも、環那のそんな顔は見たくない」
「……だって私、どうしたらいいのかわからなくなっちゃった……。杉山君のお母さんにも先生にも、力になってあげてとか言われたけど、自信なくなっちゃった……」
また、涙が溢れこぼれ落ちた。
ショッキングな出来事があってから、学校に行く気にはなれなくて、3日間休んだ。
「環那~。夏芽ちゃん、来てくれたわよ」
お母さんがドアを開けると、夏芽が後ろから顔を出した。
「今、飲み物持って来るわね~」
そう言うと、お母さんは部屋から出て行った。
「環那。大丈夫?事情は悠生君から聞いたよ」
「……ごめん、心配かけて」
「杉山君、環那に告白しておいて他の女の子と……。許せない!」
夏芽は口を尖らせた。
「前の記憶しかないから、仕方ないのかな……?」
また胸がキュッと痛くなる。
「環那……。」
「本当に杉山君の記憶戻せるのかな……?なんか自信がない」
いっぱい泣いたのに、また涙が溢れてくる。
「焦らないで行こうよ。環那しかいないんだから!でも、まんがいち杉山君の記憶が戻ったらどうするの?」
「どうするのって……?」
「だって……、他の子とキスしてたのに……」
「その時になってみないと、わからない……」
心の中では、あの出来事が、幻覚ならと思ってるのに……。
「とにかく、明日は学校に来なよ。私、朝迎えに来るから」
「うん……」
夏芽が真剣に言うので、私は頷いた。




