心の扉
第三段。環那とデート中に奏太は子供を助けようと階段から落ちてしまった。その後の奏太はどうなるのか……?
ピッピッピ……。
奏太君が頭に包帯を巻かれた状態で、病院のベットの上で痛々しい姿のまま眠っている。
あれから、救急車を呼んで病院まで運んでもらった。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
男の子が心配そうに、奏太君を見た。
「い、今。疲れて眠っているだけだから、大丈夫だよ」
私は、安心させるように男の子に言う。
奏太君が助けた男の子とお母さんが、責任を感じて一緒に付き添いで来てくれた。
「奏太……」
奏太君のお母さんが、ハンカチで口元を覆いながら、泣きそうなのをこらえた。
奏太君の両親も病院からの連絡を受けて駆けつけてきたけど、もう5時間も眠ったままだ。
すっかり空は夕焼けに包まれていた。
検査で脳には異常がなかったのに、このまま目が覚めなかったらどうしよう……。
不安でたまらない顔で、眠ったままの奏太君を見た。
「本当に、ごめんなさい。私が目を離したばかりにこんなことに……」
奏太君の両親に男の子のお母さんが、潤んだ目で目頭を押さえがら頭を下げた。
「幸い命に別状はなかったことですし。息子が命を張って自ら、お子さんを守ろうとしてやったことですから……。気になさらないで下さい」
奏太君。お父さんはお金にいとめをつけないとか言っていたけど、お金より子供のことを一番に想っている顔だ。
「奏太……!!」 急に奏太君のお母さんが、叫んだ。
見ると奏太君がゆっくりと目を開けた。
「奏太、わかるか?」
奏太君のお父さんも、奏太君に声をかける。
「……ここは……?」
「病院だよ。この子を助けるのに、歩道橋の階段から落ちたそうだ……。覚えてないか?」
お父さんが、男の子を奏太君の前に連れて来て合わせた。
「……覚えてない……。」
奏太君は、ボソッと呟いた。「奏太君!ほらら、歩道橋の階段でこの子が落ちそうになった時、奏太君が助けたんだよ!覚えてない?」
私は、必死に説明した。
「……俺が?それに、君は誰?」
思いがけない言葉に、私は呆然としてしまった。
「私だよ……。環那、青山環那。同じクラスの……」
「青山……環那?わからない……」
顔をしかめながら奏太君は、頭を押さえた。
脳には異常がなかったのに、どうしてわからないの?
私はショックで、その後はかける言葉も出てこなかった。
先生の診断によると、検査の時にはわからなかったけど、頭を打ったショックで一時的に、ここ2ヶ月の記憶がなくなったらしい。
奏太君が転校して来てから、ちょうど2ヶ月。
奏太君が私をかばって腕に怪我して、変わりにご飯を作ってあげたこととか、学校の倉庫でキスしたこととか覚えていないってことになる。
思い出してもらおうと私は毎日、病院に通って3週間が経った。
「環那ちゃん。毎日、来てくれてありがとうね」
奏太君のお母さんが、私の手を握りしめた。
「こちらこそ。毎日、すみません……」
「いいのよ。でも、こんな可愛らしい彼女がいたなんて知らなかったわ……。それなのに、奏太ったら……。あなたのこと覚えてなくてごめんなさいね」
「……」
お母さんに奏太君の彼女とは言っていないのに、なぜか勘違いしたままだ。
「明日、退院だけど……。学校も通えるし生活するには支障はないみたいなの。環那ちゃん。何かあったら、奏太の力になってあげてくれる?」
奏太君のお母さんが、心配そうに言う。
「はい。まかせてください」
奏太君の記憶が戻らないままだし。本当は全然、自信がなかったけど、お母さんを安心させるために自信満々に答えた。
「よかった。じゃあ、環那ちゃんに、これ渡しておくわね」
お母さんが、私の手に鍵を持たせた。
「これって……」
見たことがある。奏太君の部屋の鍵だ!
「2ヶ月前の記憶はあるから、住んでいた所はわかるみたいなの。それで時々でいいから、奏太の様子を見てきてもらえないかしら?環那ちゃんのこと思い出すきっかけがあるかも知れないし……」
「……」
奏太君のお母さんが、少しでも思い出すきっかけをと機会を作ってくれたけど、私のこと覚えていないのに、どんな顔をして行ったらいいんだろう。
確か最初は、奏太君が風邪で学校を休んでプリントを持って行ったんだよね……。
私はそっと唇を噛み締めた。
そして、奏太君が退院してから一週間が経った。
いよいよ今日から、奏太君が登校してくる。
退院してから、一度も奏太君に逢っていない。
私がそわそわしていると、
「どうしたの?環那」
夏芽が聞いてきた。
そうだ。まだ、夏芽には杉山君のこと話してなかったんだ……。
私は、夏芽に杉山君のことを話した。
「え!じゃあ。杉山君、私達のことも覚えていないってこと?」
夏芽は、目を丸くさせながら聞いてきた。
「うん……」
「そうなんだ……。じゃあ、環那に廊下で告白したことも忘れちゃってるのか……」
「……」
私の胸がキュッと締めつけられる。
「だから。最近、環那の様子が変だったのか~。でも、大変だったね。やっと両想いになったのにデートの最中に、事故に遭うなんて、杉山君も災難だねぇ」
「違うの。デートって言っても、気持ちを確かめるためにしたたげで……。まだ、返事してないの……」
「そうなの?
でも、環那の気持ちは決まっているんじゃないかな?」
夏芽がニヤニヤしながら、私を見た。
「え?決まってるって……?」
私は、夏芽に続きを聞こうとした。
「青山。ちょっといいか」
佐山先生が教室に入って来た。
「なんですか?」
「杉山のご両親から聞いたぞ。毎日、杉山の見舞いに行っていたこと」
奏太君のお母さん。先生に話したんだ……。
「事情を知っている青山だから頼みたいんだがな。記憶がないぶん杉山は戸惑うと思うんだ。だから、青山が力になってやってくれ」
佐山先生は、私の肩をポンと叩いた。
奏太君のお母さんと同じことを言われても……。病院でも、奏太君に話しかけても全然、思い出してくれなかったのに。
「杉山。中に入っていいぞ」
佐山先生が、教室の入り口まで行くと廊下にいた奏太君を呼んだ。
奏太君が、教室に入って来るとみんながざわめいた。
ーどうしたの?杉山君。前の方がよかったのに~。
ー入院していたって聞いたけど、何があったわけ?
次々とクラスのみんなの心の声が聞こえててきた。
奏太君を見ると、2ヶ月前に転校して来た時と同じ、眼鏡をかけたダサ男に戻っていたからだ。
「杉山。席は青山の後ろな。じゃあ、青山頼むな~。ほら!みんな席につけ~」
佐山先生は、さっさと教壇の方に行ってしまった。
「あ、あの。奏太君……」
私は、奏太君を見つめた。
「何かようか?」
奏太君は、席に座ると私を見た。
「も、もう。身体のほう、大丈夫なの?」
「ああ……」
話が続かない……。
「奏太君。本当に私のこと覚えてない?」
「……うざいんだけど。毎日、病院に来て同じこと聞いたよな?それに、彼女でもないのに下の名前で呼ぶのもな」
「……」
奏太君の言葉が、私の胸にツキンと突き刺さる。
奏太君がデート気分を味わえるためにって、そう決めたことだった。私の心の中では、あのデート日は止まったまま。心の中では奏太君って呼んでいいよね?
「ごめん……。そうだよね」
私は、頭を下げると自分の席に座った。
私の瞳には次第に、涙が溢れてきた。
どうしたんだろう私……。
奏太君が記憶がないって知ってから、情緒不安定になってる。
やっぱり、私。奏太君のこと好きなんだ……。だから、夏芽が私の気持ちは決まってるって言ったのかも。
私は、やっと確信した。




