はじまり
木枯らし男がやってきた。
今年もまた子供たちは、
この風変わりな格好をした皮肉顔の男と、
ひと冬かぎりの旅をする。
「さあ、むかえにきたよ」
木枯らし男は言った。
窓から見える月は、ちょうど東のやまの端から顔を出して、あたりを青白く照らしていた。
「寒くはないかい?」
開けはなした窓からは、木枯らし男のひんやりとした冷たい空気が流れ込んできた。
またあの冒険が始まる。
パジャマ姿の兄と妹は、期待に目を輝かせて息を大きくすった。
「よしよし。覚えてるね、いい子たちだ。さあ、手をつないで。行くよ、そら」
ひときわ大きな風がふいて、子供たちの体がふわりと宙に浮いた。
「わあ〜」
幼い妹はおもわず声をあげた。
しぃー、と兄は、妹のくちびるに指をあてて言った。
「父さんと母さんが起きちゃうよ」
母さんが起きてきたら、きっとこう言うに違いない。
あらあら窓なんか開けて、風邪ひいちゃうわよ、いい子だからもう、おとなしく寝なさい、と。
せっかく木枯らし男がやってきたというのに、おとなしく寝てなんかいられるもんか。
木枯らし男はそんな兄の気持ちを察したのか、皮肉顔をゆがめてニヤリと笑った。
「だいじょうぶさ、さっき窓から部屋をのぞいてみたが、それはもう、ふたり仲良くぐっすりと眠っていたよ」
「人間を観察してみようと思うんだ」
送電線をくぐって、月明りに照らされた町へと一直線に飛びながら、木枯らし男は叫んだ。
兄も幼い妹も、手を離して吹き飛ばされないように、木枯らし男の腕にぎゅっとつかまった。
幼いふたりの兄妹は、この素敵な夜の景色を見逃さないように、しっかりと目を見開いた。
上空から見下ろす景色は、近くのものは早く、遠くのものはゆっくりと、
風と共にぐんぐん後ろのほうへ流れていく。
とても静かな夜だった。
ボウボウボウと風の音が鳴った。
月がいつまでも、三人のあとをついてまわった。
「僕は人間が、好きなんだ」