飛(トリップ)
驚きの回転率に目が丸くなりました。
1話ですでに評価とお気に入りがあるのか…、さすがMMORPG。
人気作家さんはこの比じゃないのでしょうけどね。
それでは展開が遅い2話目、始まります。
一つの太陽、一つの月、数多の星が天上をめぐる広大な世界。
《虹の大地》
過去と未来をつなぐ、冒険が始まる。
Various Online
(ヴェリアス・オンライン)
君は、この星の真実にたどり着けるか?
なんてキャッチフレーズを掲げたオンラインゲームがある。
通称VOと呼ばれるこのゲームはそれなりに有名な作品で、6年前からサービスが開始されて未だに人気が高かった。
理由はいくつかあって、まず一つが世界感。
シンプルなファンタジー要素。勇者がいる、魔王もいる、武器が使える、魔法も使える、モンスターが出てくる、妖精も出てくる、となるほど確かにファンタジー。
次に映像、グラフィックの綺麗さ。
クォータービューで描かれた世界は色鮮やかで、3DCGの滑らかな線とスムーズな動作が美しく評価が高い。起用されているクリエイター自体も人気らしい。
だめ押しに、キャラクター作成の自由度。
顔の細かなパーツと髪型のバリエーションが多く、身長から体格まで自分の好きなように調節できる。
選べる種族も様々で、心を移す分身として思い通りのキャラクターを作ることができた。
季節折々のイベントも豊富で基本プレイが無料なこともあり、年齢性別を問わず幅広い世代から愛され続けていた。
そんな人気オンラインゲームにオレが誘われたのは、9月中旬の出来事。
直接オレに声をかけてきたのはタイチだったけど、シュウが言い出しっぺでタイチに相談して勧誘が決まったらしい。
曰く、たまには気を抜く必要だってある、と。オレはバスケも十分息抜きのつもりだったんだけどなー…。
成績に追われる進学校生徒がゲームをやってていいのかって最初は微妙だった。けど、時間を決めて楽しむ分には全く問題ないそうだ。それに校内でも以外と遊んでる人がいるんだとか。
みんなが言うには、たとえ時間が制限されていても、たくさんもらえるお小遣いで特別なアイテムを買う、俗に言う課金プレイってのをすれば、短い時間でもちゃんと強くなれるので面白い。
……あの、オレ勤労奨学生なんですけど。ゲームにお金とかかけられないんですけど。
お金の話になってオレの表情が曇ったのが分かったのか慌てて、オレ自身が課金する必要はない、コントローラーも買い換えたお古を貸す、持っているアイテムを分けるからみんなのクラブに入って一緒にVOで遊んでくれればそれでいい、と説明を加えた。Lvが低い始めの頃も、パーティを組んでモンスターを倒しに行けばすぐに強くなるから退屈しないよとも言っていた。
TVゲームさえまともにやらないオレは、それがあまりほめられたことではない養殖と呼ばれる行為だと知らずに、熱心に楽しそうに誘う彼らの言う通りにゲームを始めた。
すぐにそのことを知って、自分で強くなるからとアイテムは全部返しちゃったけどね。
みんなが純粋にオレとゲームをやりたかっただけだってのは知ってたから、怒ったり喧嘩したりせずにちゃんと話し合って、オレはアドバイスをもらいながら順調にLvを上げていった。
初心者のマークが消えて、少しは自分でクエストってのを受けられるようになって、中堅より少し下位まで強くなった頃、オレは一度VOを止めた。
きちんと時間を制限したとしても、勉強に使えた時間を遊びに使っているのに変わりはない。オレは少し、成績が落ちかけていた。
周りから見れば偶然調子が悪かっただけだろうも思われるような程度でも、素材が悪いオレの頭は毎日の積み重ねがないと不安で仕方なくなるんだ。精いっぱいの努力でやっと、ここにいられるオレは。
ここ1ヶ月、VOを全くプレイしていなかった。その分、以前の調子を取り戻すために勉強の方に力を入れていた。
頑張った成果は、中間テストの公開成績が教えてくれた。シュウが順位表の上を指さしながらオレをつぶしてくれたのは記憶に新しい。何でオレよりはしゃぐかな、もう。
そんなこんなでオレの復活…ってほどおおげさじゃないけど、安定した頃を見計らい、上手い具合に重なる時期にVOの期間限定イベントが発表されたこともあって、マサとシュウがオレをVOに呼び戻そうとまたもやタイチに相談を持ちかけたそうだ。
何か、同じクラスってだけで連絡係扱いされているタイチが可哀相だ。
「今度こそ成績に響かない程度に、時間を調節するからね? あんな詰め込みばかりじゃ覚えたことにはならないしさ」
「分かってる、ってかオレらも調子乗りすぎてた。次はもっと自重して誘うよ」
「頼むよ」
「さーせん(笑)」
後部の空いていたシートに並んで座って、オレは限定イベントとやらの説明を聞いていた。
12月のメイン行事クリスマス、ではなくて、年越しを迎える方の意味でVOの製作会社はイベントを立てたらしい。
1年が終わりを迎える、転じて、世界が終わりを迎える、結論、世界の危機。
……安直と思ったオレを許して欲しい。
考えてることが伝わったのか、タイチも微妙な顔で詳細を続ける。
月が瞬きを始める。
光が欠けていくほどに、闇の力は増していく。
集え、冒険者たちよ。
光と闇の力が交差する時、世界は混沌に包まれる。
World Crisis
(ワールド・クライシス)
君が守りたい者は、誰か。
「全部すっ飛ばしてぶっちゃけると、連盟軍vs魔族軍のPvPっぽい」
「プレイヤー同士のバトルって、オレやったことないよ?」
「分かってる、オレらの目的は別。公式でイベ期間中はおまけでポップ率とレア率が高くなるようなこと言っててさ、そっち目当てなんだ。PvPなんて廃人がやること、ランキング賞品は高レアだろうけどまず無理だね」
「廃人って、確か長時間ゲームをプレイしてる人たちで合ってる?」
「正しくは人生をゲームに捧げてるオタク人間、貫徹とか連徹とか当たり前らしい」
「…えー……」
よ、よっぽどゲームが好きなんだね、うん。
ゲーム自体はやっていて楽しいので好きと言えば好きだ、でもそこまでのめりこむほどに思えない。
廃人と呼ばれる人たちにとってのオンラインゲームは、オレにとってのバスケと同じなのかも知れない。オレもバスケにだったら徹夜できる…と思う……だめだ途中でつぶれてる想像しかできなかった。
「すごい人たちだね。確かにそんな人相手じゃ適いっこないか」
「…すごいでくくれるお前がすごいよ」
「え? そう?」
不思議そうな顔でタイチを見れば、苦笑いしてカバンからメモ帳とシャーペンを取り出した。
微かに見覚えのある単語、3桁3桁の数字が6つ、それと時間。
「待ち合わせ?」
「そ。パーティダンジョンに潜る予定、他のプレイヤー気にしなくてすむしな。イベント自体は夜の8時開始だから、勘を取り戻すついでに雑魚狩りでもしてたらどうだ? 二次元で人混み体験できるぞ?」
「三次元でも人混みは好きじゃないのに」
「PCのスペックによっては固まるから、気をつけろよ?」
「大丈夫…だと思う、多分」
頑張れと笑いながら渡されたメモを受け取って、オレは今晩の予定を頭の中で組み立てた。
課題は昨日で片付いてるから、予習と復習だけでいいね。晩ごはんはー…、手、抜こうかな?
「チャーハンとスパゲッティどっちがいい?」
「チャーハン択一、って晩メシか? お前のだろ、オレに聞いてどうする」
「どっちでもよかったから」
「なんだそれ」
中華派のタイチは即答して、一歩遅れて意味に気が付き呆れていた。相変わらず中華が好きすぎて笑える。
タイチの協力を得てメニューも無事決まったので、その他は特に悩む所なく就寝までの予定を整えた。
ピンポーン
誰かが押した降車ボタンの音に気が付いて電光掲示板を見上げれば、次はオレの降りる停留所だった。
もらったメモをポケットにしまい、カバンを肩にかけると、タイミングよくバスはスピードを落として停留所に停まった。
何人かの学生が座席を立つ。オレも降り損ねてしまわないように慌てて立ち上がった。
「じゃあまた夜に」
「ん、おつ、後VOで待ってる」
「うん、バイバイ」
左手を振りつつ右手で定期を探り、運転手さんに掲示してステップを降りた。
バスから少し離れて後方の窓をうかがうと、タイチが座席を移ってこちらを覗き、ひらひらと手を振ってくれた。
嬉しくなって振り返しつつ、走り出すバスとタイチを見送ってオレは帰り道を急いだ。
早く予定を片付ければ、その分長くゲームができるだろう。
VOはそれなりに好きだったけど、みんなと一緒に遊べるその時間をオレは気に入っていた。
急ぎ足がいつの間にか駆け足になっていたのは当然だったと思う。
19:32:43
「~~っ、んー、気持ちよかった」
暖かくほぐれた体を伸ばすと、肩にかけていたタオルを椅子の背もたれに放り投げた。
晩ごはんには手抜きチャーハン、卵と玉ねぎの鶏がら味。ついでの今朝の残り物の惣菜とお吸い物をいただいて手早く洗い物を片付けた。
予復習の内容もまだ余裕がある分野だったので時間がかからずさくさくと進み、バスの中で立てた予定よりもずいぶん早く終わってしまった。
余った時間を有効利用しようと、面倒と思う前にお風呂を済ませて着替えれば、これでいつでも寝れる準備は万端。
現在時刻はまだ7時30を過ぎたばかり。まだちょっと時間がある。
オレは居間に自分の布団と母さんの布団をそれぞれ並べた。
19:48:29
言っておくけど、母さんは夜勤でオレが学校に行く時間にしか返ってこないから、一緒に寝てるわけじゃないよ? 朝忙しいときに準備するより、前日の夜の内に敷いておいた方が楽なんだ。
寝床を整え終えると、他にやっておけることはないか部屋を見渡して、少し悩んで教科書とジャージをカバンの横に積んでおいた。
19:56:17
学校の持ち物はいつも朝の自習の後で揃えているから、若干二度手間になりそうだ。
なんていろいろやって時計を見れば、いい位に時間が過ぎていた。
「久しぶりだし、復活祝いに今日はちょっと長く遊ぼうかな」
勉強に集中している間は気にならないけれど、思い出すとやっぱり楽しみになってくる。
ボイスチャットのセットを持っていないので、ゲームの間はすべてチャットウィンドウの文字入力で会話している。
声が聞けないとつまらないかと思っていたけれど、このチャットっていうのもなかなか味があって面白い。
記号や漢字を組み合わせた顔文字の表現力には特に驚かされた。だって本当にそう見えるんだから、不思議だ。
ノートPCを起動させて、デスクトップからVOのアイコンを選んでクリックした。
19:57:06
「飲み物取ってこよ」
セットアップとバージョンチェックが始まったので、その間にいそいそとお気に入りのスポーツドリンクとつまむ程度の惣菜を持ってきた。あ、そうだこれ、明日のお弁当用に少し残しておこう。
19:58:31
「うわー、なんかすごく懐かしい気がする。1ヶ月ちょっとしか経ってないのに」
小さなキャラクターウィンドウの中で、オレの分身ともなるキャラが、さも待ち遠しいように体を弾ませて待っている。
19:59:50
「それじゃ久しぶりのVO、いっきまーす」
カーソルを合わせて、スタートボタンをクリックした。
20:00:00
GAME START !!
よ う こ そ 《 虹 の 大 地( ヴ ェ リ ア ス )》 へ
「、え?」
そしてオレは、オレを失った。
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