明日を迎えるために
少しづつ頭の熱が取れ始める。それが死を迎えることによる一種の諦めからなのか、それともナイフの冷たさと彼女の行動による寒気によるものなのか、定めることはできない。
だがひとつ、確実なことはある。
『彼女の言葉』によって、僕は助かる道を得られたということだ。
正確には、助かるかもしれない、だが。
冷めた頭がすぐに動いてくれたのは、とてもありがたい。よく考え、察し、考察できるからだ。
今彼女が発した言葉には、彼女にとっては『穴』と言え、僕にとっては命綱と言えるものが存在していた。
だが、とても分の悪い『賭け』にほかならないのも揺るぎない事実だ。
「ふふふ……何か考えているようね?こんな詰んだも当然の状況で、まさか自分が生き残れる可能性を信じているのだとしたら…………それはただの悪足掻きだと思わないのかしら?気付けないのかしら?」
「…………………………」
その通りだと、自分でも思う。
既に彼女は確実に僕を殺せる距離に入っている。方法もある。
これはつまり、将棋で言うなら詰み、チェスで言うならチェックメイト。ゲームオーバー必然の状況であるのは間違いない。
「まあ良いわ。余興だと思ってもう少し待ってあげる。せいぜい足掻けば良いわ。足掻いて足掻いて足掻いて…………疲れて動けなくなった所を、殺してあげるわ」
少し長く生きられるみたいだ。少しだが。この間に、材料を集めなければならない。
明日を迎える唯一の方法に必要な情報を。
今僕が置かれているのはまさに必殺の状況。
だが、忘れてはいけない。
どんな状況でも、まだ打つべき手が残っているかもしれないということを。
今回は、まだ打つべき逆転の一手がある。
成功する確率はとても低いものだろう。僕は基本的に分の悪いことはしないようにしてきた。失敗が怖いからだ。だが今回は自分自身の命が懸かっている。何もしないまま死にたくはない。
僕は考える。僕は探す。僕は足掻く。僕は――――望みを捨てない。
「考え事は済んだかしら?いい加減、殺したいわ」
視線を彼女から首筋に当てられたナイフに移す。注目すべきは刃の向きだ。向きによっては生存の確率が上がる。ほんの少しかもしれないが、希望は捨てられない。
刃の向きは………………右だった。望んでいた方向だ。希望はまだある。
「ああ、もうこれ以上待っていられないわ。駄目ね。私は本当に気が短くて駄目ね。貴方を殺してから改善していきましょう」
ナイフからの圧力が増した。
「このまま貴方の首を真横に切るの。甲状軟骨って切る感触が凄く良いのよ。知っていたかしら?」
知りたくもない、と思ったのはこれで何度目だろう。
だが今の言葉、それさえも僕は希望へと変えられる。
何故かこの時の僕は心躍っていた。こんな状況なのに、楽しんでいたのだ。
僕も大概に、狂っているんだな、と自虐した。
さあ、場は揃った。配られた手札は、それなりに、良い。
賭けるのは命、報酬も命。
死を淘汰し、生を渇望する。
ただ、それだけだ。