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春夏秋冬  作者: 日和
7/21

特別な夏 3



「何度も言うようだけど、生徒会に入る気なんてないんだよ。やる気のない人間がいたって白けるだけだろう」



 席から立ち上がり、速足で逃げの姿勢を取りながら彼との距離を取る。彼は相変わらず爽やかに微笑みの表情を浮かべながらしつこい勧誘をやめる気はないらしい。



 「それでは僕も何度でも言おう。高村愁、生徒会に入ってくれ。僕には君が必要なんだ」

 「だから、俺なんかより優秀な人材はいくらでもいるだろうが!」



 思わず荒げてしまった声にクラスが少しざわついたが、彼はあくまで友好的な笑顔を崩さないばかりか一層その笑みを深く刻む。



 「優秀なだけの人材じゃなく、僕は君が欲しいんだ。そろそろ僕を受け入れてくれ」



 彼の誤解を恐れない発言に今度こそクラス中が動揺を隠せなかった。



 花城雅貴(はなしろまさたか)、彼は現生徒会のメンバーで来期生徒会長候補だ。澄んだグレーの瞳に長いまつ毛、鼻筋が通っていて透明感のある肌に桜色の唇からは優雅で気品のある美しい言葉が張りのある心地良い声を通して伝えられる。成績はいつも首位な上スポーツも万能。オーストラリアの広大すぎる大地が育てたハーフの彼はまさに、スターだ。



 「大丈夫だよ愁、もし君が生徒会に入ったことで誰かにいわれのないねたみや恨みをかったとしても、その時はこの僕に君を全力で守らせてくれ!」

 「そんな心配してないし!」



 ……この、誤解を恐れない処か自ら誤解を生もうとしている情熱さえなければ。このままではまたクラスの迷惑になると教室を出た意図を察したのか彼も速やかに付いてきた。教室では何故か女子生徒の歓声が聞こえた。




 「もしかして、愁はこの学校が嫌いかい?」



 覗き込むように僕を見た彼は子犬のような瞳を僕に向けた。全く起用な奴だ。手にした弁当を持って屋上へ向かう。最近はこうして彼と昼食をとることが日課になっていた。


 「嫌いじゃないよ。ただ、特別関心はない。俺はお前みたいな善人じゃない。俺は自分がここに在籍している三年間、自分の生活圏内がただ面倒なことが無く無事に過ごせればその後この学校がどうなろうと関係ないし、教師が本当は何を考えているとか関係ないと思ってる」



 ビニール袋に入ったパンに手を触れようともせず、澄んだ瞳が真っ直ぐに突き刺さる。彼はいつも俺のこんな話ですらちゃんと聞いてくれる。


 「愁は、とても優しいね」 

 「そんな訳ないだろう」

 「優しいよ。きっとその自分の生活圏内の中の人を必死に守ろうとしているんじゃないかい?」



 誰にも言われなかったことを言われてはっとした。日陰になっている壁に背中を預けているはずなのに、背中まで熱を持った気がした。



 「愁は自分を過信しない。ここまでなら絶対に大丈夫って、思う範囲内で必死で大事な人を守ってるんだ。だからその範囲を広げて、もし誰が傷ついた時守れなくなってしまうことが怖いんじゃないかな?」


 

 考えてもみなかったことを言われたせいか体が動かなかった。ただ、胸の奥底に何かが落ちた気がした。なんだかわからないのに不快じゃないそれは落ちた瞬間深くしみ込んだ。



 「そんなこと、考えてもみなかったよ」

 「僕は高校に入ってからずっと愁を見てきたから少しは分るよ」

 「なぁその誤解を招く言い方止められないか?」



 思わず身を乗り出して抗議しようとしたが、彼は澄んだ大きな瞳で真っ直ぐ僕を見つめてキョトンとするばかりで、戦意を削がれた。あぁこれが、天然ってやつかもしれない。



 「まさは本当生徒会好きだな。二年も続けたら飽きるんじゃない?」


 すっかり戦意喪失してしまい、仕方なく弁当を開けながらたずねてみるが、彼といえば僕の広げた弁当に興味津津で身を乗り出す。



 「このお弁当はいつも愁が作るのかい?」

 「大体そうだけど?」

 「愁はいいお嫁さんになれそうだね」

 「だから!」

 「あぁごめんよ。茶化しているわけじゃないんだけど、いつもすごいなぁと感心しているんだよ。兄弟達の分も作っているんだろう?栄養バランスも色合いも考えて、そっとそれぞれの嫌いな食材を隠す技なんて本当に凄いよ!特におから炒りとひじきの煮物は僕のお気に入りさ。愁の弁当を貰って食べたのが最初だったよね」



  ニコニコしながらパンを頬張る姿を見ると戦意どころか毒気も抜かれてくる。弁当にあった彼の好物の里芋の煮物を箸で摘んで彼に向けると嬉しそうに開ける口に放り込んだ。



 「おまうーえ本当その顔に合わないもんばっか好きだな」

 「それは偏見というものだよ愁!顔と食べ物の嗜好は関係ないさ」



 澄んだグレーの瞳は今日も照りつける太陽の光を真っ直ぐに受け止める。半そでのシャツから出た白く意外にもたくましい腕が光に反射する。



 「そんなこというなら会長は甘いものが苦手なんだ。あんな綿菓子みたいな頭してるのに、意外だろう?」

 「……お前、会長になんてこと言うんだ」



 天然の恐ろしい所は、その毒を無自覚で使っている所かもしれない。



 「大丈夫。会長のことは好きだよ。彼が今居てくれたから来年の生徒会について考えたんだ」


 力尽きて日陰横になりで空を仰いだ姿勢の僕の目を見る彼はキラキラしていていた。



 「それには、どうしても愁が必要なんだよ。君が弓道部に在籍していることも、家族を大切に思ってることも分ってる。大事なものを増やしたくない気持ちも知ってるんだ。それでも僕は、君が欲しいんだ。全部を君一人で背負いこむ必要はない。僕は次の選挙で必ず生徒会長になってこの学校を楽しみたいんだ。愁は副会長になって、時々暴走し過ぎる僕を止めて欲しいんだ」

 「勝手だなぁまさは。お前のストッパーなんて結構な負担じゃないか」



 眩しすぎる彼に背中を向けて興味無さそうに目を閉じながら本当はもう、このどうしようもなく勝手な彼と繰り広げる未来を覚悟していた。もちろん彼には、まだ内緒で。


 最後まで読んで頂きありがとうございました。

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