特別な夏 2
「来年なら俺等受験っても高校だから行けるんじゃね?」
夕食の片付けで食卓のテーブルを拭いていた夏樹が思いついたように口にした言葉に台所で鍋を洗っていた冬路がビー玉の目を大きく見開いて動揺を表す。
「高校受験なめないでよ。私と愁のしか見てないからそんなこと言うんじゃないの?」
「そんなもん?」
姉に諭されて純粋な瞳が好奇心旺盛にクルクル動く。
正直、姉は女子にしては珍しい理数系で、そっちの成績だけでいえば学年で5番以内に入るんじゃないかと唯兄が言っていた。僕は自分でいうのなんだが器用貧乏な性格が幸いして特に苦手科目も無くわりと上位の成績を収めてきた。二人とも妙な背伸びをしなければひっかかる学校は多くあった。しかし、下の二人はそうもいかない。
「あがるぞー」
母が出て行った扉から声がしたかと思うと向いの家の姫宮唯が大きな体で小さな箱を大事そうに持ってきた。
「唯兄いらっしゃい♪」
犬並みの嗅覚の夏樹が差し出された箱を奪い取るように受け取ると早速中身を空け始める。その様子を無言のままそっと迫力のある三白眼に優しさを映しながら見つめるさまは飼い主のようだ。唯兄は姉のちーと同学年の、長身と鍛え抜かれた体と三白眼の鋭い瞳に似合わず菓子作りが趣味で、何かを作ってはよくこうして持ってきてくれる。おかげで我が家では生菓子類はお金をだして購入した覚えはあまりない。
「ありがとう唯君。お茶入れるから座って」
「悪いな」
姉の言葉に頷いてテーブルに腰掛けながら、夏樹に「分けてやるから皿もってこい」と指示をだすその瞳の優しさはなかなか人に理解されにくいが、一度彼を理解すれば彼が夏樹が取り出した可愛らしいケーキのように繊細できめ細かい優しさの持ち主だと分かると思う。しかしながら彼は無口なので、なかなかその機会に恵まれないが。
「ねぇ唯君夏休みは部活ある?」
「もう引退だ。今年は受験の年だろう」
紅茶を入れたカップを差し出しながら隣に座った姉に自然な仕草で皿に入れたケーキを持っていく。つられて腰掛けた俺と冬路の分も唯兄から渡される。一口口に含んだアップルパイはサクサクとしたパイ生地の中にもりんごの甘味が蜜のように染みこんでいた。
「夏休みにね、旅行に行かない?うちと唯君家で」
「お前話聞いてたか?」
「今年行かないと、来年は四人も受験生なんだもの」
姉は相変わらず自由すぎる会話運びをする。そこにここまでバッサリとメスを入れられるのは母以外には彼くらいだが、常に仏頂面の彼の表情をここまで変えられるのは姉位なものだ。昔から、結構いいコンビだと内心思っている。
「そうか。明日香も受験だしなぁ」
「だから今年なの。どこがいいかな?」
「そうだなぁ……2家族となると金もかさむだろうしなあ……」
場所も日にちも未定のまま、早くも夏休みの旅行計画は決定しつつある。思わず兄弟揃って息を呑んで状況を見守ってしまった。
「来年もさ、国語とか社会系は唯兄に見て貰って科学とか数学はちーに見て貰えばいけるんじゃね?」
「見るのは構わないけど、その時点で無理だと判断するからいけないわ」
「なんだよそれ」
「今の自分の成績を冷静に見てみなさい」
「まだ2年だし大丈夫だし」
「今そ~ゆ~のは直前まで同じこと言うのよ」
有無を言わせない姉に夏樹が噛み付くが、ここでは俺も冬路も助け舟を出せない。俺達は兄弟の中で誰が一番権力があるのか身を持って知っている。ここは下手に手助けしてもまとめて返り討ちにあうのが落ちだ。夏樹は純粋なゆえにまだ挑戦を諦めきれない。
「直前になってみなきゃ分からねぇだろう」
「夏樹、明日家かえる前に家に寄れ。それから、分からない所は愁に聞け。ちーに教えを請うのは最終手段だ」
しかし、生クリームのような優しさを持つ彼がそれを黙って見ていられるはずがない。唯兄の重々しい声に夏樹が目を丸くしながらも頷く。その様子に姉、千春が満足そうに微笑む。
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