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春夏秋冬  作者: 日和
20/21

春の旅立ち 1




  ……え?何で?もう終わったはずだよね?俺最初にちー姉の紹介したじゃん?あ、そう。話数が足りなかったの。分ったよ。





 結局っていうよりやっぱりっていう言い方をした方が良いよね。本当は当然って言葉がベストだと思うけど、それを言ったら愁兄が怒っちゃうから。

 ちー姉が見事に第一志望の大学に合格し、上京する日母さんは気合で休みを作り、父さんは出社を二時間遅らせて皆で見送った。





 「玄関までで良いよ。ずっと会えなくなるわけじゃないし、大げさなんだから」

 「そうだけど、確実に今より会えなくなるでしょ?愁達は学校があるから無理だけど、お母さん駅までトラックで乗せてあげるから唯君に言っといでよ」

 「でも……」

 「急に言われても、唯君も困るんじゃないのか?」








 リビングでは朝から元気に両親と姉が騒いでいる。家族が離れるのは初めてだからか、昨日から皆がソワソワしていた。





 「唯君もう来ちゃうよ」





 ちー姉の声に重なるように律儀なインターホーンが鳴り、大きなスポーツバックを抱えた唯兄が入ってくる。ちー姉と同じく東京の大学を希望した唯兄だったが、だからといって恋人同士の二人が春から仲睦まじく同じ大学に通うというこしはなく、もちろん同棲なんて微笑ましいこともない。大体二人は未だにお互いの両親に報告すらしていなかった。ばれるのも時間の問題だとは思うけど。





 「おはようございます」



 知らない人が見たら朝っぱらから二、三人殺ってきたんじゃないかとか、そのスポーツバックに実は死体が入ってるんじゃないかとか思われそうな顔で現れた唯兄は実は虫も殺せない。見かけによらず繊細な唯兄はきっとよく眠れなかったんだろう。目が血走ってみえるのはそのせいだ。




 「おはよーございます。杏子、今日はよろしくね」

 「何言ってんのよ。水臭い私と雅美の仲じゃない」




 一緒に来た雅美おばちゃんが顔を出すと高校時代かららの親友だという二人は朝も早よから騒ぎ始める。お決まりのパターンにすっかり慣れた様子の唯兄は血走った目のまま大あくびをしてリビングに入ってきた。





 「唯君、昨日あんまり寝れてないの?」

 「あぁ、色々と直前になると荷物の選別に迷っちゃって」





  ちょうど俺達がいたテーブルの倒産の向かいの椅子に腰かけると、穏やかな口調で倒産が唯兄を心配そうに見つめる。出来た女房のごとく静かにお茶を運んできた愁兄はチラリとその顔を見ると今度は小姑のごとく嫌みを言い始める。




 

 「今日の移動中に寝れないのは分ってたんでしょ?は昨日は何が何でも寝てなきゃいけなかったんだよ」

 「母ちゃんがさっきトラックで駅まで送ってくれるって言ってたじゃん。トラックで寝れば?」

 「母さんの運転で寝れる奴の気がしれないよ」





 夏樹が出した船が助け舟になったのかは微妙だが唯兄は愁兄を優しい顔で見て、愁兄が訝しげな顔をすると一層優しくにんまりと笑って見せる。  




 「愁は優しいな。心配してくれたんだろう?」

 「なっ何言ってんの!そんなの少しもしてないから!」




 愁兄の嫌みだって、最近ではサラリとかわせるようになった唯兄はちょっと上目線で「人は成長するもんなんだな」なんて思って笑った。





 「何でさ、誰もトラックにはこんな大人数乗れないって気付かないんだ?」

 「意外と荷台に乗っていく気でいるんじゃない?」

 「着くころボロボロじゃん」




  意外と冷静な夏樹とトラック口論をしていると、まぁやっぱりトラック案は却下されていた。




 「お母さんトラックに乗せてやりたかったのになぁ」

 「荷台の中にいたら、唯君東京に辿り着くまでフラフラになっちゃうじゃない」




 今更誰も何も言わないけど、案の定唯兄を荷台に乗せるつもりでいたらしい。仮にも、彼氏をだ。一番悲しくなるのは、何よりそれを唯兄は何とも思っていないことだけど。



 「やっぱり最初の予定通りワゴン車で行こう。お父さん未来の息子をそんな怖いものに乗せる気にはなれないよ」




 穏やかに優しい父の眼差しは真っ直ぐに唯兄に向けられていたし、その言葉が唯兄に向けられたものだって俺達三人は分っていたから無言で唯兄を見ていたが「目があっただけで殺される」と噂される三白眼の瞳はとぼけるわけではなく本気で不思議そうに首をかしげる。



 「いや、俺悠さんから生まれてないしなぁ」




 うん。俺達四人誰も父さんからは生まれていない。




 トラック移動をやっと諦めたらしい母さんが白い歯を見せて笑った。そのまま父さんの隣の椅子にどっかりと腰かけると唯兄の前に顔を突き出して笑う。さすがに何か感づいた唯兄が不安げに身を引くが、もう何もかも遅かった。



 「あんたたちは何でこんな楽しいことを隠しておくのかね?いつから二人は付き合ってたのよ?昨日から?それとも10年は前から?」




 母さんが唯兄に詰め寄っていく様子を見ながら今更墓穴を掘ったことに気付いた父さんはどうやってこの状況をフォローしようか必死で悩んでいるが、唯兄は早くもKO寸前なのだという状況に父さんは気付いていない。






 本当なら夏樹あたりが助け舟を出すところなんだけど、肝心の夏樹は一時間目からの宿題を忘れていたのを思い出し慌てて愁兄に怒られながらもテーブルで教科書を広げていてそれに気付く様子はない。





 二人の母に詰め寄られて可哀想なくらい真っ赤になって動揺する唯兄を見て思わず笑いそうになって慌てて口を押さえた。悪いけど、今日は助けてあげない。




 昨日の夜のこと、忘れ物を渡す位軽い感じでちー姉は唯兄に新しいアパートの合鍵を投げてよこした。不思議そうにキャッチした唯兄に「家族以外で勝手に入っても良いのは唯君だけだから」と微笑んだ。それを聞いた時の唯兄の嬉しそうな顔。その鍵をそっと手の中に包みこんで部屋に持ち帰ったことも、その鍵が今はさりげなく家の鍵や唯兄の新しい新居の鍵と一緒にキーチェーンについてることも俺だけが知ってる。だから助けてあげない。




   唯兄は幸せなんだから、少しくらい困ってもいいんだ。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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