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春夏秋冬  作者: 日和
2/21

春のホットココア

  長女千春(三男冬路語り)



  家の扉を開けると、玄関にも焦げ臭い匂いが充満していた。靴を脱いでリビングの扉を開けながら「今日はちー姉の日か」と思った。



 「ただいま」 

 「あ、おかえりなさい」



 奥のキッチンから出てきた煙に包まれながらにこやかに微笑む四歳年上の姉千春(ちはる)はフライパンを片手に上機嫌だった。部屋中の窓を開けながら姉を振り返る。


 「ちー姉何かあったの?愁兄は?」


 いつもならここで夕飯の用意をしている3歳年上の兄、(しゅう)の姿が見えないので尋ねると、姉は意味深な含み笑いをした。


 「……実はね、愁ったら彼女がいるみたいなの♪」


 口元に人差し指をあてて秘密のポーズを作る。今年高3の姉はその低い身長も手伝ってか少女のようにも見える。 


 「本当に?」

 「今日ね、偶然愁が同じ学校の制服来た女の子と歩いてるの見かけたの」

 「じゃあ、まだ彼女って決まったわけじゃ……」

 「あれは友達なんて生ぬるい関係じゃ説明できないよ」



 否定しようとした所でご機嫌ですかさず言われ思わず黙ってしまう。

「姉としては、可愛い弟の恋を応援してあげようとこうして夕食作りを買ってでてるわけ♪」


 空けたままにしていた窓を閉める。春なのに、夕方になってくると空気が少し肌寒く感じた。


 「今日の飯何?」

 「カレーライス♪」


 ご機嫌な姉につられて、その日は制服を着替えてから久しぶりに夕食作りを手伝った。



 下校中、向かいの家に住む幼馴染の姫宮(ひめみや)明日香(あすか)の姿を見つけた。呼び止めようと小走りになると意外にも早いスピードで風を切るように歩いているといより、競歩に近い動きをしていることが分かった。よく見ると明日香はひたすら下を向いて背負ったリュックの紐の先を手で強く握り締めている。そのままの格好でひたすら家を目指して歩いた明日香はきっと途中の川原で子供たちが楽しそうにはしゃいでいることも、すれ違った散歩中の犬が心配そうに明日香を見上げたことも、おばさんが庭に植えた花たちがきれいに咲いていたことも気付かずにただただ家路に向かう。鍵を開けて入った扉をピシャリと閉めた。もしかして、泣きたいんじゃないかと何故か急に思った。

 穏やかな陽が射す午後、しばらく閉まったままの向かいの家の扉を見つめていた。こんな時、愁兄ならどうするんだろうと考えていた。3歳上の兄、愁は昔からいつも穏やかに微笑みながら器用に明日香をあやしてきた。けれど、俺はまだ愁兄のように上手く出来ない。



 日が陰ってきたせいかおばさんが植えた花たちが少し寒そうに見えた。そういえば肌寒い気がしたのでさっさと中に入ろうとインターホンも押さずに向いの家の扉を開けたた。 


 リビングの扉を開けると驚いて赤い目を大きく見開いた明日香がいた。制服のブラウスも涙で濡れている。


 「おっす」

 「…おっす」


 挨拶をすると戸惑いながらも返事を返す。キッチンに向いながら明日香がブラウスの袖で必死に目をこする音を聞いていたけれど、知らないふりをして勝手知ったる冷蔵庫を開けて準備を始める。冷蔵庫から見つけた生クリームにボールと泡だて器を用意してからブレザーを脱いで腕まくり。さて、いっちょ頑張りますか。カシャカシャとホイップを作りながら明日香のすすり泣きが段々収まっていき、瞼を押さえてもうばれているのにブラウスの袖をとめて手ぐしで髪を直しながら必死で平然を装っている姿に気付かれないようにそっと笑った。


 昔から明日香はどこか弱さを必死に隠す所がある。そんな必要はないのに。明日香は女の子で、俺達はまだ中学生で皆まだ弱いのに。それをずっと伝えられずに、ただ見てる。



 温めた牛乳にココアを溶かすと甘い匂いに優しく包まれた気がした。カップにココアを注いでから苦労して作った生クリームを乗せて完成だ。不思議そうな顔でこっちを見ている明日香の涙は完全に止まっていた。ココアを持っていき隣に腰掛けてココアを差し出すと「は?」と言われた。



 「好きでしょ?ホットココア」

 「……好きだけど」


 不服そうな顔をしながらココアを口に含んだ明日香は大きくため息をついてほっとした顔をした。


 「愁兄に……彼女がいるみたいなんだ」

 「なんだ、明日香も知ってるの?」


  ちー姉の目撃情報が真実味を帯びてきた。しかし数日で二人にも目撃されるとは、愁兄もやるもんだ。


 「さっき、帰る途中で見かけた」 

 「それって本当に彼女なの?」


  ちー姉の時と同じ質問をしてみると、明日香はカップを持ちながら怒った。


 「彼女以外にありえない!」 

 「そう、なんだ」


  迫力に押されて納得するとふんと腕を組み怒った顔のままわざわざ説明を始める。。時々二人で顔を見合わせて笑う姿に、触れそうで触れられない手も、その人の話に注意深く耳を傾けること。ふいに目が合って思わず二人して顔を背けるのを見たときには確信していた、と。



「私、別にショックなんか受けてないから!愁兄に彼女が出来たこと良かったと思ってるし、嫌だなんて思ってないから!」


 はっとしたような顔でまだ赤い目を隠すようにそっぽを向いて慌てて取り繕う明日香にただ頷いてみせる。それが今の俺に出来ること。


 「うん。分かった」

 最後まで読んで頂きありがとうございました。

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