冬にはそっと優しさを 4
「お前達は本当仲良しだね」
キッチンで野菜を煮込みながら愁が穏やかに笑う。きっと愁は料理が好きなんだろう。そこにいるときが一番優しい顔をしている気がする。
「唯兄とちー姉には負けるけどね」
あと数時間もしないうちに本日の夕食が並ぶであろうダイニングのテーブルで揃って宿題を始める習慣はいつから始まったのかもう覚えていない。冬路がひっそりと鼻歌を歌いながら返す。
「まぁあの二人はね」
「やっとくっついたしね」
つい、明日香と二人で笑ってしまう。十数年前から周知の事実だった唯兄の姉千春への恋心が公になり結ばれたのは秋のことだった。千春の名前が出るたびに反応を隠せないでいる唯兄がなんだか可愛らしい。
「寂しい?」
「まさか。千春がやっと落ち着いてくれて安心したよ」
ふと冬路が愁を気遣うように見つめるとそっと首をかしげて問いかけるのに優しく笑う。秋口と比べて棘が落ちてすっかり丸くなった言葉に冬路はふわりと柔らかく微笑んだ。夕食の良いにおいがキッチンからしてくる。今日も穏やかな優しい時間が流れている。
「俺、部活辞めたから。夕飯作りたい」
久々の兄弟だけの夕食時、いきなりの冬路の発言に三人揃って振り返った。そういえば最近フルートの音を久しく聞いていない気がした。いつもと変わらずニコニコと微笑む片割れの顔を見ながら次の言葉が紡げなくなった。愁の顔からさっと表情が消え、ぎこちない視線が様子を窺うように俺を見た。気まずい時間が止まったような沈黙にまるで気付かないように冬路が相変わらずな微笑みで俺達を見渡した。
なぁ冬路、俺をなめてんのか?
俺達は同じ遺伝子を持って生まれた。同じ顔を持って生まれた。そのニコニコ笑った表情を作るのに、俺は凄く神経使う。いつもと一緒のはずのその顔を作るのに自分がどれだけ苦労してるか、それさえお前は気付いてないんだろう?
冬路は優しい奴だ。時々愁をも思わせるその優しさはしかし似ているようで全く別物だ。愁を追いかけようとする冬路はまだそれには気付かない。冬路は優しくて、カッコいい。だけど恐ろしく演技が下手糞だ。自然を装って振る舞っているその態度がどれだけ不自然で痛々しいか分っていない。人のことは敏感なくせに、自分のこととなるとさっぱりだ。
「もうフルートはいいの?」
千春の声で我に返った。止まった時間がゆっくりと動き出す。こんな時いつも沈黙を破って突破口を作ることをいつのまにか皆千春に一任するようになっていた。
「うん、もういらないんだ」
「分った。じゃあ明日からはしばらく私遅めに帰るから」
それだけ言って食事を続けた千春を責めるような目で愁が見る。しかしそれとは対照的に冬路は肩の荷が下りたみたいに少しほっとした顔をした。愁は相手の気持ちをくみとって先回りして欲しいものをくれる。愁の優しさはすごく器用で柔らかい。しかし兄弟で唯一の女である千春の持つ優しさはそんな柔らかなものじゃない。静かで、とても強い。何か優しい言葉をかけてやれないかと宙を仰ぐ愁をやれやれと見つめながらため息をつく。
「じゃあさ、俺も一緒に作ろうか?冬路だけじゃ不安だし」
「そっちの方が不安だし。夏樹は部活あるじゃん」
ふと顔の緊張が解けていくのが分る。それでいい。何があったかなんて、今更家族皆で報告会をし合うほど子供じゃない。だけど、俺達は兄弟だ。言わなくたって、分るから。全部じゃないけれど、お前が頑張ってること位ちゃんと分ってるから。
「本当に辞めちゃったんだ。なんか寂しいなぁ冬路のフルート好きだったのに」
学校までの道のりを仲良く三人並んで歩きながら明日香が白い息を吐きながら冬路を見ると冬路はとても優しい顔をする。
「いつでも吹くよ。明日香が聞きたいときに」
サラリと言ってしまえるその台詞はきっと相手が明日香だからなんだろう。嘘やハッタリしじゃないことは目を見るまでもなく分る。
「そんなに上手いの?」
「冬路らしい感じ。周りに上手く溶け込むんだけど、聞いてると凄く自由なの」
無邪気にはしゃぐ明日香を横目に「それは褒めているのか?」という疑問は胸にしまうことにした。明日香の隣にいる冬路はとても楽しそうだったから。
「だからなんかおかしいって言っただろう。そうか、辞めたのかフルート」
教室に入ると祐太がいたので早速報告してみるとそういった。
「冬路ってフルート上手かったんだろう?勿体無いな。まぁ好きじゃなかったんなら仕方ないか」
「器用貧乏ってのも大変なんだろうなぁ」
軽いノリで交じってきた佐々木翔太がサラッと核心をつくが、祐太はそれに気付いた様子もなく頷いた。さっき、冬路と別れてから明日香が言ってた言葉だ。「冬路は別にフルートになんか少しも興味なかったんだよ。だからその相手がいなくなったらフルートはいらないの。それがなんか寂しくて」冬路は演技が下手糞だからポロポロと身からサビが落ちていく。全く、しょうがない奴だ。
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