冬にはそっと優しさを 2
「姫宮ってさ、本当は冬路の方と付き合ってたりしないのか?」
放課後の校庭、トラックを走りながら息も乱さず工藤祐太が隣に並んだ。学校のプールが使えない期間、俺達水泳部は陸上部とかする。基礎体力は確かに大事だ。水が恋しい。
「ないけど?」
祐太の童顔が一瞬安心したように緩んだ気がした。
「じゃあ、姫宮は冬路を好きだろう?」
「お前までくだらないこと言うのか?」
思わずため息がもれる。祐太は怒った顔をしたが何か言い返そうとして口を噤んだ。祐太は童顔で小柄な外見とは正反対の硬派な中身を持ち合わせていて、色々と妙な噂が飛ぼうともそれに関心をしめしたことがなかった。そ~ゆ~所が好きだった。
「そんなんじゃね~よ」
走りながらふと音楽室の窓を見上げた。とぎれとぎれだけどいつもと変わらない楽しそうな音楽が聞こえてきた。先週、定期発表会の後に冬路は急に吹奏楽部を辞めた。元々「フルートがふいてみたい」という妙な入部動機もあり、周りは「燃え尽きたんじゃないか」と囁き合っていたがどうもそ~ゆ~わけでもないらしい。
「最近、冬路なんか変だろ?姫宮の噂もあったし、何かあったかと思って」
「冬路はずっとあんなだぞ?そのうちけろっとした顔してるから大丈夫だ」
祐太はしばらく俺の顔をじーっと見つめてから息を吐いた。
「そうか」
「うん、そうだ」
答えに満足したのか祐太はそれ以上何も喋らなかった。やっぱり、祐太はいいなと思った。
帰り道、よく慣れ知った後姿を見つけたので声をかけるとそいつは相変わらず力の入らない微笑みを浮かべて振り返る。
「帰りは明日香と一緒じゃないんだ」
「俺部活あるからな」
「陸上部?」
「水泳部!」
同じ顔して楽しそうに笑う冬路はそういえばどこか寂しそうな気もする。こ~ゆ~のを本当は気付いててそれでもあえて知らないふりしていつも通り振る舞うのが千春で、気付かないふりしながら気をまわすのが愁だ。だけど、俺はそんな器用なことは出来ない。
「お前さ、何で部活辞めたの?フルートはもういいのか?」
少し驚いた顔した冬路が目を見開いて俺を見たかと思うと笑いだす。帰り道は寒くて笑うたびに吐く息が白く冬路の周りに舞って楽しそうだった。
「夏樹はいつも直球だな」
「変に遠まわしにしたって、お前分るだろう」
「そうだけどね」
なおも楽しそうに笑いながら白い息を舞わせる。冬路は何も言わないけど、そ~ゆ~のを全部分ってる。全部知ってて、何も言わずに待っててくれる。
「俺ふられたの。だから部活やめたの」
楽しそうな顔を崩すことなく笑いながら吐きだす様に言った。
「マジで?お前好きな奴いたの?」
「うん。だから吹奏楽部に入ったんだよ」
「フルートが吹いてみたいんじゃなかったのか?」
「あんなの嘘だよ」
無邪気な顔してとんでもない爆弾発言をする。
「その人に近づきたくて部活に入ってフルートやったんだ」
いつの間にか自転車を押す俺の速度に合わせて歩いてた足が地を引きずるように運んでいた。
「……あのさぁ冬路、お前明日香じゃダメなのか?」
思い切って聞いてみると引きずった足を止めた冬路が真っ直ぐな目で俺を見た。それからそのビー玉の瞳は大きく見開き、とても優しい光を宿した。
「明日香は大好きだし、守ってやらなきゃ大事にしなきゃって思うよ。でも、違うんだ」
俺はまだ、はっきりとはわからないその気持ちを冬路は区別出来る。俺にとっても明日香は大事で守りたい存在だ。それはきっと、これから先何があっても。
「例えば明日香に好きな奴が出来たとして……それは相手が気になりはするけど、明日香が幸せなら祝福出来るんだ」
真っ直ぐなビー玉の瞳に自分の姿が写った。なんだか急に、今までつっかかっていたものが解けていく気がする。
「待てよ。それなら愁はちー姉を……」
それでも、まだはっきりしない。兄の愁は姉の千春を想う唯をあからさまに嫌悪していた。
「愁兄は寂しかったんじゃないかな。ちー姉がなんか遠くに行っちゃう気がして。沙夜ちゃんがいるのに、欲張りだよね」
穏やかに笑う顔は俺とそっくりなはずなのに、愁に似ている気がした。
「じゃあ唯兄だってさ」
正直、これまでちー姉の彼氏は何度もコロコロ変わってきた。その度に紹介があるわけじゃないから正確な人数は知らないけれど。それを唯兄はすぐ近くで何も言わずに見てたことになる。
「愁兄が一番知ってると思うんだけど、唯兄は本当にちー姉が好きだよ。今までの歴代の彼氏の誰よりも。だから、全部受け入れようと思えるんじゃないかな?多分、夏樹も唯兄見てれば分るよ」
そうだ。本当は知ってる。唯兄がとても優しい瞳でちー姉を見て、壊れ物みたいにそっと慎重に触れることも。最近はちー姉の名前を出すだけで途端に真っ赤な表情をすること。そうか。あれが特別で、一番だ。あれが、とても大切な、恋だ。
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