冬にはそっと優しさを
三男冬路 (二男夏樹語り)
「ありがとね、夏樹。もう大丈夫だから」
朝からだいぶ肌寒くなった冷たい風を頬に受けながら背中越しに聞いた声は微かに震えていた。
「何が?」
「ずっと気にしてくれてるんでしょ?私はもう大丈夫だから」
春になった頃からだろうか。気付けばこうやって朝自転車の後ろに明日香を乗せて行くことが日課になっていた。朝連にいそしむ冬路に置いてきぼりをくらった俺達がこんなことをしてから、学校では密かに俺と明日香が付き合っているんじゃないかと噂もたてられたりした。
明日香が好きなのは冬路だったけど。夏に、こんな学校に向かう途中の自転車でそれを聞いた時「あぁ冬路なら、好きになるだろう」となんとなく思った。
「俺は、好きなままでも良いと思う」
「うん、好きだよ」
明日香に言われた時「特別の好き」がよく分らなかった。俺は今でも皆好きだし。けど、夏のキャンプから姉の千春と向かいの家の、つまり明日香の兄貴の唯兄を見ててなんとなくぼんやりと見えてきた気がする。
唯兄は昔からすげー優しくて、いつでも静かに大きな心で見守ってくれている気がしてた。そこにヒイキがあるわけじゃないけど、唯兄は千春にはもっとそっと大事なものに触るような接し方をしている気がする。最近は時々だけど何かを言いたそうな顔して伸ばしかけた手を引っ込めるみたいなもどかしい顔をするけど。これは、二人が付き合い始めたかららしい。愁や冬路に言わせれば「やっと」らしいけど。
「冬路は、すげーかっこいい奴だと思う。だから好きじゃなくなるなんて出来ねぇよ」
俺の言葉に明日香が笑いだす。背中越しに肩を震わせているのまで分かる。
「そうだね。私、夏樹に言って良かった」
散々笑ってから聞いた明日香の声は晴れ晴れとしていて俺まで気持ちがスカッとした。
俺、高村夏樹と双子の弟である冬路は一卵性双生児で姿形も声も未だによく似ている。しかし何故かあまり間違えられたことはなかった気がする。それは俺達の中身が違ってきたからなのか、水泳部の俺の髪が塩素のせいで茶色になったからなのかは不明だけど。中身の見分け方としてはよく、激しくバカな方が夏樹(すげー失礼だ)で、天然な方が冬路(これはこれで失礼じゃね?)と周りから言われる。まぁ大体当たってるから何も言えないけど。
「じゃーなー」
「うん、またねー」
教室前で明日香と別れて中に入ると案の定飽きない連中がニヤニヤしながら俺を見る。杉山裕太と小野聡がそっくりの顔で詰め寄ってくる。
「夏樹は見せつけてくれるよな」
「朝から彼女と二人乗りなんてな♪」
「明日香は彼女じゃないって言ってるだろう。何度言えば分るんだ」
最近うんざりしてきた台詞を口にするとそれでもこりない二人は嫌な笑みを一層深くする。
「じゃなかったら何だよあれは。彼女じゃないなら何故あの宮を乗せる?裏では組合の男と付き合ってるって噂まであるぜ?」
「マジで?宮すげぇな!あれでそんなもてるのか?」
「うるさい。それ以上明日香のことを言うなら怒るぞ」
机に鞄を叩きつけてみるとようやく分ったらしい二人が「おぉ怖」と小さく悪態をつきながら離れていく。それと入れ替わるように聞き慣れた呑気な声が耳に入る。
「夏樹かっこいー。好きになるかも♪」
「同じ顔してキモいこと言うな冬路!」
人の話など聞いていない冬路は遠巻きに見ている二人や周りにニコニコ笑いかけながら大胆に言ってのける。
「夏樹と明日香は付き合ってないけど、怖い人が明日香のバックにいるのは本当だから。彼氏なんかよりもっと濃い縁だけど。だから明日香のことは悪く言わないでやって。俺も聞いてたら怒っちゃうし♪」
「冬路、お前なんてこと…」
「だって本当のことでしょ?怖い組合の人ってきっと唯兄のことだよ」
内緒話のようにいたずらに微笑んでみせる冬路に脱力しながら内心、こいつと兄弟で良かったと思った。冬路はかっこいいと思う。誰も傷つけないで守る方法を知ってる。
「唯兄べつに怖くないだろう。本人は気にしてるんだし」
「明日香に悪い虫がつかないんだから、唯兄も本望だよ」
「いや、そうだけどさ…」
俺の混乱をよそに冬路は楽しそうに微笑む。クラスは俺が鞄を投げた時の取りつめた空気はすっかり無くなり、なごやかなムードになっていた。
昔からずっとフワリとした穏やかな優しさで冬路は明日香を守ってきた。時には家族として、たまにはきっと女の子として。皆が思うよりももっと優しい意味で。
「夏樹、英訳写さして?今日当てられそうな予感」
「それ言いに来たのか?早くしろよ、俺も今日英語あるんだから」
俺の席に座りこみ早速黙々とノートを写し始める姿は俺そっくりで、なのに全然違う。それが楽しくて、嬉しい。
「ただいまー」
部活を終えて家に帰ると、扉を開けた瞬間暖かな空気があった。外はもう寒くて上着とマフラー、手袋まで装備していた。冷たい風から逃げるように扉を開けリビングに入ると珍しく唯兄が一人エプロン姿のままキッチンで突っ立っていた。
「唯兄、どうしたの?」
「……いや」
最近、唯兄はなんだかおかしい。なんというか、こうやってぼーっとしている瞬間が多い気がする。今だってどこか上の空だ。
「……唯兄、大丈夫か?どっか具合悪い?」
「大丈夫だ。少しぼーっとしてただけだから」
そう言って笑って見せながら唯兄は俺の頭に手を置いてなでてみせる。唯兄にとっては妹である小さな明日香と俺達は変わらないらしい。こんなときでも心配かけまいと笑ってみせる。
「あのさ、もしかして千春と何かあったの?」
“千春”と姉の名前を出した瞬間唯兄は分りやすい程に真っ赤になって固まった。秋から付き合いだした二人がデートに出かけたとか、そんな浮いた話も聞かないし、一見二人には何の変化も見られないのだが。
「唯兄よりは付き合い短いけど、俺もずっと弟やってるからさ、色々分ると思うよ。あぁ見えてちーは結構ワガママだし、文句言わずに付き合ってる唯兄はすごいと思うよ」
「お前は本当真っ直ぐだな。ちーに困ってるわけじゃないから心配するな」
「なら良いけど……」
「夏樹、夕飯何食いたい?」
優しく微笑むその顔はいつもの唯兄で少し安心した。長身に鍛え抜かれた体の上仏頂面の三白眼と、妹と歩こうものならヤクザと噂が立つ唯兄を俺は一度も怖いと思ったことがない。
「ハンバーグ食いたい!ってゆーか千春は?帰ってないの?」
「……帰ってる」
再び挙動不審になり俺からあからさまに目を反らす唯兄が何故か頬を染めて答える。
「……少し、疲れたみたいだから夕飯まで寝てるって……」
「マジで?千春が?ってゆーかまさか千春に何かした?場合によっては許さないよ?」
「し、してないから」
慌てて否定する唯兄を睨みつけた所で良い所にストップが入る。玄関から「ただいま」と冬路の声がしたかと思うとリビングに顔を出した。
「夏樹も今帰ったの?」
「いや、つい話し込んじゃって……」
「唯兄ただいま」
にこやかに唯兄に挨拶をするとそのまま俺を引っ張って廊下に連れ出す。
「夏樹着替えてこよう」
「なんだよ俺は今唯兄と大事な話をだな……」
「夏樹が心配してるようなことはないよ。唯兄が信じられないの?」
階段を上がりながらそう言うと一呼吸おいてから部屋の扉を開けた。
「それに、万が一でも唯兄はちー姉を泣かすようなことが出来るとは思えない。だから大丈夫だよ。心配しなくても何かあったら二人で解決するし」
「やっぱり何かあったのか?」
「放っておきなよ。そう簡単に崩れる仲じゃないし」
パーカーに袖を通しながらそこまで言われるとなんだか妙に納得して、安心してしまった。冬路はかっこいいと思う。騒ぎ立てることしか俺は知らないのに、何も言わずに信じることが出来る。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




