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春夏秋冬  作者: 日和
14/21

秋には秘め事を 5



 夕飯の後、無言でお向かいの姫宮家に駆け込んだ。いつもと違う鬼気迫る態度の私を迎えてくれた明日香ちゃんは驚いた顔をしたが何かを察したように「唯、部屋にいるよ」と教えてくれた。そのまま二階へ上がる背中越しに雅美おばさんが「何々?お兄ちゃん千春ちゃんに何したの~?」と楽しげに騒ぐ声が聞こえた。部屋の前に立つとノックもしないでドアを開けるとベットに座って漫画を読んでいた唯君が目だけで私を見た。



 「ちー、ノックもしないで開けるなんて失礼だぞ」



 男の子なのに、きれいなその部屋は漫画や教科書、問題集の影に可愛らしいお菓子の本がある所や窓際に並ぶ小さな花を咲かせたサボテンが唯君の部屋だって控えめに主張していた。ジーパンに長袖のTシャツ姿で漫画から目を離す気がないらしい唯君にムカついて無言のまま真正面の床に座って漫画を取り上げた。



 「……お前、そ~ゆ~顔すると本当お人形みたいだな」

 「いつの間に帰ったの?」




 私の問いに唯君は苦笑しながら優しい瞳をする。取り上げた漫画を私から取って本棚に戻しながらお兄ちゃんの顔をする。




 「あそこで俺がいたら愁の機嫌が治らないだろう。それでなくてもあいつ昔から桶のこと嫌いなんだぞ」

 「うそ」

 「本当。今回ので分らなかったか?あいつかなりのシスコンなんだ。三人の中で飛びぬけてるだろう」




 空いたベットに腰かけた私に向かい合って勉強机の椅子に座った唯君がため息を漏らす。



 「二人もシスコンかな?」

 「分らないのか?馬鹿だろう?」




 鼻で笑う唯君の態度にムカつきながら、気付くとまた流されている気がする。体制を立て直しベットに星座して改まってみせる。



 「唯君、私そんな世間話しに来たんじゃないの。夕方、愁が言ったことは本当?」

 「ちーは本当に馬鹿なんだな」



  私を馬鹿にするくせに、その顔は時々見る私の苦手なとびきりの優しい顔だった。その顔を見ると胸がざわつくのに目が離せなくなるから。



 「もうとっくに気付いてるんだろう?それを俺の口から言わせたくてわざわざこんな時間に駆け込んで来たんだろう?」




 いつもの真逆だった。私が攻めに来たのに、まるで唯君のペースだった。何も言えずにいる私を見てまたその顔で笑った。



 「そ~ゆ~とこは女なんだよな」

 「俺は絶対に言わないから!」



 椅子から降りて目の前に来た唯君はとても楽しそうに笑うのに、私はちっとも笑えなかった。その目は、ずっと私の苦手な目だったから。

 ふっと表情を消した唯君は目を見たまま私に凄んで見せる。



 「あと十年だって黙ってられる。これまでだってそうして来たんだ。簡単なことだ」

 「どうして?」



 いつになく意地っ張りな唯君は何故かこの状況を楽しんでいる気さえする。私は多分、まだ何一つ分らないでいるのに。





 「絶対に確実に手に入れたいんだ。手に入れたからには放したくないし、そのためなら十年でも余裕で待ってられる」




  真正面から宣言してみせる唯君はとてもズルイ気がした。今まで一度もそんなこと言ったためしがないのに、私が彼氏といようとも素知らぬ顔していたくせに、それなのにずっと態度は見え見えで一番欲しい言葉をくれない。だから分った。誰と付き合っても誰と過ごしても私の中のは唯君がいたんだ。私の一番はずっと前から唯君だったんだ。



 「じゃあ私が言おうか?」



 目を合わせた顔を近づけると明らかに動揺した目は急に弱気になる。私が馬鹿なら唯君も馬鹿だ。十年も私を好きだったくせに、私の好きなものが分らないなんて。




 「言うな。今まで黙っていた意味がなくなる」

 「十年経ったら教えてくれるの?私はそんなに待てないよ、すぐに欲しいもん」



 早くも逃げの体制を取ろうと目を反らして距離を置いた唯君は一瞬固まったみたいに黙ってから大きなため息をついた。



 「……ワガママ」



  呟いた声は今までで一番優しくて、けしてこっちをむかない顔は耳まで真っ赤だった。









 「そうだよ。ずーっと嫌いだったよ」



 怒りにまかせて玉ねぎをみじん切りしながら愁が質問に答えた。どうやら唯君の言うとおり、うちの弟は相当のシスコンらしい。 



 「今も嫌いなの?」

 「大っ嫌い!」



 子供のように顔をしかめながら乱暴に切った玉ねぎを投入していく。今日も愁はご乱心だ。



 「今までの彼氏と唯兄は違うじゃん。唯兄は絶対にちーをもっていっちゃうから」



 予言じみた発言をして自分で落ち込んでみせる愁はなんだか可愛らしかった。



 「それでも、愁は大事な弟なのは変わりないんだよ。例え唯君と別れたりしたって」

 「やめてよ。あれだけちーに振り回されて逃げないのは唯兄くらいなんだから!」


 人参を手に持ったまま顔をあげて声を荒げる愁に思わず笑った。



  弟の愁は、長男らしくしっかり者で良いお兄ちゃんだ。周りに慕われて、どんなこともきっとそつなくこなす。でも本当は繊細で甘えん坊で、それを隠して皆に優しくしてみたり誰かに当たってみたりまだまだ子供だけど、こうして姉の行く末まで心配してくれる、優しい子だ。シスコンなのは、秘密にしておこうか?


最後まで読んで頂きありがとうございます。

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