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春夏秋冬  作者: 日和
13/21

秋には秘め事を 4




 「だからさ、何でそう毎回俺を退け者にするのかな?俺ちーに何かした?」




 本日も不満たっぷりの愁が夕飯の片付けをしながらブツブツ文句を言う。食器洗い機に入らない調理器具や大きめの鍋を夏樹が洗い、それをすばやく拭いた愁がし予定の場所へ戻していく。なんだかんだいって、どうやら愁は家事が好きらしい。 



 「だからさ、せっかく家事しなくて良いんだから沙夜ちゃんと遊んでくればいいんじゃん」

 「皆どころか唯兄や明日香まで総動員で家のことやってるのに俺だけサボるなんて出来ないだろう」

 「愁って真面目だなぁ。何も考えないで遊んできたら良いのに」

 「大体俺もあっちもそれぞれに用があるし、そう毎日遊んで帰れる程暇じゃないし」

 「もしかして、家でも沙夜ちゃんにも相手にされなくて最近拗ねてんのか?」



 無神経とも言えるほど正直者の夏樹に言われて思わず黙ってしまう。妙な所で愁は繊細だから。 



 「拗ねてなんかないだろう!」

 「怒るなよ。「たまには愁に、自分の時間を満喫して欲しい」って、ちー姉の提案なんだよ。本当は言うなって言われたけど」



 お喋りな夏樹の言葉に愁が一瞬黙ってしまう。エプロンの端をぎゅっと掴んで唇を固く結んだ。



 「俺は、好きでやってるからいいんだよ。そうしたら今はちーが自分の時間が無くなるだろう?」

 「最近余裕が出来たんだって。彼氏と別れたから」

 「またぁ?これで何人目だよ。もてるのはいいことだけど、また?今度は長いから期待してたのに」

 「残念。しかしちー姉ってもてるんだな」


 失礼な!感心したようにいう夏樹に愁がお兄ちゃんの顔で笑う。



 「そっか。ちーと夏樹と冬路は結構似てるから気付かないのかな?姉だってのを差し引いてもかなりいい線いくと思うよ。肌は白いし、全体的に小さめなのに顔のパーツが、特に目なんか大きくてビー玉みたいだし、お人形さんみたいに可愛いんだろうな」

 「中身があんな最強なのに?」

 「家では最強でも、学校や外では最強だとは限らないだろう?」



 「お人形」とうたわれた姉を捕まえて「最強」という夏樹も失礼だが、それを否定しない愁も相当失礼だ。



 「ちー姉は可愛いよ」



 洗濯物を畳み終えた冬路がキッチンに入って早速冷蔵庫を開けたかと思うと唯君がくれたケーキを取りだしお皿も使わずに直接口に運んだ。



 「同じフルートやってる良樹が「お人形みたいで守ってあげたくなる」って言ってたし」



 冬路がお父さんそっくりの穏やかな微笑みを浮かべて兄達を見るが、夏樹はビー玉の目を丸くして驚きを表し、愁に関しては手を叩いて笑いだす始末だ。もはや私の唯一の味方となった冬路の意見は即刻否定された。




 「その良樹が何からちーを守るの?そんなことしなくったってちーは最強だから大丈夫だよ」

 「大体どう見ても守ってあげなきゃいけないタイプじゃないだろう?」

 「唯兄がいいつも支えてくれてるからじゃない?ちー姉だって女の子だし、そんなに強くないよ」




 末っ子の言葉に兄達が言葉を無くす。それに構わず微笑みを浮かべたまま冬路はキッチンを後にする。











 「愁……本当に、良いよ?生徒会ももちろんだけど、愁には少し自由な時間を楽しんで欲しいの。夏樹も冬路もそれぞれに部活もしてるでしょう?」




 いつものように一旦家の前で唯君と別れて早めに家に戻ると入室禁止を命じていたはずの愁がキッチンに立っていた。驚いて思わず制服のまま愁の説得に試みたが、エプロン姿のまま睨まれてしまった。



 「その間にちーは唯兄と毎日楽しく夕飯作りするから邪魔するなって?」

 「邪魔なんて言わない。私もこれからもっと上手く料理も出来るようにならないといけないし、唯君はおばさん達が遅い時に明日香ちゃん釣れてくるついでに手伝ってくれるだけだから」



 言い訳のように言った言葉に愁がまたかみつく。 



 「最近毎日だよね?料理一緒に作ってそのまま帰ることだってある。そこまで唯兄に来て貰ってでも俺は邪魔?」

 「邪魔だなんて言ってない。唯君は優しいから、私の腕が心配で来てくれてるだけで、もう私一人でも充分だから、愁は気にしないでいいよ」




 なぜだろう。姉として、愁に自由な時間をあげたいと思っていた。愁はいつも率先して家族のために自分の時間さえ犠牲にして動いてくれる。だからこそ、誰にも気兼ねせずに放課後を楽しんで欲しいと思うのたげど、愁はそれを頑なに拒んでいる。滅多に感情を露わにしないはずの愁は最近いつも怒っている気さえする。




 「本当にそう思ってるの?」

 「唯兄は優しさで毎日ちーと夕飯作りしてると本当に思ってるの?いい加減気付けよ。唯兄はだいぶ前からちーのこと好きなんだよ。十年は前からずっと、ちーが何度も彼氏とっかえひっかえしててもずっとしつこくちーしか見てないんだよ」



 まくし立てるような愁の言葉に体が動かなくなる。エプロンの下に隠した拳は微かに震えていて、それなのに母譲りのアーモンド型の瞳は何故か母親におもちゃをねだって駄々をこねる子供のようだった。だから私は、少しも動けなかった。本当なら絶対的なピンチにさえ、救いを感じてしまったんだと思う。




 「愁、それは俺が言う台詞だろう。先に言うなんてひどいじゃないか」




 いつの間にか私の後ろに立っていた唯君に今度は愁が固まる番だった。後ろを振り向くとそこにいるのはいつもと変わらない唯君で、三白眼の瞳はいつも通りの大きくて穏やかな優しささえ写していた。



 「なぁ愁、ちーはお前をのけものにして意地悪したいわけじゃないんだよ。いつだって、例え誰と付き合ったってお前の姉ちゃんなのは変わらないんだぞ。取られるわけじゃないだろう」




 小さな子供をあやす様な唯君の言葉に愁の表情が歪んで子供になっていく。





 兄弟の中で一番繊細で寂しがり屋な甘えん坊は愁だった。弟達の、時には明日香の世話までしながら本当は自分が一番母の腕に甘えたかった。素直にならない愁はだから余計に周りのそれを察して与えることが出来る子だった。自分が一番欲しいものをなげうってそれでも大事な人には惜しみなくそれを与えてあげられる優しい子だった。いつの間にか愁の優しさに甘えていたみたい。愁はずっと寂しかったのにね。




 「今日は、一緒にご飯作ろうか」



 どうしたら分らなくて、呟くほどにしか出なかった声に私よりもかなり大きくなってしまった弟は泣いたような顔で笑った。



 その日は特別に時間をかけた凝った料理が食卓に並んだ。夏樹が大はしゃぎで「今日は何のお祝い?」と聞くとその隣で冬路が「愁兄の復帰祝い?」と微笑んだ。穏やかに笑う父が「やっぱり愁がキッチンにいると安心するね」と微笑んだ。今日は口数が少ない愁はしかし晴れやかな表情でよく笑った。




 ……ねぇ、何か忘れてない?

 


最後まで読んで頂きありがとうございます。

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