秋には秘め事を 2
「愁兄さぁ、なんか凹んでたよ。「俺ちー姉に何したんだろう?」って」
タイムセールで本日の夕食メニューである生姜焼き用の肉をゲットしてくれた冬路が得意げに袋を開けて見せながらいった。朝文句を言ったはずの夏樹も一緒に行ってきたらしく個数限定の卵が二倍手に入った。
「何で愁はそこで凹むのかな。たまにはお姉ちゃんの親切をありがたく受け取ってほしいんだけど」
「朝疑わしげに見てたじゃん。きっと追い出されたと思ってるんじゃね?」
「晩飯の前まで、か?愁は変な所後ろ向きなんだよな」
朝から道連れが決定していた唯君が言いながらお茶を淹れてくれた。すかさず手作りのお菓子が出てくるあたりはさすがだと思う。一体いつの間に作っていたんだろう?
「俺、女子に生まれてたら唯兄の嫁になりたかったなぁ」
真顔でつぶやく夏樹に唯君がお兄ちゃんの顔で笑った。明日香ちゃんを見るときにも見せる優しい瞳。その顔は私を妙に安心させた。
「愁、生徒会に入ったんだって?」
「副会長だって。なんか会長がちょっとちー姉みたいな人で大変だってぼやいてたよ」
唯君に冬路が答える。散々嫌がっていたくせに、最近になってやっと腹を決めたらしく愁は生徒会副会長に見事当選し、早速個性あふれるメンバー相手に大忙しらしい。なんだかいって世話好きだからそこを会長に見つかったのかもしれない。
「会長じゃない所が愁らしいな」
「そう?」
「そういやぁ愁っていつも一番にはならない気がするな」
「いつでも一番になれる力はあるのにね」
唯君の言葉に三人で反応してしまったのを見て唯君が笑った。
「愁自身がその位置が好きなのと、トップに出る自信がないのかもしれないな。兄弟の中には千春が絶対的なトップとしているし、恐らく弓道部でもそーゆーのがいるんだろう」
唯君の話を聞いていて、なんだか不安になってくる。愁はいつもどこか一歩引いている所がある気がする。それは良い時もあるけれど、ずっとそのままでは愁の力を出すことができない気がする。愁は本当に、びっくりするくらい器用に優しいから。
「ねぇ唯君、それじゃあ愁は一番になれないの?」
私の言葉に反応する双子達の視線を受けてまたお兄ちゃんの顔をする。
「愁はもう彼女の一番なんじゃないか?春からまだ続いてるんだろう?これでそろそろちー離れをしてくれたら良いけどな」
「愁に彼女?」
ガタッと音を立てて思わず立ち上がった夏樹が大声をあげると唯君は今更しまったって顔をした。
「夏樹はまだ知らなかったの?」
冬路が無邪気に尋ねるもショックから立ち直れない様子で固まる。お菓子を夏樹の前に持っていきご機嫌をとろうとするが、唯君の努力も無駄に終わり夏樹は固まったままだ。
「沙夜ちゃんってゆーの。ピアノが上手な清楚系の女の子だった」
仕方ないから新情報を発表すると三人揃って私に向き直る。その疑わしい目つきはなに?
「付け回ったりなんかしてないからね。たまたま見かけたの」
「たまたま見かけただけでよくそこまで分るな」
「女の子の情報網を侮らないで」
腕組して仁王立ちのポーズをとってみせると大きなため息をついた唯君が呆れながら立ち上がりキッチンに向かった。
「なにやってんだちー。今日は生姜焼きなんだろう?」
唯君の言葉に私は立ち上がって慌ててエプロンを付けて双子はそれぞれお掃除と洗濯ものをたたみに取り掛かる。本当はどれも愁が一番上手。でも、今日からしばらくは愁に家事をさせたくなかった。
「だから愁の帰りが遅かったわけか!」
生姜焼きを箸でつまみながらお母さんが豪快に笑った。愁はまだご機嫌斜めの様子ですねたまま黙々と食べている。
「愁兄は、今日は遊んで来れたの?」
愁の隣に座った明日香ちゃんが首をかしげて可愛らしく尋ねてみるがへの字の唇のままでため息をつく。
「時間がいっぱいあったから生徒会のたまった書類をいっきに片付けてきたよ。会長が遊んでばっかりいるから片付く仕事も片付かないんだ」
「何だ、せっかくちーが解放してやったのに遊んで来なかったの?」
「デートに行ったんじゃねぇのか?」
「デート?この忙しいのにデートの相手なんかいないだろう。そんな時間もないし」
「沙夜ちゃん、寂しがってるんじゃないのか?」
お母さんと夏樹の矢継ぎ早の質問を難無くかわした愁だったが、唯君の優しさ溢れるつぶやきにはフリーズした。今更ながらテーブルの下でジーパンの上から唯君の足を軽く叩くとようやく気付いた唯君がハッとした顔で愁を見つめた。
「悪い。秘密だったのか」
“沙夜ちゃん”の名前が出たとたんみるみる真っ赤になっていく愁はいつもの冷静に何事もそつなくこなすお兄ちゃんじゃなく、ただの恋する高校生だった。いつもは器用な愁の不器用な姿が無償に可愛らしくてそっと笑った。
「愁にはもう彼女がいたのかぁ」
お父さんが穏やかな声で感傷深く言う声が静かな食卓に響くが、本人はそれに気付いた様子も無く穏やかに微笑みを浮かべながらお茶を飲んだ。そうだ、お父さんは空気が読めないんだった。
「何、かわいい子なの?」
「ピアノが上手な清楚系な子だって」
「マジで?うちにはいないキャラだな」
空気を読む気もないお母さんと夏樹が二人だけで盛り上がる。愁によく懐いていた明日香ちゃんはショックを受けている様子もないが、愁本人は冷静に頭を切り替える暇も無くしどろもどろだ。
「だから、何でそこまで知ってるの?」
「唯君がいけないのよ。私はちゃんと愁には秘密にしておいたのに」
「俺が悪かった。ついうっかり……」
ちょっと怒った顔しながらも混乱している愁が可哀想で言ってやると隣に座った唯君が大きな体を小さくして謝った。
「ちーな気がしてたよ。大体こーゆーこそこそしたマネするのは昔からちーだもんな」
珍しく怒った愁がガタンと音を立てて椅子から立ち上がるとキッチンに食器を下げた。
愁が怒ることは本当に珍しい。あまり日頃から感情的にならない愁はごくたまに感情を露わにする。それは突然すぎて、周りの時間を止めてしまうが。荒々しく上ったのち、パタンッと部屋の扉を閉める音を聞いてから我に返った唯君がポツリと真面目に呟く。
「やっぱり、もう一度ちゃんと謝っておいた方が…」
「必要ないよ。蒸し返されたら返って嫌じゃない?放っておいて大丈夫」
「でも、愁兄あんなに怒るの初めてだし…」
不安げな表情の明日香ちゃんが助けを求めるように母と父を見るが二人共穏やかに微笑むだけで何も言わなかった。いつからか子供同士のもめごとに両親は一切口を挟まなくなった。
「そのうちけろっとした顔して戻ってくるわ。愁はそこまで子供じゃないもの」
「お前……強いな」
箸を持ち直して言った言葉に感心したように唯君が呟き、双子はそっくりの顔をくしゃっとさせて笑った。
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