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セフィロトの樹は原罪の実をつける  作者: 雨音
M地区 ―螺旋の蛇―
9/11

Act.8 ―Crybaby “解き放たれた記憶”―

 ――形成は使えない。“親父”のマホウなら万に一つの可能性も無いだろう。

 だが、カインはモレクがこれ以上“封じる”事ができなくなっていることも思い出していた。モレクのマホウはその強い効果の裏に一つの副作用が存在する。

 それは『封じた対象は自らも封じられてしまう事。』

 今、モレクはカインのマホウを封じている。つまり、モレク自身もマホウを使用することができないのだ。

「だけど――。」

 この部屋にはもう一人“超攻撃型のマホウ遣い”がいた。“兄貴”イサクだ。

 イサクのマホウは“燃焼”。物を燃やす帯を形成することができる。

 視界内に入っていることで攻撃の対象になってしまい、帯に絡めとられると触れた部分が燃え始める。だが、未だに攻撃をしてくる気配は無い。

「あ、心配しなくても良いよ。僕は手を出さないから。」

 カインがチラリと見たことに気づいたのか、顔に笑みを貼り付けながら言う。イサクはさらに続けた。

「弟分にせっかく再会できたのに自ら手を下すつもりは無いよ。まぁ、リーダーはどうするか知らないけれどね。」

 イサクは言葉の通り一歩下がって目を伏せ、右手で捕らえているエイダにだけ聞こえるように呟く。


「捕らえておいてこういうのもなんだけど、大丈夫。このままだと、君もカインも死なないよ。」

「えっ?」

 驚きに目を見開きながら、エイダはイサクを見る。

「でも、リーダーは……。」

「あれは、カインを焚きつけるために言ってるの。“この力”は心を糧にする。使おうと考えなければ応えてくれない。」

 その状況を演出しているだけさ、と言いながらイサクはにらみ合いを続ける二人を見た。

「手は離すけど、しばらくの間後ろ手に組んでおとなしくしといてくれるかい?……まぁ、これは『お願い』じゃない『命令』だけどね。生死を選ぶくらいの自由意志はあげるよ。」

「……わかりました。」

 両手の拘束がはずされる。今考えるとそこまで強く掴まれていなかったのだと思った。

 手を後ろ手に組んだまま足元に視線を落とす。イサクに話しかけるでもなく、エイダは自分に確認するように一人呟く。

「カインのもう一つの力――やっぱりあったんだ。」

「なんだ、エイダは知っていたのかい?」

「いえ、視たんです。私、人の魂が視えるみたいなので――あなたの罪は“燃焼”ですね。でも、罪じゃないものがもう一つ…。」

 ほう、と感心した表情を浮かべ、イサクは頷いた。

「そうか。なるほどなるほど、詳しくは見ないで欲しいな。ん、それが君のマホウなのかな……じゃあ、カインの“罪じゃないもう一つ”は見えるかい?僕らも知らない彼の“願い”が。」

「罪とは違うんですか?カインには……。」

「罪とは違う。“それ”は魂に刻まれた情報ではなく、魂を持つ今生の“個人”が紡ぐ“願望”だ。」

 エイダはすぅっと眼を細めてカインの方を見据える。

 モレクの封の鎖に囚われた“児戯”が視え、その罪に隠れもう一つの“何か”が存在していた。

 児戯に覆われていた“カイン”がカタチを一部覗かせている。今ならはっきりと視える。そう、彼の中に“願い”は確かに存在して、脈動をしている。

 そして、イサクも言及しなかった、カインが持つ“もう一つの罪”も。

「あれは、――。」


 イサクとエイダが話をしていた頃、モレクと対峙していたカインは勝利のヒントを手繰り寄せようと、失われていた記憶を掘り起こす。



 カインはS地区に住んでいたとき弟『アベル』と共に、マホウの正しい使い方と制御を教える教会傘下の“学院”に通っていた。

 授業は数学や、日本語、塔史、経済などの数世紀前からごく当たり前に行われてきた授業に加えて、自らに宿る“罪”を使役する方法を学ぶ『マホウの授業』があった。

 マホウ授業では自分の罪を探すための方法から、応用術まで段階を経て個人個人に教えていく。

 カインは入学して一年過ぎたころに自らの罪に気づき、マホウを使役することができるようになった。

 ――実際には真に使えてはいなかったのだが。

 『Yetzirah』の文言と共に指先から糸が出るのが楽しくてたまらない。学校では街では使わないように言われていたが、カインは所かまわず糸を出してはいろんなものを編んで遊んでいた。

 学校でいち早くマホウを開花させたカインは神童と呼ばれ、羨望と嫉妬の念を集めていた。子供の嫉妬と言うのは可愛くも残酷なもので、いじめの対象にこそなりはしなかったが、友達の一人も居なかった。

 そんな時公園で出会った名も知らぬ同年代の子供。

「ねぇ、一緒に遊ぼう?」

 金色の短髪と端正な顔立ちの少年と二人で塔の麓にある公園で遊ぶことが次第に日課になっていった。

 彼はまだマホウを遣う事は出来なかったが、カインのマホウに対し「面白いね、もっと見せて欲しい」と言ってくれ、名前も知らぬまま友達になった。


 そんなある日、いつものように塔の麓の公園で遊ぶことがあった。少年とカインは形成で作り出した糸のボールで遊んでいたが、少年は飽きたのだろう。

「砂場もあるし、棒倒ししようよ!」

「うん、わかった!“棒倒し”しよう!」

 カインが同意した瞬間、塔の方から大きな揺れが起こり轟音が響く。

 形成を解除しない状態で“遊びの宣言”をしてしまった為、カイン“本来の形成”が発動していたのだ。

 詠唱は基本的にドイツ語で紡がれるが、本来マホウが発動する条件は“知覚”と“アクセス”すること。深くアクセスする為に詠唱が存在する。

「カイン、君のマホウは“糸繰り”じゃなかったの!?」

「違う、僕じゃない!」

 塔はなおも傾きを続ける。すべての街の中心である塔がカインたちが立っているところとは逆方向へと、S地区の下部から折れようとしている。天蓋からきしむ音がS地区大層に響く。

「なんてことだ…塔が――倒れる!」

 誰かが叫ぶ。

 いや、町中から悲鳴が響く。

 カインはただ立ち尽くしていた。

「反応、あの少年です!」

「あんな子供が……くっ!“エクスシア第二分隊”これよりテロリストを捕縛する!」

 数分の時間もかけず治安部隊エクスシアが駆けつけ、カインと少年に向け射出式スタンガンを放っていた。

 カインが気絶したところで揺れは止まり、辺りは静寂を取り戻す。

「塔の隔離施設へ!」

 治安部隊と先の混乱による喧騒が去った頃、公園には誰もいなかった。


 連れて行かれた先は塔内のどこか。カインは冷たい床で目を覚ますと、見張りをしていた治安部隊の人間に声をかけられ別室に通される。

 その部屋には父さんと母さん、そして左手のない男がいた。

「カイン!」

「父さん!母さん!」

 カインの父親が部屋に通されたカインに声をかけるが、男が右手を上げ、父親を制する。

「目を覚ましたか、カイン君。私は『ウリエル』、治安部隊エクスシアの隊長をやっている。」

 ウリエルと名乗った男左手のない男は口元に柔らかな笑みを浮かべているが、目には厳しさが宿っていた。

「君はマホウで塔を壊そうとした。君の罪が何かの解析が――終わったようだな。」

 敬礼と共に制服を着た人間が室内へと入ってきた。

「解析結果が出ました。詳細はこちらをご覧ください。」

 入ってきた治安部隊の隊員がウリエルへと一枚の紙を渡す。手元の紙に目を通しながらウリエルは眉をしかめた。

「ふむ……不明と来たか。けれど――」

 その先は沈黙を守っていたカインの母親が放つヒステリックな声で遮られた。

 光の無かった瞳がカインを捕らえ、光を取り戻す。カインがいたことにたった今気がついたようだ。

「カイン!カイン!ねぇ、あの子が何をしたって言うのよ!」

「彼自身が何をしたのか、我々には“わかりません”が、カイン君のマホウは塔を壊そうとした。」

 ウリエルはカインの母親から視線を外し、もう一度手元の紙に目を落とす。

 そして、先程言おうとした言葉の続きを口にする。

「資料を見る限り、彼のマホウは『クラス・A』。概念形成の攻撃性マホウと思われます。」

 驚きに目を見開く両親。概念形成のできるマホウ使いは“S地区には少数しか存在していない”。そして、クラス・B―物質形成マホウ―以上の攻撃特化マホウが使用できる人間に対しては塔が一つの指令を下していた。

「た…確かクラス・B以上の攻撃性マホウの能力者は―――。」

 父親はウリエルの言葉の裏に隠された、『指令を遂行する意思』に気がついた。

「えぇ、ご存知の通りM地区への追放、隔離処分。そして先も話したとおり、あの少年はクラス・Aの攻撃特化マホウを有しています。」

――危険分子なんですよ――

 M地区への追放、それはこの都市において死刑を宣告されるも同義。

 S地区から下、D地区上二層『市場区』、D地区中層『生産従事者居住区』、D地区下二層『生産区』。この五つの層の更に下にM地区上層『旧居住区大層』が存在する。またの名を――『隔離街』

 上位の攻撃性マホウ使いと上層の犯罪者が押し込められており、更にM地区の中層以下は死の世界であるため、最も死に近い場所と言われている。

「そんなところにカインを!この子はまだ8歳なのよ!」

 母親が拘束されているカインに近づこうとするが、周囲にいた治安部隊の隊員に取り押さえられる。

「母さん!くそっ!」

 取り押さえられた母親に近づこうとするカインも押さえつけられ、隊員が猿ぐつわを噛ませようとする。

「お気持ちはわかりますが、これも『塔の意思』です。」

 ウリエルはそう言った後、カインを押さえつけている隊員を見て首肯する。

「M地区へ連行しろ!」

「父さん!母さん!―――っ!お父さん!お母さん!」

 猿ぐつわを噛ませようとする隊員に抵抗しながら、カインは両親を呼ぶ。

「すまないね、これもNo.3に生きる全ての人の安全の為だ。」

 ウリエルの言葉の後、数瞬で口は封じられ衝撃と共に意識は闇に落ちた。



 M地区に連行されカインは“この場所”で目を覚ましたのを思い出す。

 つぅと目を向けるのは先程までエイダと座っていたソファ、そして部屋の広さの割に調度品が少ない伽藍とした空間。対峙しているモレクを忘れたわけじゃないが、視線をあちこちに飛ばすと10年前となんら変わっていないことに気づく。

「思い出してしまえば懐かしい場所だろう。」

 モレクが口元を歪め笑ってみせる。

「あぁ、そうだな。」

 カインは右足と右肩を引き、右手をへその前に構え左手を肩の高さに軽く上げる。

「こいつも思い出したよ。記憶を封じられていたから、ついさっきまで忘れていたけどな。」

 モレクも同じ構えを取る。そして引いた右足を軽く上げると、ソファが吹き飛んだ。

「師匠の私に勝てると思っているのか?crybaby。」

「罪に近いあんたに身体能力じゃ明らかに負けてるかも知れないが――」

 カインはモレクと同じように右足を軽く上げ、ソファを吹き飛ばす。ソファは壁際に立っていたイサクとエイダに向かって飛んでいくが、途中で焼失した。

 イサクが何か言っていたがカインは聞こえなかった。

「一線を退いてるあんたに負ける気はしない!」

 体勢を低くして跳躍し一瞬で距離を詰める。だがモレクは既にその場にはいなかった。

「まったく、相変わらず真正直なやつだな。」

 死角から声が聞こえ、声のほうへと構えようとしたその瞬間、衝撃と共に地から足が離れ体が宙に浮く。

「ほら、現状の確認の前にすることがあるだろう。」

 ――とにかく防御を!

 顔の前でクロスさせた腕に衝撃が走ると背中から叩きつけられる。

「―――っは。」

 おそらく机に叩き落されたのだろう。埃と木屑が視界を舞っていた。

 頭の上へと足を伸ばし腕の力を使い跳躍して体勢を立て直す。

 壊れた机の向こうにはモレクが構えを解かずこちらを見ている。

「もう終わりか?crybaby。」

「まだまだ……もう負けて泣くわけにはいかないんだよ!」

 手に持っていた木屑を握り締めながらカインは咆哮した。



 M地区での生き方を教えてくれたのはモレクだった。どういうわけかM地区に連行されたカインは“螺旋の蛇”本部に運ばれていた。

 治安部隊の心遣いなのか、隔離街に捨てられた俺を“螺旋の蛇”の誰かが連れて来てくれたのか。モレクは語らなかった。

 M地区のルール、生き抜く術、形成の使い方。格闘術や剣術もその一環。

 手合わせをした時モレクはまったく容赦しない。全身が砕けるような痛みと理不尽さえ感じるほどの強さにカインはよく泣いた。

 ある時からモレクと手合わせしている時には『カイン』と呼ばれることは無くなり、『泣き虫(crybaby)』と呼ばれるようになる。

 そんなカインを慰め手助けしてくれたのが同室で暮らしていたイサクだった。

 イサクは兄『イシュマエル』と共にカインに個人的な稽古を付けてくれた。

 その知能の高さから早くも参謀として知略を巡らせていたイサクと、マホウ遣いの中でも特に身体能力が高いイシュマエルの兄弟。

 この二人に引き上げられるようにカインは体術、戦術、マホウに磨きをかけていった。

 時折「筋トレに付き合え」とサムソンに連れられトレーニングルームで共に汗を流したりと充実した日々を送っていた。

 2年の間を共に過ごすことでカインはモレクを『親父』、イサクを『兄貴』と呼ぶようになった。

 そんなある日、カインはモレクに呼び出される。訓練の時間にはまだ早い時間。

 ノックの後鉄扉を開くと、モレクとイサク、サムソンとイシュマエルがいた。

 座れと言われ、ソファに座ったところでモレクが口を開く。

「カイン、そろそろお前も一人で生きていけるようになったみたいだな。」

 モレクにこそ勝てないが、数歳しか離れていないイサク達には負けることは無かった。

 マホウの使用方法も高いレベルで習得した。外に出たところで命を奪われる可能性は少ない。

「この前なんかイシュマエルにも勝ったんだ!後は親父だけだぞ。」

「うん、お前は強くなった。だからお前を外に出そうと思う。」

「……え?」

 ぽかんと口を開きモレクを見る。モレクはカインの頭を撫でながら話を続けた。

「お前のマホウは強力で、塔側も生かすつもりは無かったみたいだ。実は治安部隊の人間に殺されかけていたところにたまたま出くわして、ココに連れてきたんだ。」

「じゃあ、それこそ外は危険なんじゃないのか!?……あ、――」

 そう言った後にカインは気づく。自分がここにいると言うことが“螺旋の蛇”と言う地下組織を潰す格好の理由になってしまう。

「これからお前の7歳から10歳までの記憶を一部“封”じる。これでお前が望まない限り『本当の形成』は使えない。隔離街なんていう掃き溜めだが――」

「親父、俺は大丈夫。」

「すまないな、こっちの勝手な都合で。」

「なぁ、また会えるだろ?」

「俺たちが力を必要とした時迎えに行くさ。」

 イサクは哀しげに微笑んで、成就されるかわからない言葉をカインに告げる。

 グッと唇をかんだ後で、言葉を搾り出す。

「――待ってる。」

 知らず涙がこぼれ、声が震えた。

 モレクは目を伏せ、大きく息を吸って自らのマホウを形作る。

「“Yetzirah”Kette・Etwas Gedächtnis――“形成”封・指定記憶」

 記憶が封じられる反動か、視界が暗くなり、浮遊感が身体を包み込む。

 意識を手放す瞬間に、やさしく響くモレクの声が耳に届く。

「また会おう、crybaby。」

 ―――くそっ、泣き虫って言うなよ。



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