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セフィロトの樹は原罪の実をつける  作者: 雨音
M地区 ―螺旋の蛇―
4/11

Act.3 ―Er traf sie.“切っ掛け”―



 物語と言うのは突き詰めれば変化と言う言葉に集約される。

 例えば、ただの少女が王子に見初められたり。

 例えば、貧困に喘ぐ少年が魔法の力で富豪になったり。

 例えば、曲がり角でぶつかった事で恋が始まったり。

 スポーツしたり、ロボットに乗ったり、存在しない店に迷い込んだり。


 変化イコール成長と言い換えてもいいだろう。

 特別なテーマを持った作品でなければ、物語の登場人物は変化を繰り返していくもの。

 人生において人は誰しも『自分がこの物語の主人公』だと思っているだろう。

 俺も例外じゃない。

 俺の物語は俺にしか作れないし、斜に構えて生きていくつもりは無い。


 物語の始まりには切っ掛けがある。

 それはほんの些細なものから、世界が変わる天変地異まで。

 俺の世界が変化を始める――物語が始まった切っ掛けというのはココなのだろう。


 俺は求めていたのかもしれない、そして密かに歓迎していたのかもしれない。

 “腐った日常の変化”、“日常を壊してくれる天使”を。


 そして期待した。

 “天使の箱”に乗って現れた一人の少女に。


 なんてことは無いどこかで見たような物語の始まり。

 だけど、これが切っ掛けで。

 変化が始まった時なのは間違いない。





「んっ!……うーんっ!…うん?」

 大天使の箱の中で女の子が声をあげる。

 先に見た天使たちは明らかに機械でできていたが、階級が変わると人の形を取るのだろうか。

 ブロンドの長い髪に細い体躯。黒いシスターのような服を着ているということは、『教会』の関係者か。

 見たかぎり年齢はカインとほぼ変わらない。確かに、容姿は天使の様だ。

 翡翠色の眼を薄く開き、狭い箱の中いっぱいを使って伸びをしている。

「あれ?…ここはどこだろう。わっ!あわわわわ。」

 目の前に突然現れた人間に驚いたのか、少女は大きく声をあげた。

「…気付いていなかったのか。」とカインは呆れる。

 殺気を向けていることに気がつかないなんて、平和ボケした素人か、殺気を受けるのに慣れている玄人か……間違いない、前者だ。

 しかし、カインは少女から視線をはずさない。人間か?天使か?いや、どちらでもいい、攻勢に出れば殺すだけだ。

「ふぅ、ビックリしたなぁ…。もしもーし。」

「……。」

「えーっと、はじめまして?私『エイダ』と言います。すみませんが、ココはどこでしょうか。」

「………は?」

 確信した。こいつは天使じゃない。一般人だ。

 状況を理解していないどころか、教会の服を着ているということはS地区の上層に住んでいることになる人間。つまりM地区に“いるべきではない人間”。

「……俺はカイン。そしてココは隔離街だ。それじゃあな。」

 今は有事。どう見ても面倒ごとにしかなりそうに無い彼女――エイダを連れて回る精神的余裕なんかは無い。

 マホウを解いて路地の奥にいけるか確認。箱を飛び越えれば先に進めそうだが、この調子では箱が脳天直撃の可能性も捨てきれない。

 もう少し巣に近づいてから、もしくは箱を確認し次第路地に入る、という方針に練り直しカインは大通りへと足を向ける。

「ちょっ!ちょちょちょちょっちょ待ってください!」

 焦りからかしっかり舌を噛んだ台詞と同時にコートの裾を引っ張られる。

 女相手に力づくで逃げるほど情けない性格はしてないようだな、などと分析半分諦め半分でエイダに顔を向ける。

「何だ?」

「カインさん、私はどこから来たんでしょうか?」

「………覚えてないのか。」

「みたいです。」

「じゃあな。」

「お願いです!助けてくださいよー!」



 ほら、やっぱり面倒なことになった。



 路地の入り口と上方にカモフラージュをするように色付きの糸を張り巡らせる。

 知っていて入ってこないことには気づかれない自信はある。

「とりあえず覚えていることを話してみろ。」

 お互いの情報交換をかねてエイダと話をする。

 腰を据えて話をするなんて自殺行為だが、これも何かの縁か。と思えれば良いのだが、泣きつかれて留まってしまった自分は単に女に弱いだけか。


 聞くとエイダはどうやら記憶喪失らしい。

 覚えているのは自分の名前と、言葉、ある程度の知識だと言う。

「今は塔暦何年だ?」

「358年ですね。」

「街は何区画何階層?」

「S地区、D地区、M地区の三区画、13階層です。」

「エイダは何歳だ?」

「18です。」

「どこから来た?」

「覚えてないです。」

「天使って言葉に聞き覚えは?」

「空想上の天使なら分かりますけど…。」

「あの箱は何だ?」

「さぁ?」

「スリーサイズは?」

「8…ってなに聞いてるんですか!」

 基本的な知識は持っているが、最近のことになると忘れている。先行性か、逆行性か……今の状態では判別できないが、

「部分健忘であることは間違いないな。」

「ぶぶんけんぼう?」

「あぁ、ある程度の知識や名前、言葉を覚えたままの記憶喪失をそう呼ぶ。ある時点から昔のことを忘れていれば『逆行性』がついて、その先を覚えていられないのなら『先行性』がつく。」

「なるほど、なるほど。私、どこでどうしてたかさっぱり忘れてるんだよね……。」

「“どこ”なら推測できる。」

 カインはエイダの着ている服を指差し「これは特定の人間しか着ない服だ。」と言った。

「特別な服なの?」

「あぁ、それはS地区中層『聖堂』に住む人間が着る服だ。」


 最上区であるS地区は四階層に分けられている。

 下から下層『市場』、大層『居住区』、上右層『聖堂』、上左層『伽藍』と呼ばれている。

 聖堂と伽藍は“街”の中核をなしていて、聖堂は“塔”を神とした宗教の中心であり、教団の本拠でもある。

 街の治安を護る教団直属の『教会六部隊』の本拠地も同じく聖堂に存在する。

 エイダが着ている服というのは教団、もしくは教会六部隊に入っている証。


「じゃあ私は教団関係者であることは間違いないわけですね。」

「お前が追いはぎで無ければな。」

 帰る場所が分かったところでただでさえ生きるのが難しい隔離街。そして今は“天使”が舞い降りている。マホウを遣えなければ、D地区の下層にも辿りつけないだろう。

“遣えなければ”

「そういえばエイダ、マホウは“遣える”のか?」


 この街にいる人間は生まれた時にはすでに“罪”を持っている。

 その罪を知覚し、マホウを使用するためにはきっかけが必要だ。

 きっかけは生命の危機であったり、学習の成果であったり、街を歩いている最中であったり、人それぞれ。

 罪と同様にマホウの使い方も本能的に理解する。

 通常20歳までに罪を知覚する。だが、知覚したところでマホウの発動条件が困難な場合、そのマホウは“遣えない”ことになる。

 その為、マホウが遣えない人間も存在していた。


 エイダは記憶を探るかのように虚空に目を走らせる。数秒の後にカインと目を合わせバツが悪そうに微笑んだ。

「それが……私“罪”も忘れちゃったみたい。」

 攻撃性が低くても、と考えていたが、“忘れた”と来たか。罪を知覚していないということは、“マホウ”も使用することができない。

「……お前、死ぬぞ。」

「だよね。カインの焦り見てると『いつもの』隔離街じゃないみたいだし。」

 いつもの隔離街でも十分死の可能性はあるのだが、何も知らない人間に対して危険性を説くのは不可能。

 カインは『これから』を思案するも、どの可能性も危険を孕む。

 身の安全の為にもここは捨て置くというのが正しい解答かと結論を口にしようとした時、一瞬カインは頭痛を感じる。


 正しい解答が良策とは限らないだろう?

 求めていたモノが手の届くところに在るというのにそれを見過ごすと言うの?

 でも、安全とは限らない。

 ――力――良い。

 ――護れ―――い。


――その方法を、もう知っているはず。――


 頭痛がしていた時に何か声を聞いた気がする。頭痛が治まったときカインは「はぁ、仕方ねぇな…。」と言いながら心を決めた。

「お前の記憶が戻るまでまでそばにいてやるよ。」

 何故かエイダの事を放って“置けなくなった”。

 自分の心の動きに驚きながらも、同情や憐憫の類だろうと自らを納得させる。


 やり取りをするうちに段々と緊張が解けてきて、エイダには周りを見る余裕が生まれてきた。

 ほとんど歳の変わらないカインにも敬語を使うことは無くなったし、今自分が置かれている状況も薄々実感することが出来た。

 目の前に立つカインの内側にあるものと同質の力が周りにも張り巡らされていることにも気づく。

だけど何か違う。

 カインのマホウと罪。

 彼は気づいているのだろうか。


 キョロキョロと物珍しそうに視線を動かす彼女を見ると、エイダは路地の入り口に視線を向けた後、カインと視線を合わせる。


「ねぇ、カイン。あれがあなたのマホウ?」

 エイダは路地の入り口に張り巡らせてある糸を指差して言う。

「あぁ、そうだ。そんなことより、そろそろ――。」

「――“児戯”。子供の遊びかー。何か似合わないね。」

「子供の遊び?いや、あの壁は俺のマホウの形成状態だ。本来なら……。」

 言いながらカインは一本の糸を出してみせる。

 “児戯”?ここでは何一つ子供の遊びは行われていない。

「カインの指先から出てるそれ“児戯”なんでしょ?」

 どうやらマホウの話をしているようだが、児戯なんていうのは聞いたことが無い。

「いや、俺の罪は“猫の揺り籠”――そんなことより、いや、これも重要なんだが……どういうことだ?」

「見ると分かるんだよね。カインは“児戯”と…なんだろう、コレ。」

「なんだろうって、他にもあるのか?」

「鎖で縛られてるように見えるから中までは分からないけどもう一つあるよ。」

 通常一つの魂に一つの罪という原則があるため、二つの罪はありえない。

「そんな馬鹿な。エイダのマホウは“視る”事なのか?」

「分からない。けど――」

 エイダが詳しく話そうとしたところで、カインはビルの間に張り巡らせた糸が感じた風の揺らぎに気付く。

「っ!……。」

 カインが上を見上げると、カモフラージュの天井越しからみえる宙に広場で見た天使とは違う“二対の翼を持った何かの影”が通り過ぎた。

 なるほど、あれが“大天使”か。――なら、エイダは一体…。

 異常に気付いたのか、エイダも黙って上を見上げていた。

 カインは見上げたままの状態でエイダに話しかける。

「やっぱり覚えていないのか。」

 安全を確認して視線を戻す。エイダは一つ頷いた。

「形成もしてないし、分かるのも眼で見えてるわけじゃなくて、理解する感じ。」

「……なるほど。でも残念ながら間違いだ。さっきも言ったが、俺の罪は“猫の揺り籠”。それに、人間は一つの罪しか持てない。」

「うーん、でも……。」

 口を膨らませて不機嫌をアピールしているエイダの頭をクシャッと撫で、「いいから、そろそろ行くぞ。」と声をかける。

「一緒に連れて行ってくれるの?」

「元々酷い所だったけど、もっと酷くなってきているからな、知ってしまった以上捨て置けない。」

 さっきまでの葛藤が嘘のように彼女を護りたいと思う。

 いや、これは使命感のようなものか。


「……ありがと。」

 エイダは一言口にし右手を差し出した。

 カインはエイダの手を取り、マホウを解除する。

 路地の道は“天使の箱”が塞いでいる。

 マホウを遣えないエイダを連れて逃げ場の無い路地を行くより、逃げ道の多いところを選んだ方が安全のように思う。

「一度大通りに出るしかないか。」

 息を殺しながら路地の入り口から大通りを盗み見る。これで目の前に天使がいたら洒落にならない。

 ゆっくりビルの陰から顔を出す。

 大通りに人影は一つもなかった。自分達を害するものは無いようだ。

「行くぞ。」

「うんっ!」



 カインはエイダの手を引いて走り出す。

 自分の判断に何一つ疑問を抱かないまま。

 変化の本当の始まり。

 久しく感じていなかった人肌の温もりを右手でしっかりと掴み風を切る。

 大切なものを一つ増やしながらも、その重さは心地よく、足取りは軽い。



 この時の俺は変わっていくことを自覚しながらも、その変化が“全ての始まり”だとは気がついていなかった。

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