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セフィロトの樹は原罪の実をつける  作者: 雨音
M地区 ―螺旋の蛇―
2/11

Act.1 ―Regel “ルール”―

 見上げた所に存在しているのは灰色に彩られた無機質な天井。

 「空」と呼ばれる青い中空は400年前に奪われ、人類を守るために作られた『この街』には存在していない。


 無機質な“空”を見上げた若い男は『情報』にあったビルの前に立ち、この先の展開を思い大きくため息をついた。

「…『雨』とやらが降ればこの渇きも癒せるのかね。」


 「空の青」を始め、この世界から奪われた色は多い。

 「森の緑」も「海の蒼」も無く、「神様のパレット」と呼ばれたこの世界の色はその多くを濁った灰へと変えた。

 この街に存在するのも灰色の天井と壁。狭く、小さくなった世界は外から内を守る殻だ。


「情報によると、飲み水囲ってるマホウ遣いがいるはずなんだけどな。」

 ビルの地下へと向かう階段を一歩ずつ下っていく。一切の明かりが無い階段でも男は躊躇することなく足を踏み出していた。


 塔暦358年現在、外界と呼ばれる“元”世界は人類が手に入れた二つの力によって終焉を迎えたと伝えられている。

 一つは自然界に存在しなかったエネルギー『原子力』。

 もう一つは存在はしていたのだろうが“人類が気がつかなかった力”――『マホウ』。

 力を手に入れた人間が全て力を正しく使うことなどできるわけは無く、徐々に終焉を辿る世界に新たに出現した力を御するだけの余力は存在していなかった。

 だが、終焉に抗う人間も少なからず存在していた。

 彼らは、マホウを使い世界20箇所に“塔”を中心とした“方舟”――“街”を作る。

 国境も人種も無くなった頃、僅かに残った人類を後世に残すために。自らが壊した世界を浄化するために。


 マホウが何故生まれたのか、それを知る術を今の人間は持ち合わせてはいない。

 魂に刻まれた情報――“罪”が起こす奇跡。

 自らに科せられた罪を知ったとき、人はマホウを手に入れることが出来た。


 かつて、方舟と呼ばれた“街”に住む人間は認知の有無に関わらず例外なく罪を持ち、マホウを使うことができる。

 人間たちは方舟に乗り込み、マホウを駆使しながら350年の後に以前の生活レベルと同等かそれ以上のものを手に入れた。


 鉄扉の前に立ち罠が仕掛けられていないか流し見て確認する。

「この先にいるのはどんな“街のはみ出し者(犯罪者)”なんだろうね……っと!」

 ブーツの裏で強引に鉄扉を開け、室内の確認もそぞろに男は声をかける。


 “街”――“塔”を中心に作られた全三区、十三階層の積層型都市。

 旧日本の新都に作られた“街”は“No.3”と呼ばれていた。

 250年の間増築を繰り返した結果、三層しかなかった階層は十三にもなった。その高さは成層圏にまで達し、上層に行けば行くほど生活レベルは高くなっていく。

 そんな街の中で“危険分子”が押し込められた最低最悪の区画、第9階層M地区上層旧居住区――現重犯罪者特区。通称“隔離街”。

 長い旅路の終わりはNo.3の隔離街から始まっていた。



「水が欲しい…だと?」

「あぁ、そうだ。飲み水をくれ。」

 隔離街にある建物。地下一階に相当する部屋で二人の男が対峙していた。

 若く、未だ少年の面影を残す男と、脂ぎった顔をした中年の男。

「名前は?」

 質問を投げかけた中年の男と眼を合わせないまま若い男は“カイン”と名乗った。

「で、カイン。お前は俺に何をくれるんだ?」

「何もやらん。だが俺はとにかく水が欲しい。三日間一滴も口にしていないからな。」


 中年の男はカインの全身を値踏みするように見る。

 隔離街にいる割にはずいぶん小奇麗な格好をしている。ブーツに革のパンツ、フェイクファー付のコート。パッと見たところでは大きな解れなどは見られない。

 若く中性的な顔立ちの中、異彩を放っている鋭い眼には強い光が宿っている。

 濁っていない眼を見るのは久しぶりだ。屈服させてこき使ってやろうか…いい玩具になりそうだ。

中年の男は思惑をそのまま表情に出した様に口元を歪めた。

「馬鹿なこと言ってるんじゃねぇよ。」

「嫌だというのなら実力行使に出る。」

 中年の男は薬でもやっているのだろうか、色濃く刻まれたクマに縁取られた眼を細めて笑う。

 隔離街では特に珍しくない男の姿にカインはため息をついて諦めの表情を浮かべた。

「ハハハ!そうだろう?そうこなくっちゃな!それが隔離街でのルールってもんだろ!!」

 男が壁に拳を振り下ろすと大きな音と共に壁に穴があく。予想通りの展開とはいえカインは若干の頭痛を感じていた。

「その常軌を逸した身体能力、情報通り『マホウ遣い』って訳か。……はぁ、穏便に行きたかったが、結局あんたもここの人間か。」

「欲しければ力でもって奪え。情けも酔狂も必要ないってな。D地区の一区画を水没させた俺に勝てると思っているのか!!」

 重度の犯罪者や危険なマホウの所持者が住む隔離街。ここで15歳以上の殺人経験率は8割を超え、街の法は隔離街では何の役にも立たない。

 隔離街に存在する唯一の法は『弱肉強食』の四文字。

 生産区であるD地区の一部を水没させたと言うやたら好戦的な目の前の男も、例外ではなかったようだ。


「“Yetzirah”Gesundes Wasser!――“形成”清廉なる水」


 Yetzirah――マホウを形成するためのキーワードが部屋に響く。

 個人個人で発現するマホウは違うが、発動するための言葉は同じ。

 気がついていなかったが男があけた穴以外にも部屋のいたるところに穴があいており、水が溢れ出していた。

「ただの水じゃないな…穴、水…井戸水か。しかも水量の多い自噴井。いい罪だ。」

「俺が望む限りこの水は涸れないのさ!そして、俺はこの水では溺れない!!溺死ね少年。」

 声は聞こえるが、お互いの姿は穴から出る水でかき消され視界に捉えることが出来ない。

 水量から見て10分もあれば水がいっぱいの貯水タンクが出来上がるだろう。

 だが、カインは右腕を真っ直ぐ上げ不敵に笑った。

「『水没』、『溺死ね』…攻撃系や操作系のマホウじゃない。この水を『遣う』ことはできない。ただのマホウ犯罪者か。」

 握っていた右手を開きながらカインは言葉を続ける。

「そして肝心のマホウは事象発現型。井戸が無ければ、井戸水も生まれない。『形成することが出来ない』。」

「……まさか。」

 カインは右手を一つ鳴らし、自らの力を形作る為の言葉を口にする。


「“Yetzirah”Die Wiege von Katze――“形成”猫の揺り籠」


 カインの指先から細くしなやかな糸が生まれる。

 糸は両手五指先全てから生まれ、意思を持っているかのように動く。

 膝下まで来ている水を気にすることなく、カインは舞でも舞うかの如く穴と言う穴に糸を編みつける。

 全身の動きも合いまり、指先の動きを眼で追うのは難しい程。

「井戸も塞がれたら水が出ない。攻撃手段がもう無いな。」

 数瞬の後に穴は全て糸によってふさがれていた。男はマホウを解除していないのだろうが、穴から一滴の水も出ていなかった。

 膝辺りまで水が溜まった部屋に残ったのはカインと、さっきより顔色の悪い中年の男。


「わかった!水はやる、だから…」

「ふぅ。命乞いはみっともないが、それでいい。」

 若い男が気を解いたのを見て顔に笑みを貼り付けた中年の男が肉薄する。

「馬鹿が!そんなに甘くねぇんだ――」

 気を解いたのはフェイク。ここに長く住んでいると“巣”で“一人の時”以外で気を抜くと言うのは死につながる。この親父はそんな事にも気づいていないのか。

 中年の男が言い切る前にカインは思考を巡らし、『フリ』を解くと殺気に満ちた眼に不釣合いな笑顔を向け、告げる。



「そうだよな、コレがルールだ。」



 カインの指先が一閃し、部屋に残ったのは水とカイン、糸に絡め取られ宙に浮いている人だった物になった。

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