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セフィロトの樹は原罪の実をつける  作者: 雨音
M地区 ―螺旋の蛇―
11/11

Act.10 ―Ander “泣き虫息子”―

 傷が癒えている。

 モレクの攻撃で負った致命傷は跡形も無く完治していた。

 “図書館”に行ったあとは不思議な現象が起こるのはアルケーの戦いの時にも経験したこと。改めて分析している暇は今は無い。

 今は手に持つこの力で、目の前の敵を倒すことが最優先事項。

 あらゆる間違いを両断するこのナイフ。それは世界に突如存在した“特異点”を消すことに特化した“対創造”の武器。

「どんな力を得ようとそれが揮われなければ何の意味も無い。」

 先制を取ったのはモレクだった。

 世界対個人。力の及ぶ範囲には絶対的な優位を持つモレクの創造がその力を発揮する。

 時間と重力が枷となってカインを襲う。カインはナイフを振るい鎖を断とうとするが、枷を断ち切ることは出来ない。

「っ!……なるほどな。」

 この“異界”にとって、『相手に枷を負わせる』と言うのは“正常なこと”。そして枷を負うのは『カイン自身』。

 時間と重力から解き放たれたモレクは一瞬でカインに迫る。この重力では一撃は軽い物になるだろうが、痛みから思考を鈍らせるには十分な威力。

 これから連撃が襲って来ると言うのにカインは口元に笑みを浮かべる。サモセクを顕現したときに“本来の使い方”も知っていたから。

 その短い刀身は振って使うには適さない。鋭利な切っ先に重心がすえられており、柄と刀身の幅に殆ど差は無い。


 これは“投擲”を使用の前提にして作られた武器。

 サモセクは現世に現れた神話の世界の生き物を両断した“投げナイフ”。


「奔れ!サモセク!」

 迫るモレクめがけてサモセクを投擲する。カインの手から離れた瞬間、サモセクは枷から解き放たれ一直線にモレクに向かって奔る。

 だが、モレクは重力と時間からは“解放”されている為、“普通”の時間を奔るサモセクに当たるわけなど無く、首を少し動かし回避をする。

 モレクの顔には失望が浮かび、引き伸ばされた一瞬で拳が迫る。だが、カインは変わらず笑っていた。


 そしてモレクの拳はカインに当たることは無かった。

 拳は太刀の鎬で受け止められていた。


「リーダーの創造が!?」

 現実の世界で待っていたイサクとエイダは黒いドーム型の空間が一瞬真っ二つに割れ、霧散するのを終始見ていた。

「モレクさんの心象世界だ、って……。」

「あぁ、“創造”は心の力。壊れる時は術者が死ぬか、それを凌駕する力が……リーダーは生きてるみたいだ……まさか。」

「……カインの力。」

「創造を開花させたか。」


「どういうことだ……。」

「間違いを両断したんだよ。これでイーブン……いや、俺が優勢か?」 

 モレクの世界は“サモセクに両断され消滅していた”。

 元々カインはモレクに当てるつもりは無かった。一瞬でもモレクに隙を作る、そしてサモセクを“奔らせる”というのが狙いだった。

 どんな投げ方をしても、サモセクは“間違いを両断する”。概念で出来上がった武器と言うのは総じて“構成する概念に忠実”なものだ。

 この世界に突如現れた特異点。それを切り裂くことこそサモセクに課せられた使命。

 そして、役目を果たしたサモセクは消え、カインの手には違う武器が顕現している。


「“蛇殺し・天羽々斬剣”。“螺旋の蛇”の頭を切るにはふさわしい剣だろ。」


 両刃の剣。刀身は拳十個分な所から十拳剣とも呼ばれる。三貴子の末子スサノオノミコトがヤマタノオロチ退治の際に揮ったと言われ、名に含まれる“羽々”は大蛇を表す。

 名前が強く力を持つ神代において“羽々”と言う名を冠した十拳剣は邪を斬る為に存在していると言っても過言ではない。


「確かにな。だが、私は“必殺技”を使わなくても強いぞ。」

「気は抜いていない。“創造”を破ったからとは言え勝ったつもりは無いさ。」

「フッ、そうか――crybaby、決着だ。」

「あぁ、分かった。」


 ――その決着の形は如何なるものだろうかとイサクは激しく繰り広げられる戦いを見る。

 創造を開花させたとは言え、相手は300年もの間自らの罪と向き合い“抗ってきた”男。すべてにおいてカインが凌駕しうる隙など存在していない“はず”。

「嘘・・・だろ?」

 だというのに目の前で繰り広げられている戦闘において力の差は互角。いや、確かに力と戦闘技術と言う点においてはモレクの方が優勢だ。カインの揮う武器を掻い潜り急所と言う急所に致死性の一撃を見舞っている。

 だが、カインは倒れることはおろか、膝をつくことすらしていなかった。それはまるで、モレクの攻撃が一切効いていない――当たってすらいないかのように。

 推測するにカインの創造はおそらくモレクの攻撃を受け止めた剣を創り、取り出したように『武器を創りだすという事』。それもただの武器ではなく、概念がそのまま形になったような武器。

 天羽々斬剣と言う剣は蛇、蛇神――読みのとおり邪神を切るという一点に特化した武器。決して『攻撃の無効化』と言う概念は持ち合わせていない。


「まだ・・・倒れないか!」


 モレク渾身一撃がカインに当たる――今度は“見えた”。カインにモレクの拳は“届いていない”。

 瞬間確かに当たっているのだが、次の瞬間には紙一重でかわしているのだ。

 あたったという事実がまるで幻のように掻き消える。


「まだ?まだ、一撃も当たっていないぜ!親父!!」

 伸びきったモレクの右腕を肩口から切り落とそうとカインは剣を動かすが、それを予測していたモレクは柄を左手で掴み、カインの身体ごと放り投げる。

「・・・・・・!」

 壁に体を打ちつけたカインに一瞬で迫り――


 確実に当たる距離、タイミング。だが、その拳はカインには届かない。まるで――

「まるで、モレクさんの攻撃が当たらないようになってるみたい。」

 正面に立つエイダが考えを読み取ったように呟く。

 そう、カインに向けられた攻撃と言うものことごとくが当たらない。カインが避けているわけではなく、確実に当たっていた“はず”のもの。

 当たらないようになっているなんて生易しいものじゃない。“当たっているのに当たっていない”。

「・・・・・・事実が変化している。」

 事象の置換。書き換え。カインのマホウでも創造でもない。

(もう一つの力――なるほど、“だから”か。)


 一人得心した笑みを浮かべ、感心から関心へとイサクの目の色が変化する。

 戦いに身を置いている二人は勿論、エイダもイサクの表情の変化に気が付かないまま、蜃気楼に包まれたような攻防に幕が下りようとしていた。


 カインはモレクの拳をしゃがんで避け、腹に向けて刺突を繰り出すがその鎬を叩かれ切っ先が揺らぐ。が、これは予測していたこと。刺突をフェイントにカインは足払いから、当身をモレクに食らわせる。

「っ!!」

 流石のモレクも体勢を戻すことができず尻餅をついたところに、頭の上から声が落ちる。

 モレクは誰に向けるでもなく満足げに微笑んで、剣が身を断つ瞬間を待った。


 記憶が戻った時からカインは躊躇い続けていた。

 自分を助け、育ててくれた父とも呼べる存在と命を懸けたやり取りをしてもいいのだろうかと。

 エイダを助ける為とは言え、自分にモレクが殺せるのだろうか。

 自分の目の前で腰を落としている男。“不老”なのに昔に比べるとずいぶん小さくなってしまったように見える。

 目頭が熱くなり咆哮にも似た叫びをあげる。


 弱肉強食がここでのルール。

 あぁ。なら、俺はとうの昔に――

 だから、俺には――

 ――ごめん。


「何故止めを刺さない?躊躇うなと教えたはずだが。」

 モレクは体勢を変えずカインの剣を待っているようだった。

 カインは俯き剣を落とす。手から離れた瞬間、『天羽々斬剣』は最初から無かったかのように掻き消える。

「あんたがいなきゃ、俺は死んでる。俺は、“親父”を殺せない。」

 声を震わせながらカインは一歩下がり、膝をついた。

「俺を育てて、生き方を教えてくれて・・・・・・あんたは俺の親父なんだ。」

 カインの心に戦意は欠片も残っていなかった。容赦しないなんてできるはず無い。

「エイダ・・・・・・ごめん。」


 俺には――無理なんだ。

 一つを選ぶことなんてできない弱い人間なんだ。


 モレクは膝をついているカインの前に行きしゃがんで頭を掴むと顔を上げさせた。

「……親父ってのはな、子供に超えられるためにでかくあり続けるんだよ。」


 そして表情を一変させてカインに笑みを向けながら「強くなったな、泣き虫息子」とモレクは続けた。

「でも、親父!俺は――」

「いいや、カイン。お前は強くなったよ。力だけじゃない、人としても強くなったんだ。私はお前を誇りに思うよ。」

 嬉しそうにカインの頭を繰り返し撫でるモレクの手は、幼き日の思い出と何一つ変わらなかった。

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