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セフィロトの樹は原罪の実をつける  作者: 雨音
M地区 ―螺旋の蛇―
10/11

Act.9 ―Heilige Schätze “自己と世界”―

 モレクとの距離は二歩半。お互いにとってこの距離はあってないようなもの。

 距離を詰めても、カインの拳が届く前にモレクは二、三発の攻撃を入れてくるのだろう。捌き切れなければ死に到る攻撃を。

「期待はずれか……お前の“願い”は世界を、自分を変えるものではなかったということか。」

「何を言ってるんだ?」

 モレクはその構えを解き、俯いて肩の高さで左腕を真っ直ぐ横に上げる。

「私達…いや、私が期待したのはお前の中で燻る“願い”、“渇望”の力だ。」

 顔を上げたモレクはカインに向かって話を続ける。

「マホウ遣いは、“罪”を形にすることが出来るだけじゃない。個人が持つ“願いや渇望”を“実現させる”力もある。私はその力が現れることを期待した。だが、お前はこの世界に不満はなく、求める物や変えたい物は無い様だな。」

「何を…言ってるんだ…?」

 モレクの放つ異様なまでの重圧。疑問に解はなくモレクは話を続ける。

「この力は“罪に準じて形を成す”『形成』とは違い、“自らの望むものを新しく作り出すもの”。」

 イサクはエイダと共に部屋の隅へと移動する。

「残念だ、力なき義理の息子よ。」

 カインの言葉を待たずモレクは小さく息を吸い、世界を変質させる言葉を紡ぐ。


「“Briah”Freiheit und Kette――“創造”自由と束縛」


「なっ!」

 コンクリートで作られた部屋はそこにはなく、黒と赤の空間に変わっていた。

 床は確かに判別できるが、壁と天井がその空間には存在していないように見える。それはまさに異界。

「ようこそ、“私の世界”へ。この空間は『あらゆる束縛から解き放たれたい』という私の“願望”が“創り出した世界”だ。」

「なるほど、親父の心の中って訳か。」

「当たらずとも遠からずと言った所かな。私がこの空間で望めば“時間”と“重力”から解き放たれる。この空間限定だがな。」

「ネタばらししても大丈夫なのかよ。敵に手の内を見せるのはマホウ遣いのご法度だろ?」

「ハンディキャップだよ。私が束縛から解き放たれるということだけがこの空間の力ではないからね。この空間の真の力は――」

 モレクが右手の人差し指をスゥッと上げ「重力六分の一」と言うと空間が微かに揺れ、カインの足元から1本の鎖が現れる。

 その瞬間“身体が酷く重く感じた”。鎖を避けようとするが、身体が言うことを聞かない。鎖は右の太ももに巻きつく。鎖自体に攻撃力はないようだ。だが、この身体の重さ、“まるで重力が強くなってしまったかのよう――”。

「く…そっ、どうなってんだ。」

「私が感じている重力は通常の六分の一。そして、私に科せられていた重力の残り六分の五を今お前が背負っている。」

「……重力と時間…自分が解放された分、人に背負わすことが出来る空間って事か…。チートじゃねぇか…。」

「それが“創造”の力さ。他を圧倒的に制圧できる唯一の力。さて、おしゃべりは終わりだ。重力を減らしすぎると腕力が減るのでね……私の時間も背負っても■■■■」

 モレクの言葉が徐々に早回しになり、聞き取れなくなる。いつの間にか両太ももに鎖が巻きついていた。

 動きも早回しになり一瞬で近付かれたことを気がついた時には、既に腹部に重い一撃。

 肺から空気が押し出され、喉から出切る前に二撃目。重力はほぼ倍加しているというのに身体が宙に浮き、地に足が着いていない状態で三撃目。

「■■■■だったかな。まぁ、重力の関係で一撃の威力はそこまでないだろう。」

 時間の枷を解いたのか、モレクの声が聞き取れるようになる。同時に、“感じていなかった”痛みが身を襲う。

「アッ…ガッ!」

 痛みに堪えるため、反射的に身体を丸めようとするが、重力の枷のせいで少しの動きにすら苦痛が伴う。

「…ッ!…確か…に……“創造”前の一撃に比べたら可愛いもんだな。」

「だろうな。重力と言う枷から解き放たれると、どうも踏ん張りが悪くてな。だから、一撃を重くするこんな技も■■■」

(また時間を…!)

 時が引き伸ばされるが、身体が軽い。身に巻きついている鎖は一本になっていて、身体を起こすと勢いはそのままに前のめりになる。

(今度は重力が…何故――)

 その疑問は目の前の光景によって氷解する。

 早送りをされているはずのモレクは一向に一撃を放たず、カインの目の前で右腕を振り上げた状態で静止している。顔はしかめられ、相当の力が右腕にかかっているように見える。

 どんどん軽くなっていくカインの身体。危険を感じ回避しようとしたところで、重力と時間が元に戻る。

 力を溜め続け、重力から解放されたモレクの拳がカインの胸に突き刺さる。

「―――!!」

 その威力と拳速は“元々”の強さの比ではない。

 拳の衝撃が空間に走った後一間置き、まるで重力の枷から解き放たれたかのようにカインの身体が宙に舞う。

「“Faust von Gott”――私は過信していたのか?……いずれにしても残念だよ、カイン。」

 床に伏せ、口から血を流しながら焦点の合わない瞳で床とモレクを見ているカイン。

 失望に彩られた声が耳に届く。

――待てよ。

――まだ終わっちゃいねえよ。

――あぁ、そうだ――俺はこんな理不尽な現実を……


 暗くなる視界。

 そこに割り込むノイズ。


『変えたいと強く望んでいる。そうよね、カイン。』


 意識を手放したと思った。

 完全に死んだと思った。

 天国には古い紙と薄いカビの匂い、そして紅茶の香りが漂っていた。



『ようこそ、未来の英雄ヒーロー。』


 甘い香りと鈴の鳴るような澄んだ声に導かれて眼を覚ますとそこは“図書館”だった。

 背の高い書架、長い廊下、木製のイスは以前見たときと変わらないが、大きな違いが二つ。

 一つ目は“影”とカインの間にある机と一組のティーセット。そして、二つ目は“影の形が明らかに女性である”ということ。


『まずはお茶でもいかが?』

 磁器で作られたティーカップに琥珀色の液体が注がれる。警戒しながら口にすると甘味と苦味が同居した味と甘く柔らかい香りが口の中に広がる。

 カインはほうと感心し、ティーカップを手にしたまま“影”に話しかける。

「アンタとははじめまして。で良いんだな。」

 変わらず顔がない“影”だが、確かに微笑してカインの問いに答える。

『以前会った時に言ったでしょう?“定義は出来ない”と。』

「なら、アンタは。」

『“変わっていない”ともいえるし“変わった”とも言える。あなたの空想の産物、イメージと言ってしまっても間違いではないわ。だって答えなんてないのだし。』

 確かに、定義できない以上そこに正しい回答は存在しない。

『それにしても、短期間に二度も来るなんて余程ココが気に入ったのね。』

「“偶々”だ。今回も何で来ちまったのか解らない。」

『死んだからじゃない?ココは世界の中心で世界の果てだから。』

「…な!」

『冗談よ。』

 “影”は口元に手を当て小さく笑った後でカインと眼を合わせる。

『薄々感づいてるんでしょう?ここに来る理由はいつだって一つよ。』

「“求めた”から――でも、マホウはもう会得した。他に何を求めたと……。」

『モレクの遣っている“アレ”でしょう。』

「……“創造(Briah)”。」

『解ってるじゃない。“創造”に必要なのはキミの内で燻る“願い”、“渇望”。それに手を触れたから、ココに至れた。瀕死の状態でも触れられなければ――』

 あのまま死んでいたわ。良かったわね。と軽い調子で話す“影”。

「ここに来るには鍵が必要なのか。」

『Genau(その通り)!求める物とそれに連なる鍵を持つのが“図書館ココ”に来る条件よ。そしてココに至れるということは同時に――』

 どこからともなく現れる鎖で縛られた一冊の本を“影”は机の上に置く。

『求めたものが与えられる。あなたの持つ“創造に至る鍵ねがい”は何?』

「俺は――俺は“この理不尽な現実を変えたい”。“過去に存在した神や、英雄のように”。」

 “影”が微笑む。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに本に巻きついていた鎖が解かれ、本自体も消失する。

「中身が気になるんだが、また読めないのか。」

『まぁ、そういう“本”だと思って頂戴。“得た”という実感はないと思うわ。気がついていなかっただけで元々あなたの内側にあったものだから。』

 カインは口の端で笑って、問題ないさ。と言った

「元々、“俺自身の願いから生まれた力”だ。他人にどうこうできるものでもないんだろ?」

『……えぇ、そうね。』

 “影”は微かに哀しげな気配を見せて『さあ』と言う。

『余計なお喋りはする必要ないわ。前と同じ、お帰りは後ろよ。』

「分かった。」

『次に会う時は無様な状態ではないことを祈っているわ。』

「なるべく世話にならないようにするさ。」

 そう言ってカインは扉に向かって走り始める。

 未来を切り開く力をその身に宿して。

『“存在しないもの”も“私”の手中。“理解”“創造”して“その手”で未来を鎖すものを切り開きなさい。』


 “影”は振り返ることなく走るカインの背中に声をかけ、扉が消えるまでをじっと見続ける。

 すっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んで息を吐き出す。


『これでまたピースが一つ埋まった。終わりまでは遠いけど、まだまだ穴は多い…イレギュラーの影響、か……。こんなの初めてだけど、上手く行くと良いね、カイン。』



「……おい。待てよ親父!」

 モレクが振り返るとゆらりと立ち上がるカインの姿があった。

 “神の拳”をまともに受けたというのにまだ立ち上がる事が出来るのかと、モレクは驚愕で眼を見開く。

 手加減はしていない。確かに肺が潰れていてもおかしくない程の重症を負っているはずのカインはまるで“攻撃(神の拳)”を受けていないかのように立ち上がる。

 口元の血を拭い、笑みすら浮かべるカイン。怪我が回復している要因はわからないがモレクはカインが“何か”を得たのに気がついた。

「面白い。見つけたのだろう!?さぁ、お前の願いを見せてみろ!カイン!!」

「あぁ、見つけた。」

 俺は世界を変えたかったんだ。過去の偉人達が全てに抗い改革を起こしていったように。

 俺の望みの為にこの世界を塗り替えたいわけじゃない。俺は環境や他者に変化を求めない。自らの力で“変えていく”そう、俺の求める力は自らの内にある。

 世界に求めることは何一つない。俺は俺に力を求める。

「これが、“俺が俺に求める世界だ”。」

 言葉と同時に膝をつき、右手を床につけた。


――この“間違った世界くさり”を“両断はかい”する。

 文言は自然と口から溢れ出る。

 力は求めた能力チカラを“創造”する。――


「“Briah”Heilige Schätze・Halbierung Samosek――“創造”神器・両断のサモセク」


 文言と共に右手を引き上げると、両刃のナイフが現れる。

 あらゆる“間違い”を両断する“概念”が込められたナイフ。

 ロシアで多くの物語に登場するが、形や出自は共通しない。“両断”という概念が形を成した刃。

 今、手元にあるのは刃渡り15センチほどの小さなもの。


「これが俺の“創造”。かつて英雄や神が使用した武器を、能力もそのままに創り出す。」

 そうか、なるほどな。とモレクは笑みを浮かべる。

「いいのか?敵に手の内を明かしても。」

「“ハンディキャップ”だよ。」

 モレクは声を出して笑い、仕返しか、そうかそうか。と言い、カインと眼を合わせる。

「私の世界とお前自身が求めたもの、果たしてどちらが勝つのかな。」

「さぁね。まぁすぐに分かるさ。」

 カインはサモセクを持った手を上へ掲げる。モレクも人差し指をたてて腕を伸ばす。

「さあ、再び始めよう、カイン。」

「親父、悪いけど超えさせて貰う。」


 終わったと思われた戦いは再び幕を上げる。

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