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神様なんていないんだ

作者: 天野久遠

ボクはミツキ、小学1年生。

転校して来たばかりのボクに友達らしきヤツはいない。

そんなボクだけど、ひょんなことからはじめての親友ができた。


そいつの名前はケイタ。

彼もボクと同じように片親で育ったヤツだった。

だけどケイタは、ボクとは違って頭もいいし要領もいい。


ケイタとボクの関係は喧嘩で始まり、宿題忘れで結束した。


ボクには父がいない。

そしてケイタには母がいない。

両親のいない状況は違っていても、感じるものは同じなのだろう。


気がつくとボクは、いつもケイタといた。

登校の時は決まった場所で待ち合わせ、下校の時は一緒に帰る。


そうしたある雨の降っていた日のことだった。

いつものように、ふたりで雨の中を歩いた時に、かわいい1匹の子犬を見つけた。


でもその子犬は、脚やお腹に怪我をしているようだった。

そんな身体で 雨に打たれ、寒そうに道の端にうずくまって震えていた。

怪我…きっと車にでも引かれてしまったのだろう。

どうやら親犬もいなければ、飼い主がいるようにも見うけられない。


そんな子犬を見て、

「きっと捨てられたんだな…可哀想だな。」

ケイタが言った。


ボクは「そうだな。連れて行こうか?」

と答えながら、その子犬を両手に抱きかかえた。


捨てられた子犬。

親もなければ面倒をみる人もいない。

そんな中で大きな怪我。


ボクたちふたりは、そんな子犬に自分たちの状況を重ねたのかも知れない。

それでもまだ、自分たちの方がこの子犬よりはましだった。


面倒を見てくれる親がいるし、じいちゃん、ばあちゃん、そして親戚だっている。


ケイタが言った。

「基地に連れて帰って、ふたりで飼ってやろう。」


子犬は不安なのか、寒いのか、それても怪我が酷く痛いのか…

暴れるそぶりも見せないで、ボクの腕の中で「くぅーん。くぅーん。」と、小さく、弱く啼いて震えているだけだった。


「早く帰ろうぜ。」

そういってボクは、置いていた傘を閉じて小走りで駆け出した。


「オレ、家から救急用具をもってくるから…。」

ケイタはそう叫びながら、彼の家の方へと消えて行った。


ボクも急いだ。

「本当は家に連れて帰って、ちゃんと手当をしてやれればいんだけど…。」


「とても、そんなことは出来そうにもない。ケイタのところにしても同じだ。」


「だけど心配しなくていいんだぞ。」


「ケイタとふたりで作った秘密基地があるんだ。」


「そこでちゃんと手当てして、ボクたちが飼ってやるからな。」


ボクは走りながら、不安そうに震えている子犬にそう言ってやった。

怯えたように震える子犬に、ボクが今できることと言えばそれくらいしかなかったんだ。


ふたりの秘密基地についた。

とにかくケイタが救急用具を持って来るまでこのまま待つしかない。

秘密基地の中には、缶詰めやお菓子、そして毛布が置いてある。


ボクは震えてる子犬を毛布でくるんでやった。

そしてサバの缶詰めを開け、皿の上に出して子犬の口元に置いてやった。

でも全く食べようとはしない。


「お腹、痛いのか?それとも脚か?」

「心配いらないぞ、ケイタが来たら直してやるからな。」

「お前、とっても可愛いから怪我を直してここで飼ってやるからな。」

「今日からここがお前のお家だぞ。」


ボクも不安でたまらなかったんだ。

子犬には分からないかもしれないけど、そんなことを子犬に言って慰めてやる。

そうしているうちに、ケイタが救急箱と牛乳を抱えてやって来た。


「へたくそだけど…」

怪我した子犬のお腹に包帯を巻きながらそう言った。


「ミルク、温めないとダメかなぁ?」

「ボク、家で温めてくるよ。」


そう言うと、ケイタと子犬を基地に残してボクは急いで駆け出した。

牛乳を温めたついでに、置いてあったお金を全部持ち出して基地へと戻る。


「早かったな。こいつ、脚が折れてるようなんだ。」

そういってケイタは子犬の足を撫でてやる。


「木を探して来る。添え木をすればきっと良くなるさ。」

そう言って、今度はケイタが基地から飛び出す。


こうしてボクとケイタは、入れ替わり立ち代わり基地から出てはモノを探した。


「クーン、クーン…。」

子犬はいつまでもそういって啼いていた。


「きっと、とても痛いんだな。」

「病院に連れていこうか?」

「そうだな。でもお金が沢山かかるぞ。」

「それじゃ、お金が貯まったら連れていくことにしようぜ。」

ふたりの相談はまとまった。

そうしてその日は子犬を基地に繋いで二人は帰った。


翌日の朝、ボクが基地に向かうとケイタが先に来ていた。


「様子は?」

ボクは恐る恐る尋ねた。


「昨日よりはいいんじゃないか?」

「少し、元気になったように見えるぜ。」

そう言いながらケイタは子犬の包帯を換えてやっていた。


「お金、この中にためていこう。」

ボクはそういって、持って来た陶器の貯金箱を差し出した。


「牛乳、ここへ来る前に取って来た。」

「今日は冷たくても飲んでるよ。」

「ちょっとは元気になったんだな。」

ケイタとボクは顔を見合せて微笑んだ。


「俺もお金集めてくるから、学校からは別々に行動しようぜ。」

そう言いながら、その日ふたりは登校した。


ボクは学校帰りに鉄くずを集めた。

集めた鉄くずは、近所の屑鉄屋のおじさんが買い取ってくれるんだ。

特に真鍮は高くとってくれる。


だから、ボクは見境なく車やトラックのタイヤからキャップを盗む。


急いでタイヤのキャップを取ると「キィィーン」と、とてもかん高い大きな音を出す。

だからゆっくり、そっと少しづつキャップから空気を漏らしながら外さないといけない。


一方ケイタは、ビールの空瓶や一升瓶を集めては酒屋に持っていく。

空瓶がそれほど見つからない時は、別の酒屋の裏から空瓶を盗んでは別の酒屋へと持っていった。


こうして毎日、学校がえりはモノ集めに没頭し、基地に行っては子犬の怪我を見ては包帯を換えてやる。


そして数日たったころになって気づいたことがあった。

この町には動物病院がなく、治療費も幾らいるのかも分からない。

それでもとにかく、お金をためることにした。


子犬の容態はといえば、怪我をした翌日以上に良くなる様子がない。

特にお腹の怪我は、何日たっても良くはなってくれず、だんだん弱っていくようだった。


ケイタは何だか、そんな子犬を見るのが忍びなくなっていたのだろう。


朝は一緒に登校しなくなったし、学校でボクと会ってもお金だけを渡す。

そしていつしか…基地へも来なくなっていた。

ボクはその間、朝も夜もひとりで子犬の看病した。


それから数日経ってケイタが突然やって来た。

その日は朝から、ボクは子犬の傍にいた・・・子犬がかなり弱っていたから。


もう・・・そのまま子犬は元気にはなりそうもない。

だから傍にいてやらないと。

ボクは学校にも行かないで、そうやって朝からずっと子犬の傍にいた。


それがボクの・・・小学校を休んだ最初で最後の日だった。


容態の悪い子犬を見てケイタは泣いていた。

ボクも泣いた。

一緒になって…子犬も泣いた。


「ク〜ン、ク〜ン」と力なく、悲しく、訴えるように何度も泣いた。


ケイタは思わず基地を飛び出して行った。

もしかするとケイタは、自分が顔を見せないうちに子犬が元気になって、基地の周りを走り回っていると思ったのかも知れない。


それがこれほどまでに弱ってしまい、彼が最後に子犬を見たとき以上に弱って・・・。

そう思うと、ボクには彼を追い掛けることが出来なかった。


ケイタに母はいない。

彼がもっともっと小さな時に、交通事故で死んでしまったのだ。


手術後の経過が良くなくて、苦しんで、段々と弱っていって、彼が見ている前でもう二度とは目を開けなくなったのだ。


以来、ケイタは父親に厳しく育てられ、優しくされた思い出もなくなってしまっていた。

だから彼は、優しくされたいという気持ちが人一倍強いのだと思う。

そんな彼だから、優しさも人一倍なのだろう。


今回のことだって、子犬の怪我のために毎日毎日、夜遅くまでお金になるものを探していた。


ボクはそんなケイタの気持ちに責任を感じて、後を追うことができなかったんだ。

そして何よりも、このまま子犬をひとりにはできなかった。


しばらくするとケイタは戻って来た。

「ごめんな、オレ…。」


「いいよ、きっとボクが悪いんだ。」

「もっとちゃんと、看病してやらなくっちゃいけなかったんだ。」

「お前はこいつのために、夜遅くまでお金を見つけていたんだし・・・ボクが悪いんだ。」

ボクがそう答えるとケイタは言った。


「このままだと可哀想すぎるよな。」

「こいつ、探してくれる飼い主も居なきゃ、親も居ない。」

「せっかく生まれて来たのに、優しくもしてもらえない…。」

「なのにこんな怪我までさせられて、こいつとても痛くて痛くて…。」

「これじゃ余りに…可哀想すぎるよな。」

そう言ってケイタは、悲しそうな顔をしてもう一度・・・基地から出て行った。


きっとケイタの目の奥には、彼の母が逝った日の光景が映っていたのかも知れない。


そして夜が深けた。

ボクは迷っていた“家に帰ろうか帰るまいか”と。

そうしているとケイタが温めたミルクを持ってやって来た。


「どうだ?やっぱり良くなりそうにないか?」

「ああ、とても弱ってるからなぁ、もう…ダメかもしれない。」

「そうか…。オレ、今夜友達のところに泊まると言って出て来たんだ。」

「今日はおとうさん夜勤だから。オレ、見てるからお前は帰ってもいいぞ。」


「でも…。」

「それじゃ、ボクも後でまた来るから頼むな。」

ボクがそう言うと、ケイタは子犬の傍に来てミルクを置いて悲しそうに見つめていた。


「ああ…。」

そう答えるケイタを残して、ボクは家へと駆け出した。


家に帰ったボクは、母の作り置いてくれていた食事をさっさと済ました。

そしてお膳の上に置き手紙をした。


「今夜は友達のうちに泊まりにいきます。」

それだけ書いて、懐中電灯を手にして家を出た。


基地の近くまで来ると、とても苦しそうに子犬が泣く声が聞こえて来た。

ボクは全速力で走った。


「どうした?」

そういって基地の中へと飛び込むと、そこには泣きながら立っているケイタがいた。


ケイタの手には大きな石があった。

ケイタが何も言わなくてもボクにはみんな分かった。


「可哀想だからな。」

ケイタは泣きながらそう言った。


「でも、できないんだよ・・・オレ。」

「こいつ、こんなにも苦しんでるのに・・・できないんだ。」

震えた声と一緒に、ケイタの石を持つ手も震えていた。


子犬は目を閉じて涙を流し、弱々しく泣きながら、片方の前足だけを異様に伸ばしては痙攣した。

子犬のそんな姿は、まるで何かに救いを求めるように思えた。

鳴き声は徐々に小さくなっているようで、口元に泡を吹きながら痙攣が続いていた。


間もなくして、子犬は少し瞼を開いて、目をきょろきょろとさせはじめた。

まるで何かを探すように・・・。


「ボクがここまで面倒を見たんだんだから…。」

そう言ってケイタの手から、持っていた大きな石をボクは取り上げた。


先ほどまでの子犬が痙攣する姿が瞼に残る。

だれか・・・た・す・け・て。


ボクも言った。

「可哀想だもんな…」


ケイタは黙ってうなずいた。


そしてボクは、大きな石を持った右手を振り上げた。

子犬と目が合った。

そのとき・・・なぜかボクには、子犬がありがとうと言ってるように見えた。


振り上げた腕を下ろすと、溢れ出る涙が止まらなかった。



その夜ふたりは泣きじゃくりながら、一生懸命に基地のそばに穴を掘った。

そこへ子犬を埋めてやった。

その上には石を積んだ。

最後に、ボクが手にしていた大きな石を乗せた。


ふたりはそこにしゃがみ込んで、泣きながら手と手を合わせ目を閉じた。

ボクは始めて子犬を見た時の可愛い顔を思い出し、最後に目にした子犬の顔を思い出していた。


「そういえば・・・。」

涙をぬぐいながらボクはポツンと呟いた。


「こいつの名前、無いままだと可哀想だよ。」

「そうだよな。」

ケイタは泣きながら答えた。


「チロにしてやろう。」

「茶色だったからな、チロと言うんだ。」

「チロ、明日お墓に名前を書いてやるからな。」

そう言って、ボクとケイタは子犬が埋まっている場所に話しかけた。


基地の中に戻ったふたりは、震えながらチロをつつんでいた毛布にくるまった。

その毛布にはまだ、チロの温もりが残っていた。


ボクにはそれがまるで、

天国からこの冬の寒さに震えるふたりを、子犬が守ってくれているように思えた。

きっとケイタも同じように感じていたに違いない。


だからか急に、ケイタは自分に言い聞かすかのように話しを始めたんだ。

「これでいいんだ、あんなに苦しんでいたんだから。」

「あんなに弱って、苦しんでいたんだから…」と。


それを聞いてボクはケイタに訊ねた。


「チロ、天国に行けたかな?」

「絶対に行ってるさ。」

「そうだよな、最後に嬉しそうな顔してたもんな。」

「俺達が天国でまた飼ってやればいいんだ。」


そしてそうイケタが言ったあとに、ボクは言葉を付け加えた。

「もしボクがチロと同じになったら、今度はお前がちゃんとやってくれよ。」と。


「当たり前だろ、苦しまないようにするさ。」

ケイタはボクの手を取ってそう言った。


遠い遠い昔のお話。

ケイタは今でも覚えてるだろうか?

そんな小学1年生ふたりが、心を痛め涙で眠った冬のことを。


そう、あの時からふたり、この世には神様なんてものはいないということを知ったんだ。


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