『「地味な写し屋は黙って書き写せ」と次男坊に言われたので、原本にない名前は家系図に書きませんでした』
「地味な写し屋は、黙って書き写していればいいんだ。分かったな」
紋章院の記録庫で、レーヴェン侯爵家の次男ブラントは、新しい家系図の下書きを私の机に叩きつけた。亡くなった兄――前侯爵の名の下に、妻として知らない女の名があり、その下に「嫡男」として四歳の男の子の名が書かれていた。
私は下書きと、紋章院の台帳にある現行の家系図を見比べた。
現行の図では、前侯爵の妻はエレーネという女性で、子は娘が一人。エレーネ様は前侯爵の死後、実家に戻って暮らしていると記録にある。
「ブラント様。この奥方様とお子様は、原本のどこにもございません」
「これから載るんだよ。兄貴は生前、この女と再婚の約束をしていた。子は兄貴の血を引いている」
「婚姻の約束と、婚姻の記録は別物です」
私は台帳を閉じて、はっきりと言った。
「私は、原本にない名前は、家系図に書きません」
ブラントは顔を近づけて、低い声で言った。
「……記録係風情が、侯爵家の相続に口を出すな」
(記録係風情、ですか。では記録係らしく、記録のお話をしましょう)
私、セシリア・オルト、二十一歳。伯爵家の分家の出で、紋章院の系譜記録係を務めて四年になる。貴族の家系図、婚姻記録、養子縁組の届け出――それらを原本と照らして台帳に写し、紋章院の印で保管するのが仕事だ。華やかさとは無縁で、「写し屋」と陰口を叩かれることもある。
けれど家系図は、単なる家系の絵ではない。誰が家を継ぐか、誰が領地を受け取るか、誰と誰が結婚できるか。この国では、系譜の記録がそのまま権利の根拠になる。だからこそ、原本にない名前を書くことは、存在しない権利を生み出すことと同じなのだ。
私の仕事の流儀は単純である。写す前に、必ず原本を見る。原本が複数あるときは、すべてを見比べる。そして写しには、照合した原本の名と、照合した日付を、隅に小さく書き添える。誰がいつ、何を見て写したかが残れば、後から間違いがあっても、たどり直せる。
この流儀が役に立ったことは、何度もある。先月も、ある男爵家から養子縁組の届け出が持ち込まれた。家系図の写しでは養子の生年月日が届け出より一年早く書かれていて、そのまま写せば、実の長男より養子のほうが「年長」になり、継承順位が逆転するところだった。私は教会の洗礼簿の原本と照合し、一日の写し間違い――いえ、一年の写し間違いであることを突き止めた。男爵家の当主は真っ青になり、院長は私に言った。
「セシリア、君の『隅の小さな字』に、今年だけで何軒の家が救われたと思う」
(数えてはいません。数える代わりに、今日も隅に小さく書くのです)
ブラントは下書きを持ち帰らなかった。机に置いたまま、「考え直せ」と言って去った。
その日の夕方、私は前侯爵の婚姻記録の原本を、記録庫の奥から出してきた。
(嫌な予感ほど、早めに原本で確かめる。これも記録係の仕事です)
婚姻記録は十二年前のもの。前侯爵とエレーネ様の署名、証人二名、司祭の名、そして紋章院の受領印――そろっている。本文の紙は当時の上質紙で、インクの褪せ方も均一だった。
ところが、台帳に綴じられた婚姻記録の「写し」のほうは、様子が違った。本文の途中、エレーネ様の実家の名が書かれる欄の紙だけが、わずかに白い。綴じ糸も、その頁の前後だけ新しい糸に替わっていた。
誰かが、台帳の写しの頁を差し替えている。エレーネ様の実家は、もともと由緒ある子爵家だったはずだ。差し替えられた写しでは、実家の格が低く書き換えられ、「釣り合わぬ婚姻であった」と後から言えるように――つまり、婚姻そのものを軽く見せる細工がしてあった。
私は原本と写しを並べて、相違点をすべて書き出した。そして照合記録として、自分の名と日付を添えて、記録庫の照合箱に入れた。紋章院の照合箱は院長しか開けられない。そこに入れた記録は、後から消せない。
◇
一週間後、評議会の日取りが決まった。前侯爵の相続をめぐり、侯爵家の親族会議が開かれる。ブラントはそこで「兄の再婚と嫡男」を認めさせ、自分はその後見人として家を実質支配するつもりらしかった。
会議の前日、エレーネ様の実家から使いが来た。紋章院に、婚姻の正しさを証明する写しが欲しいという。
「お渡しできるのは、原本と照合済みの写しです」
私は原本と台帳の写しを照合した結果を添えて、新しい写しを作成した。照合記録の写しも同封した。差し替えの痕跡についても、事実だけを、淡々と。
使いの老執事は、私の照合記録を読んで、震える手で頭を下げた。
「お嬢様……エレーネ様はこの三年、『格の低い出の女が侯爵家に取り入った』と陰口を叩かれ、肩身の狭い思いをしてこられました。記録が、違っていたのですね」
(ええ。記録が違えば、人の評判まで違ってしまう。だから記録は、原本の通りでなければならないのです)
同じ日、院長の部屋に呼ばれた。ブラント側から「記録係が勝手に写しを書き換え、侯爵家を陥れようとしている」という訴えが届いたのだという。院長は訴状を私に見せ、穏やかに言った。
「セシリア。君の照合記録は、照合箱の中だな」
「はい。差し替えの痕跡と、原本との相違は、すべて日付入りで保管されています」
「ならば心配いらん」
院長は訴状を脇に置いた。
「記録係が陥れるのではない。記録が、嘘を暴くだけだ。会議では、私の隣に座って、聞かれたことにだけ答えなさい。それで十分だ」
(院長の言葉は短かったけれど、私の四年分の「隅の小さな字」が、ちゃんと誰かに届いていたのだと知りました)
◇
会議の五日前、ブラントは紋章院に「前侯爵の手紙」を持ち込んだ。兄が生前、再婚の意志を書いたものだという。それを婚姻記録の束に添付して保管しろ、という要求だった。
私は手紙を受け取り、灯りにかざした。
紙は真っ白で、漉き目が細かい。インクは黒々として、滲みひとつない。紋章院に支給される現在の用紙と同じ、上等な新しい紙だった。前侯爵が亡くなったのは三年前。兄の生前の手紙なら、少なくとも三年は経っているはずの紙とインクではなかった。
「添付は、できます。ただし――」
私は添付票に書いた。「前侯爵の手紙と称する文書一通。持込人、ブラント様。紙・インクともに新しく、記された年月日との整合は未確認。原本性を保証しない」。
「何を書いている!」
「事実です。添付票は、私の照合記録です」
ブラントは手紙をひったくって帰った。持って帰るということは、その添付票と一緒に保管されるのを嫌がった、ということだ。私はそのことも、持込記録に書き添えた。来たこと、書いたこと、帰ったこと。記録は三行で十分だった。
(本物なら、添付票の三行を恐れる理由はありません。恐れたという事実も、記録は覚えています)
◇
親族会議の日。紋章院からは院長と、私が記録係として出席した。ブラントは新しい家系図を広げ、得意げに言った。
「兄の意志は明らかです。再婚の約束があった。子もいる。エレーネとの婚姻は、そもそも家同士の釣り合いを欠いたもので、兄も晩年は後悔していた」
親族の一人、若い伯爵ローランが口を開いた。彼は前侯爵の学友で、エレーネ様の実家とも親しいという。
「約束の証拠は?」
「ここに、兄の手紙がある」
出された手紙は、確かに前侯爵の筆跡に似ていた。だが院長が私を見た。私は立ち上がり、持参した記録の束を机に置いた。
「紋章院の系譜記録係として、事実を申し上げます。第一に、再婚の婚姻記録は、紋章院にも、教会の婚姻簿にも、公証局の控えにも、存在しません。第二に――」
私はエレーネ様の婚姻記録の原本を広げた。
「前侯爵とエレーネ様の婚姻記録の原本は、こちらです。署名、証人、司祭、すべてそろっております。一方、紋章院の台帳の写しは、原本と相違しています。頁が差し替えられ、エレーネ様の実家の格が低く書き換えられていました。差し替えの痕跡は紙と綴じ糸に残っており、私の照合記録は院長立会いのもと照合箱に保管されています」
会議室がざわついた。ブラントが叫んだ。
「写し屋の戯言だ! 原本だって、お前が――」
「原本は十二年間、紋章院の金庫室にありました。出し入れの記録はすべて残っています。この十年、原本を開いたのは、今日の私が初めてです」
追い打ちをかけたのは、教会から届いた写しだった。会議の開始と同時に、十二年前の結婚式を執り行った司祭の教会が、婚姻簿の照合写しを送ってきたのである。前侯爵とエレーネ様の婚姻は、教会の記録でも確認された。司祭の署名、証人の名、リングの記録まで残っている、三重の記録だった。
「紋章院、教会、公証局。三か所の記録が、すべて同じことを言っています」
私は言った。
「違うことを言っているのは、差し替えられた台帳の写しと、今日の新しい家系図だけです」
親族の長老が、深く頷いた。
さらにローラン伯爵が、手紙を裏返して言った。
「この手紙の紙、紋章院の新しい支給紙だ。兄上が亡くなったのは三年前だぞ、ブラント。死人が、新しい紙に手紙は書けん」
ブラントは答えられなかった。愛人と呼ばれた女性も、実は彼の囲っている女性で、男の子は彼の子であることが、その後の調べで明らかになった。兄の嫡男を装って家を乗っ取る計画は、記録の前で崩れた。
(誰かを貶めるために記録が書き換えられ、誰かを立てるために記録がないのに名前が足されそうになった。私はどちらにも、手を貸さなかった。それだけです)
評議会は、エレーネ様と前侯爵の婚姻を正統なものと再確認し、娘である令嬢を嫡出子として家系図に明記することを決めた。台帳の写しは原本通りに訂正され、差し替えを行った者への調査が始まった。ブラントは家から勘当同然に離縁され、彼の子は彼の子として――それはそれで正しく――別の記録に載ることになった。嘘の嫡男ではなく、本当の息子として。それが、あの子にとってもいちばん幸せなはずだと、私は思う。
院長は会議の帰り道、ぽつりと言った。
「今日、家系図は一枚も書き換わらなかった。それが一番の成果だ」
(ええ。何も変わらなかった、という結末のために、記録係は存在するのです)
◇
一か月後、私は紋章院の正式な「記録官」に任じられた。写し屋ではなく、照合の責任者としての役職である。院長は任命の席で言った。
「原本にない名前は書かない。地味な一言だが、それが紋章院の命綱だと、よく分かったよ」
同じ日、ローラン伯爵が紋章院を訪ねてきた。前侯爵の家系図の訂正写しを受け取りに来たのだという。写しを渡すと、彼は図を丁寧に巻きながら言った。
「亡き友の奥方と嬢ちゃんが、やっと胸を張れる。あんたの照合記録が、三年分の陰口を全部ひっくり返した」
「私は、原本通りに写しただけです」
「その『だけ』ができる人間が、この国に何人いるか」
彼は笑って、一輪の白い花を机に置いた。実家に戻っていたエレーネ様からの礼だという。花の下には小さな手紙があり、「娘が初めて、父の家の図を誇らしく眺めました」と書かれていた。
後日、エレーネ様の令嬢――前侯爵の娘――の名を家系図へ正式に書き入れる日、私は立会いを許された。大きな図の上で、少女の名が、金泥ではなく慎ましい墨で、父母の名の下に収まる。少女は母の袖を引いて言った。
「あそこに、わたしの名前がある」
「ええ」エレーネ様は涙を浮かべて言った。「あなたの名前は、最初からそこにあったのです。やっと、図のほうが追いつきました」
(図のほうが追いつく。その言い方が、私は好きでした。記録は人生に遅れてついてくる。だからこそ、遅れた分を、正確に取り戻さなければなりません)
帰り際、ローラン伯爵が言った。「うちの家の図も、いずれあんたに照合してもらいたい。伯爵家の記録官としてではなく――信頼できる、たった一人の記録の目として」。それは求婚ではなかったけれど、その少し手前の何かだった。私は「原本をお持ちください」と答えた。それが今の私に言える、いちばん正直な返事だった。
(写し屋の仕事は、人の人生を写す仕事でした。今日はじめて、それを少し誇らしく思います)
私は花を記録庫の窓辺に飾り、新しい照合記録の用紙を机に広げた。原本にない名前は書かない。原本にある名前は、一文字も落とさない。それが私の仕事で、私の誇りである。




