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神楽探偵事務所。
ミズキが運送会社のクラウドサーバーにアクセスし、該当するトラックのドライブレコーダー映像を引き出した。
「データ、残ってたわよ。……でも、期待しないで」
メインモニターに映像が映し出される。
雨上がりの路面。トラックは路肩に停車しており、カメラは前方の道路を淡々と映しているだけだ。肝心の「ビルの屋上」のアングルではない。
「……やっぱりダメか。地面しか映ってない」
新田が肩を落とす。だが、久我の目は死んでいなかった。
「いや、待て」
久我がモニターの一点を指差した。
トラックの前方に、黒塗りの高級セダンが路駐している。
「この黒いリアウィンドウだ。角度的に、ちょうどビルBの屋上が映り込んでるはずだ」
◇ ◆ ◇
「なるほど。鏡代わりか」
ミズキが画像を拡大処理する。
画質が荒く、モザイク状のノイズが走っている。黒いガラスの反射の中に、小さな影が映っていた。
「何か映ってますね。でも……これじゃあ鳥かゴミ袋にしか見えませんよ」
新田が目を凝らす。
ぼんやりとした黒い点が、空中に浮いているように見えるだけだ。
「AIなら『ただのノイズ』か『鳥』として処理して捨てるレベルね」
ミズキがキーボードを叩き、ノイズ除去フィルターと輪郭強調プログラムを走らせる。
「でも、鳥にしては……随分と手足が長いのね」
◇ ◆ ◇
ミズキがターンッ、と軽快にキーを叩く。
画面上の粗い粒子が再計算され、それまでぼやけていた黒い染みが、鋭利な輪郭を持って結像した。
黒いガラスの中に、ハッキリとその姿が浮かび上がる。
ビルの屋上からマンションの階段へ。人間離れした跳躍を見せる、手足の長い人影。
「出たな。空飛ぶ人間だ」
郷田が低く唸った。
「顔までは分かりませんが、体格と時刻は一致します。これなら……!」
「いや、これだけじゃまだ弱い」
久我が冷静に水を差す。
「弁護士なら『不鮮明な映像だ』『健だという証拠はない』『ただのパルクール愛好家だ』と言い逃れするだろう」
「ああ。だからこそ、この映像は『突きつける』ために使うんじゃねえ」
郷田は、証拠品リストにある「スマートウォッチ」のデータを表示させた。
「こいつで逃げ道を塞いで、奴の腕に残った『決定的な証拠』を引きずり出すための餌にするんだ」
「決定的な証拠? ……ああ、あれね」
ミズキが察して、不敵な笑みを浮かべる。
郷田はジャケットを羽織り、立ち上がった。
「仕上げだ。死んだように眠ってたはずの男が、なぜ『マラソンランナーの脈』をしてたのか……たっぷりと問い詰めてやる」




