07
ミズキは電力会社のサーバーを経由し、『バベル青山』の電力消費ログにアクセスした。
メインモニターに、緑色の波形グラフが表示される。
だが、それは期待していたような単純なものではなかった。
「うわ、なんですかこの消費量。一般家庭の十倍以上だ」
新田がグラフを見て呻いた。波形は激しく乱高下し、常に高い数値を維持している。
「全館空調、巨大なワインセラー、業務用サーバー……この家は常に電気を馬鹿食いしてるのよ」
ミズキが淡々と解説する。
「これじゃ、仮に犯人が死亡推定時刻をズラすために『何か熱源』を使ったとしても、誤差に埋もれて見えねえな」
久我がタバコの煙を吐き出した。
「プールにコップ一杯の熱湯を足しても、水温が変わらないのと同じだ。ウロボロスが『電力異常なし』と判断するのも無理はない」
行き詰まる空気が流れる中、ミズキだけが不敵に笑った。彼女は中指でメガネの位置を直すと、画面に新たなコンソールを立ち上げた。
「ウロボロスは『量』しか見てないからよ。……見るべきなのは『質』、もっと言えば『ID』よ」
◇ ◆ ◇
ミズキの指が高速でキーを叩き、黒いコンソール画面にコマンドを流し込んでいく。
「ウロボロスが見たのは、東電のスマートメーター……つまり『家全体の合算値』だけ。でも、このバベル青山は全館が『US製の最新スマートホーム』で管理されてる。デバイスごとの詳細ログは、カリフォルニアにある管理会社のサーバーの中よ」
「……なるほど。日本の警察が正規の手続きで開示請求すりゃ、三ヶ月はかかるな」
郷田は鼻を鳴らした。
ウロボロスがそこまで踏み込まなかった理由が、なんとなく読めてきたからだ。
ほぼ「病死」で確定している案件のために、国際的な法的手続きという莫大なコストを払う。
……効率化の化身であるあいつにとって、それは評価関数を下げるだけの無駄な行為だったのかもしれない。
「ま、私にはパスポートも令状もいらないけどね」
ミズキがエンターキーをッターン! と叩いた。
セキュリティの壁を強引にこじ開け、カリフォルニアのサーバーからデータを引っこ抜く。画面に無数のID文字列と、緑色の『Authorized(認証済み)』のタグが滝のように流れ出した。
「照明、空調、冷蔵庫……コンセントに繋がるあらゆる家電はIDを持っていて、常にサーバーと会話してる。『私は冷蔵庫です、今動いています』ってね」
彼女は楽しげに口角を上げた。
「だから、逆に目立つのよ。IDを持たず、サーバーに挨拶もしない『行儀の悪い客』がね」
膨大なログの流れが止まり、たった一行だけ、赤い警告色が浮かび上がった。
【Unknown Device(未確認機器)】
Detection Area: Master Bedroom (System-B) Time: 2035-04-12 19:02 - 20:05
「ビンゴ。犯行推定時刻の一時間だけ、寝室のコンセントに『正体不明の幽霊』が居座ってたわ」
◇ ◆ ◇
「アンノウン……? 最新家電じゃないんですか?」
新田が画面を覗き込む。
「ええ。波形を見て。綺麗な正弦波を描いてる。インバータ制御も通信チップも入っていない、単純な『抵抗負荷』ね」
「通信機能がない、単純な熱源か」
郷田が腕を組み、考えを巡らせる。
「持ち込まれたアナログな熱源……。ハロゲンヒーター、セラミックファンヒーター、あるいは電気湯たんぽか?」
「いいえ。消費電力を見て」
ミズキが数値データを拡大した。
「50W前後で一定してる。ヒーターなら弱でも300Wは食うわ。湯たんぽの充電なら10分で終わるはずだけど、こいつは1時間ずっと通電してる」
「50Wで、1時間……」
「この低い消費電力で、体を包み込んで熱を逃さないものと言えば、一つしかないわ」
ミズキは断言した。
「電気毛布ね。それも、安全装置なんてついてない大昔の安物」
「電気毛布……! ですが、なぜわざわざ古い物を?」
新田の問いに、久我がニヤリと笑って答えた。
「今の気が利く家電じゃ『お節介』なんだよ。二時間で勝手に切れるオートオフ機能だの、熱がこもれば出力を下げるセンサーだの……死体を温めるにゃ邪魔な機能ばかりだ」
「あ……」
「その点、アナログな旧式は優秀だ。スイッチを入れれば、相手が人間だろうが肉塊だろうが、馬鹿正直に温め続ける」
久我は煙を吐き出し、バベル青山の見取り図を指で弾いた。
「19時に殺して、毛布でくるんで蒸し焼きにする。そうすりゃ体温は下がらないどころか、一時的に上がる。で、20時に戻ってきた犯人がスイッチを切って回収した」
「その後、遺体の体温は自然に下がり始める……。発見時の検死官やウロボロスは、その低下率から逆算して『20時死亡』と判定してしまったわけですね」
新田が戦慄したように呟いた。
低温調理のように、遺体の温度が管理されていたのだ。




