表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/12

07

 ミズキは電力会社のサーバーを経由し、『バベル青山』の電力消費ログにアクセスした。

 メインモニターに、緑色の波形グラフが表示される。

 だが、それは期待していたような単純なものではなかった。


「うわ、なんですかこの消費量。一般家庭の十倍以上だ」

 新田がグラフを見て呻いた。波形は激しく乱高下し、常に高い数値を維持している。


「全館空調、巨大なワインセラー、業務用サーバー……この家は常に電気を馬鹿食いしてるのよ」


 ミズキが淡々と解説する。


「これじゃ、仮に犯人が死亡推定時刻をズラすために『何か熱源』を使ったとしても、誤差に埋もれて見えねえな」


 久我がタバコの煙を吐き出した。


「プールにコップ一杯の熱湯を足しても、水温が変わらないのと同じだ。ウロボロスが『電力異常なし』と判断するのも無理はない」


 行き詰まる空気が流れる中、ミズキだけが不敵に笑った。彼女は中指でメガネの位置を直すと、画面に新たなコンソールを立ち上げた。


「ウロボロスは『量』しか見てないからよ。……見るべきなのは『質』、もっと言えば『ID』よ」



 ◇ ◆ ◇



 ミズキの指が高速でキーを叩き、黒いコンソール画面にコマンドを流し込んでいく。


「ウロボロスが見たのは、東電のスマートメーター……つまり『家全体の合算値』だけ。でも、このバベル青山は全館が『US製の最新スマートホーム』で管理されてる。デバイスごとの詳細ログは、カリフォルニアにある管理会社のサーバーの中よ」

「……なるほど。日本の警察が正規の手続きで開示請求すりゃ、三ヶ月はかかるな」


 郷田は鼻を鳴らした。

 ウロボロスがそこまで踏み込まなかった理由が、なんとなく読めてきたからだ。

 ほぼ「病死」で確定している案件のために、国際的な法的手続きという莫大なコストを払う。

 ……効率化の化身であるあいつにとって、それは評価関数スコアを下げるだけの無駄な行為だったのかもしれない。


「ま、私にはパスポートも令状もいらないけどね」


 ミズキがエンターキーをッターン! と叩いた。

 セキュリティの壁を強引にこじ開け、カリフォルニアのサーバーからデータを引っこ抜く。画面に無数のID文字列と、緑色の『Authorized(認証済み)』のタグが滝のように流れ出した。


「照明、空調、冷蔵庫……コンセントに繋がるあらゆる家電はIDを持っていて、常にサーバーと会話してる。『私は冷蔵庫です、今動いています』ってね」


 彼女は楽しげに口角を上げた。


「だから、逆に目立つのよ。IDを持たず、サーバーに挨拶もしない『行儀の悪い客』がね」


 膨大なログの流れが止まり、たった一行だけ、赤い警告色が浮かび上がった。


【Unknown Device(未確認機器)】

 Detection Area: Master Bedroom (System-B) Time: 2035-04-12 19:02 - 20:05


「ビンゴ。犯行推定時刻の一時間だけ、寝室のコンセントに『正体不明の幽霊』が居座ってたわ」



 ◇ ◆ ◇



「アンノウン……? 最新家電じゃないんですか?」


 新田が画面を覗き込む。


「ええ。波形を見て。綺麗な正弦波サインカーブを描いてる。インバータ制御も通信チップも入っていない、単純な『抵抗負荷ヒーター』ね」

「通信機能がない、単純な熱源か」


 郷田が腕を組み、考えを巡らせる。


「持ち込まれたアナログな熱源……。ハロゲンヒーター、セラミックファンヒーター、あるいは電気湯たんぽか?」

「いいえ。消費電力を見て」


 ミズキが数値データを拡大した。


「50W前後で一定してる。ヒーターなら弱でも300Wは食うわ。湯たんぽの充電なら10分で終わるはずだけど、こいつは1時間ずっと通電してる」

「50Wで、1時間……」

「この低い消費電力で、体を包み込んで熱を逃さないものと言えば、一つしかないわ」


 ミズキは断言した。


「電気毛布ね。それも、安全装置なんてついてない大昔の安物」

「電気毛布……! ですが、なぜわざわざ古い物を?」


 新田の問いに、久我がニヤリと笑って答えた。


「今の気が利く家電じゃ『お節介』なんだよ。二時間で勝手に切れるオートオフ機能だの、熱がこもれば出力を下げるセンサーだの……死体を温めるにゃ邪魔な機能ばかりだ」

「あ……」

「その点、アナログな旧式は優秀だ。スイッチを入れれば、相手が人間だろうが肉塊だろうが、馬鹿正直に温め続ける」


 久我は煙を吐き出し、バベル青山の見取り図を指で弾いた。


「19時に殺して、毛布でくるんで蒸し焼きにする。そうすりゃ体温は下がらないどころか、一時的に上がる。で、20時に戻ってきた犯人がスイッチを切って回収した」

「その後、遺体の体温は自然に下がり始める……。発見時の検死官やウロボロスは、その低下率から逆算して『20時死亡』と判定してしまったわけですね」


 新田が戦慄したように呟いた。

 低温調理のように、遺体の温度が管理されていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ