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三ヶ月後。
地上ではセミの声が漏れ聞こえる季節になったが、地下二階にあるAI監査室は相変わらず冷え冷えとしていた。
壁のモニターにはニュース映像が流れている。
『資産家殺害の御子柴健被告、起訴。AIによる再捜査で、数千件の状況証拠が立証され……』
「結局、最後はAIの手柄か。世間じゃ『ウロボロスの進化』だと賞賛されてるわよ」
ゲスト用パイプ椅子に座ったミズキが、スマホのニュースフィードを眺めながら鼻を鳴らした。
彼女の隣では、久我が協力費の請求書を新田に渡している。
「いいじゃねえか。俺たちは蛇足屋だ。主役の引き立て役がお似合いさ」
郷田はいつものように、シーフードヌードルにお湯を注いでいた。
「それにしても、今回の件……最後まで妙な感じが拭えなかったな」
久我がふと、独り言のように呟いた。
「妙な感じ?」
「ああ。ウロボロスの見落としだ。電力総量の問題や、海外サーバーの壁があったとはいえ……あまりにも『人間的』なミスすぎないか?」
久我の言葉に、ミズキがメガネの位置を直しながら同意する。
「同感ね。ウロボロスのアルゴリズムは巨大なブラックボックスよ。深層学習が進みすぎて、開発者ですら『なぜその結論に至ったか』の全プロセスは追えなくなってる」
ミズキの声のトーンが、わずかに低くなった。
「……もしかしたら、ただのバグじゃないのかもね。社会的な影響や、コスト、警察組織の事情。それらすべてを天秤にかけた上で、あえて見落とすという『選択』をしたんだとしたら?」
「AIが忖度を覚えたとでも? 笑えない冗談ですね」
新田が顔を引きつらせるが、久我とミズキの目は笑っていなかった。
完璧なシステムであるはずのウロボロス。その深淵に、単なるプログラムの仕様では説明できない「意思」のような何かが潜んでいるのではないか――そんな薄ら寒い予感が、地下室の空気を澱ませる。
「……ま、俺の知ったこっちゃねえな」
不穏な空気を断ち切るように、郷田が割り箸をパチンと割った。
「システムが何を考えてようが、俺の仕事は変わらねえ。上がってきた書類にケチをつけて、判子を押すか突き返すか決めるだけだ」
その時、警告音が鳴り、新たな案件がモニターに表示された。
『判定:事故死 信頼度:99.9%』
郷田は湯気の立つカップ麺をすすり込み、ニヤリと笑って椅子を蹴った。
「さあて、しがない『ハンコ屋』の仕事に戻るとするか」
◇ ◆ ◇
警視庁生活安全部・AI監査室 ウロボロス幻覚報告書
Report ID:#001
作成者:監査官・郷田巌
技術協力:外部コンサルタント・K
【対象事案】
案件ID:2035-0412-008(御子柴蔵人変死事件)
【検知された幻覚】
出力結果:急性心不全
実態: 計画的殺人
【発生機序解析】
本システム『ウロボロス』は、被疑者の完璧な電子アリバイと、現場の密室性を「絶対的真実」として固定した。
その結果、「外部犯行は不可能」という前提条件が成立。
システムは、「他殺の痕跡がある遺体」と「犯行不可能な状況」という矛盾を解消するため、「統計的に最も矛盾の少ない死因」である病死を捏造し、それに合致する医療的推論を生成した。
【監査官所見】
システムは「嘘」をつこうとしたわけではない。
与えられたデータの中で「最も合理的な整合性」を取ろうとした結果、現実を無視した物語を語ったに過ぎない。
皮肉なことに、被疑者の用いた手法は、あまりに非合理的かつ前時代的であり、ウロボロスの学習データ上の「犯罪プロファイル」から欠落していた。
過度な最適化は、時に現実というノイズを見落とす。
結論:
AIは計算するが、想像はしない。
その隙間に、人間の悪意と、我々「蛇足屋」の仕事が介在する。
是正措置:承認取り消しおよび再捜査
追記:再捜査後、以下の容疑にて御子柴健を逮捕、送検。
・刑法第199条(殺人)
・刑法第190条(死体損壊・遺棄)
・覚醒剤取締法違反(所持・使用)
・電磁的公正証書原本不実記録罪 ※不正な資産隠し・脱税の発覚
最終処分予測:無期懲役、または死刑。
本作はこれにて完結です。最後までお読みいただきありがとうございました!
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