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 警視庁生活安全部・AI監査室 事後監査レポート

 案件ID:2035-0412-008

 ステータス:承認待ち


【事案概要】

 対象者:御子柴みこしば蔵人くらんど(72)

 場所:港区南青山『バベル青山』レジデンス棟

 発生日時:2035年4月12日 20:00(推定)


【ウロボロス判定結果】

 最終判定:[病死]

 死因:急性心不全[致死性不整脈に起因]

 信頼度スコア: 99.82%


【関連人物リスク評価】

 対象:御子柴みこしばたけし[甥・第一発見者]

 動機スコア:High[遺産継承]

 実行可能性:None[犯行機会なし]

 根拠:死亡推定時刻を含む18:00-23:00の間、会員制クラブ『VELVET』内での滞在および生体反応を連続的に確認。現場への移動は物理的に不可能。


【処理推奨】

 事件性なし。行政解剖および詳細捜査はコスト対効果[ROI]の観点から非推奨。即時の遺体引き渡しを提案。



 ◇ ◆ ◇



 2035年、東京。

 警視庁本庁舎の地下二階。巨大なサーバー群が発する熱と、冷却ファンの低い唸り声が支配するその場所に、窓のない一室があった。

 生活安全部・AI監査室。

 この部屋の仕事は、高度捜査支援AI『ウロボロス』が弾き出した「正解」に対し、人間が最終確認の承認印を押すこと。それだけだ。


「……ズズッ、ズズーッ」


 静寂な部屋に、麺をすする下品な音が響いた。

 郷田ごうだいわおは、デスクに足を投げ出し、伸びきったカップ麺の容器に顔を突っ込んでいた。48歳。白髪が混じり始めた短髪に、くたびれたジャケット。かつて捜査一課で「鬼」と呼ばれた眼光は、いまや薄暗いモニターの光に慣れきっている。


「係長、汁が跳ねてます。もっと綺麗に食べてくださいよ」


 向かいのデスクから、冷ややかな声が飛んだ。

 部下の新田にったまこと。20代後半のデジタルネイティブ世代だ。彼は空中に投影されたホログラムキーボードを軽快に叩きながら、次々と流れてくる「処理済」の案件を右から左へと流していた。


「うるせえな。飯くらい好きに食わせろよ。……で、今日のウロボロス様のご機嫌はどうだ?」


 郷田は麺を飲み込みながら、ぞんざいに返した。


「極めて優秀です。未決箱はもう空になりますよ。殺人、強盗、傷害……すべて解決済みか、あるいは事件性なし。平和なもんです」

「へいへい。……それにしても、最近ウロボロス様は『病死』がお気に入りらしいな。高齢化社会も極まったもんだが……『とりあえず老衰にしておけば人間は納得する』って、変な知恵をつけてなきゃいいんだがな」

「勘弁してくださいよ。ウロボロスは感情も忖度もない、純粋な論理の塊です。人間みたいに『面倒だから』なんて理由でサボったりしませんよ」


 郷田は空になったカップ麺をゴミ箱に放り投げ、手元の古びたタブレット端末を引き寄せた。

 2035年。AI捜査が完全に定着したこの時代、刑事の仕事は劇的に変わった。

 現場を這いずり回る泥臭い捜査は過去のものとなり、人間はAIが出した「99%の正解」を追認するだけの存在となった。


「2035年になっても、人は勝手に死ぬし、警察は事後処理係ってわけだ」



 ◇ ◆ ◇



 郷田はタブレットの画面をスワイプし、最後の案件を表示させた。


『案件番号:2035-0412-008 対象者:御子柴蔵人』


 画面には、ウロボロスが提示した完璧な「病死」のシナリオが並んでいる。信頼度99.82%。これに異を唱えるのは、統計学的に見て時間の無駄だ。

 郷田はいつものように、承認ボタンの上に指をかけた。


 だが、その指先が、画面の直前でピタリと止まった。

 事件ファイルの末尾に、【事後関連ログ】というタグが付いていたからだ。

 ウロボロスは事件処理後も、関係者の動向やメディア露出を自動で収集し、紐づける機能がある。

 郷田は気まぐれに、その動画ファイルを再生した。


『……叔父は、私にとって厳しくも温かい、父親のような存在でした。その遺志を継ぐことが、私の使命だと……』


 画面の中では、被害者の甥・御子柴みこしばたけし(28)がインタビューに答えていた。

 整った顔立ちに、仕立ての良い喪服。涙を堪えるように俯く姿は、視聴者の同情を誘う「完璧な遺族」だった。

 郷田はあくびを噛み殺し、動画を閉じようとした。


 ――その瞬間だった。


 インタビューが終わり、カメラがスタジオに切り替わるコンマ数秒の間。

 健がふと顔を上げ、カメラのレンズを直視した。


 ――ニヤリ。


 口角が、わずかに吊り上がった。

 それは悲しみではない。「上手くいった」という安堵と、世間を欺いた優越感が混ざり合った、冷たい嘲笑。


 脳裏で、錆びついた警鐘が鳴った。

 あくびが引っ込んだ。背筋に、冷たいものが走る。

 知っている。この顔を、俺は知っている。

 かつて取調室で、証拠不十分による釈放が決まった瞬間に、犯罪者たちがふと見せる「素顔」だ。


「……おい、新田」


 郷田の声色が変わったことに気づき、新田が顔を上げた。


「このツラを見ろ。……こいつは悲しんでる顔じゃねえ。デカい仕事をやり遂げて、ほっとしてる顔だ」


 郷田は動画を一時停止し、健の歪んだ笑みを指差した。


「勝ち誇ってやがるんだよ。俺たち警察と、ウロボロス様相手にな」

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