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2話

 

 最上とは生まれた時から一緒だった。

俺が他の誰かと遊ぼうとすると、彼は決まって「俺だけにして」と言った。それをおかしいと思わないくらい、俺は彼に愛されて育った。その当たり前のものも俺だけに向けているものだと思っていた。だから勘違いをしてしまったのだ。

 

 最上は昔からモテていたが、中学に上がったくらいから背も伸び体格も良くなったことで、嫉妬もされない程モテまくる状態になっていた。それを特段気にすることもなく、無表情な彼はいつも俺だけに笑顔を見せ「げんま、げんま」と付いて来ては離れない奴だった。そんな彼に対する気持ちが恋だと気付いたのは中学3年生の時だった。とても悩んだが、俺は告白が失敗したとしても、最上が離れて行く想像ができなかった。なんなら成功するとさえ思っていたし。最上とは幼い時に、「自分の気持ちに嘘は付かない!」といういかに子どもらしい可愛い約束もしていたから、その約束も免罪符となって卒業式の時に告白しようと心に決めた。だが、それも無駄。

俺にしか見せない笑顔で、家に彼女を優しくエスコートする彼の姿。

 “間抜け”という漢字は、本当によく出来ている。

 

それから高校に上がると、最上とも完全に距離を置いた。

男女問わず好きになり告白を続け、気付けば孤立をしていた。爪が割れ始めたのもこの頃だった。そう考えるとただのストレスなのかもしれない。

 最後に告白したのが高校3年の時に同じクラスになった峰だった。峰だけが俺の告白にまっすぐに「ありがとう、でもごめん!」と伝えてくれ、いじめに加担することもなかった。振られた後、帰り道でたまたま一緒になった時に「俺、気持ち悪くない?」と尋ねると「美味いラーメン屋があるんだけど」と言って連れて行ってくれた。その時に高校に入って初めて泣くことが出来た。

 なんとなく最上のことは高校の時も気掛かりだった。急に皆んなに笑顔を見せたりして、俺以外に無表情だった彼をもう思い出せなくなっていた。それでも一言も話す事はなかったし、俺がいじめられていたことを知っていたかどうかも怪しい。峰と一緒にいるようになってからは最上のことも気掛かりではなくなった。でも結局、人を簡単に好きになるくせに関わりを持つのは少し怖くて、峰と同じ大学に進んだ。



 本日は食堂デーだ。とんかつ定食を食べながら、峰に昨日の事をどう話そうと考えこんでいると先に向こうから質問が飛んできた。

 

「昨日の連絡はなんですか?」

「あの、まずはこれを見て欲しくて」


 俺は左の手の甲を彼に見せるようにして顔の前に出した。


「最上に告白しました……」

「え、爪あるじゃん!おめでとうでいいのか!?」


 峰は箸を止め困惑しつつも小さく拍手をした。それを「違う!」と急いで遮る。


「告白はしたんですけど、なんか笑顔で振られちゃって」

「どういうこと?一回割れて治ったってこと?」

「いやいや。俺も分かんないんだよ〜……むしろ今までのがたまたまだったってことなのかなとか色々考えたんだけどさぁ〜」


 俺も箸を止め顔を両手で覆う。峰も、えぇ〜、と声を漏らしながら再び箸を持った。

 

「考えて結局出た答えがさぁ〜……やっぱ最上の事好きだ、だったんだよね」

 遠い目をして言うと、峰はご飯を食べすすめながら、

「なんだそれ。爪の話どこいったんだよ」

 と悪態をついた。俺は顔を覆っていた手を外しジトーっと彼を見る。


「言っとくけど峰のせいだからね。告白っていうとんでもない接点を持っちゃったから最上のこと意識しちゃってるの!」

「じゃあもう解決じゃん、良かったね」

「なんで?」

「振られても割れないなら、あとは源馬の好きにやれるだろ」

「でもまた割れるかもよ?」

「じゃあ成就するしかないんじゃね」

「簡単に言うなよ…」

「隣、いい?」


 驚いて自分の座っている椅子を後ろに引く。声の方を見ると、トレイを持った最上が左隣にある空いた椅子を引きながら立っていた。「ど、どうぞ!」と俺が咄嗟に大声で答えると微笑みながら「ありがと」と言って座った。峰も箸を止め、口を開けたまま最上の事を見ていた。と思ったら俺の方を見て「お前振られたんだよな?」というような顔をしてこちらに視線を向けたが、俺の顔を見るとまたすぐ最上の方へ視線を戻した。俺の顔も峰と同じような顔をしていたらしい。


「も、最上1人なの」

 俺があまりの動揺に声が出ないのを察したのか、峰が会話を振ってくれた。

 

「うん。せっかく大学も一緒なんだから久しぶりに2人と話したいなと思って」

「そうですかー…」

「……」


 本当に話したいと思ってる奴の態度か?と思うくらいに会話が続かない。3人とも黙々とご飯を食べていく。味なんてするはずがない。気まずいから他所で食べてくれ。食堂の他の生徒の声しか聞こえない中「ピロン」と俺のスマホの通知音が鳴り響いた。気がまぎれる、ありがたい!と即座に手に取り確認すると、峰から「助けてください」とのトークがきていた。目の前でスピードを上げて唐揚げ定食を食べていく彼をにらみつけながら返事を送信する。

 

『なんでそっちが気まずそうなんだよ!』


「ピロン」


 すぐ返信が返ってきた。こちらも急いで確認する。


『あいつ高校の時からなんか怖えんだよ!さっきの話も絶対嘘だぞ。俺は無理。最上の事好きなお前が頑張れ』

『振られたの昨日なんだけど!?お前が頑張れ!』

『なんで俺が頑張るんだよ!?それ何定食ですか、みたいなおもんないことで良いから聞いとけ!』

『おもんなさすぎ!聞ける訳ないじゃん!』

『黙れ、はよ聞け!!』


 スマホを置いて左隣に座っている男をチラ見する。

 (まともに話すの5年ぶりくらいなんですけど……)

 心の中で呟きながら左を向いて笑顔で話しかける。


「最上のそれ何定食〜…?」

「鮭定食だよ。食べる?」

「大丈夫で〜す……」


 ゆっくりと前を向いて再び箸を持つ。汗が止まらない。お腹いっぱいだけど無理やり鮭定食食べた方が良かったのか?

 

「ピロン」


 スマホを手に取る。


『大丈夫で〜す、じゃねぇよ!』

『峰も、そうですか、で会話終わってたじゃん!』

『源馬は鮭食えば話広がったかもだろ!』

『腹一杯だって!お前が食えよ!』

『なんでだよ!俺が急に斜めから食い去ったら頭おかしいだろ!』

『食い去ったらって日本語なんだよ!』

『そこじゃねぇよ!』

「源馬、食べないの?」

「へっ?」


 急いでスマホを置き、最上の方を見る。最上も視線を一瞬落とした後こちらに目を向けた。俺以外に無表情だった時の最上を思い出す。綺麗な顔をした人間の真顔は怖い。

 

「最上のは食べない……」

「いや、源馬の」

「あ、食べます…」


 箸を持ち、とんかつのそばにある千切りキャベツを口に運ぶ。最上は頬杖をつきこちらをずっと見ている。緊張しながらもどうにか食べすすめていく。峰も気まずそうにカチャカチャと音を立て急いで食べていく。


「源馬さ」


 こちらを見ながら真顔で最上が口を開く。


「俺のこと、もう名前で呼んでくれないの?」

「あ、俺用事あるから食い終わったし先行くわ!じゃあな2人とも!」


 ガタッと勢いよく席を立つと、俺の「え、ちょっと」という声を待たずして峰はトレイを持ちそそくさと消えて行ってしまった。俺が少しだけ伸ばした手だけが宙を浮いている。最上は微動だにせず、真顔のまま視線をまたこちらに戻す。峰に連絡を早急に取りたいが、そんな雰囲気では到底無さそうだ。恐る恐る彼の方へ身体を戻す。

 

「なんで昨日告白してくれたの」

「好きだからです…」

「……本当に?」

 

 真顔だった彼が視線を落とし、一瞬子どもの時のような寂しそうな顔をした。それを見て急いで口を開く。


「ほ、本当だよ!いや、まぁ他にも色々あるにはあるんだけど、最上のこと好きなのは本当!」

「あはは。じゃあ俺のこと名前で呼べるよね?」


 先程の表情が嘘のように笑顔で聞いてきた。幼い時とも高校の時とも違う初めて見る表情の変遷に戸惑いつつも声を絞り出した。


「しゅうせい…?」

「ふふ。なに、源馬?」


 とても嬉しそうな、あの頃によく見せてくれた優しく愛らしい笑顔。心臓が飛び上がり、僅かに、吸う息が少なくなる。指の振戦を抑えるよう、急いで箸を取る。この彼の表情だけで思い知らされてしまった。それと同時にあの絶望を思い出す。

 

 (爪が割れたらいいのに…)

 

 そんなこと思いもしなかった。今までは失恋よりも爪の痛みの方が辛かったはずなのに。俺にはやはり、最上修成という男だけなのだ。

 その張本人は、先程から上機嫌で鮭の骨を取り除いている。俺はおかげで、脂っこいものを食べているのに味なんて終始感じられなかった。スマホを手に取り、トーク画面を開く。

 

 『峰くんの爪が割れますように』

 

 お願いします、と小声で呟き送信ボタンを押す。それに対し、何か言った?とニコニコ笑顔でこちらを見つめる彼に、首を横に振るとスマホをもう一度机に置いた。


 (お前はお前で俺のこと振ったんじゃなかったっけ?)


 爪以外にも謎は深まるばかりである。

 

 

 

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