表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/147

24-5 頼朝を語るお市の方

お市の方は、年の変わらない娘達を抱きしめ、話を聞き、心に一つの決意を抱きます。

そして、太田牛一に静かに口を開き、信長と頼朝の目指す世について語ります。


■巡り合わせ


「母上……」


か細い声が、静寂を破った。


お市は、娘たちの成長ぶりと立派なたたずまいに言葉を失い、吸い寄せられるように二人へと歩み寄る。


お市「まさか……このようなかたちで、あなたたちに会えるなんて……!」


娘たちにとっては、誰よりも母親が恋しかった年頃、十代の前半(初十三歳、江十一歳)の時の悲劇的な別れ以来の再開。しかも、記憶の中の母そのものであった……。


江「……母上。お母さま……!江でございます……」

初「……本当に、母上なのですね……!」


次の瞬間、江と初は思わずお市の方に飛びついた。


二人はかつて生きてきた時の流れの中では、多くの苦難を乗り越え、お江は二代将軍の正室で江戸幕府の「国母」、お初は名門京極家の存続を支えた正室となっていた。しかし母との再会は、心の奥底に閉ざされていた“娘”としての記憶と人格を瞬時によみがえらせる。その瞳からは、大粒の涙があふれ出し、お市のころもを濡らす。


江「あの時の事、忘れようと……でも……本当は、ずっと、母上に逢いたかった……!」

初「あの時の母上の姿、ずっと頭から離れなくて……でも、今の“時の流れ”では母上はこうやって生きていらっしゃる……」


お市の方は、娘たちの語る子細が分かるずとも、抱え込んで生きてきた悲しみの重みは痛いほどに伝わっていた。子どもたちの頭をしっかりと抱き寄せた。


娘たちの細い肩から伝わってくるのは、震え、そして温かな体温。自分の血を分けた我が子が、既に大人びた姿になっているという現実——喜び、悲しみと切なさが入り交じり、彼女の胸を激しく締め付ける。


お市の方は、自らと年の変わらない娘たちを、さらに強く抱きしめた。


お市「ごめんなさい……。あなたたちには、つらい思いをさせてしまっていたのですね……でも、よく頑張ったのですね、お二人とも……」


やがて、お市は娘たちの頭を優しく撫で、涙の滲む瞳で微笑んだ。


お市「こんなにも立派に成長して……一目でわかりますよ。

……それだけで、十分です」


叶わぬはずの再会、不思議な巡り合わせが、頼朝軍の庇護の下で実現する。


挿絵(By みてみん)



部屋の隅で、この様子を見守っていた太田牛一。


(この母娘が、数奇な運命に翻弄されながらも再び出会えたのは、まぎれもなく「何かの大きな導き」なのであろう)


頼朝軍団の設立による新たな時の流れの中で、お市と江と初が紡ぐ物語は、これからいかなる形で進んでいくのか。


牛一はそっと目を伏せ、熱いものが込み上げてくるのを感じながら、三人の幸せを心から祈った。



■長島城の空の下


捕虜となっていた多くの織田家の家臣たちは、縄を解かれても織田家にもどらなかった。


織田家で名を馳せていた重臣の中ではお市の方、柴田勝家、福島正則、加藤清正、蜂須賀小六はちすかころく富田重政とだしげまさ、そして可児才蔵が頼朝軍への帰順を表明した。その他、多くの織田軍の将兵たちが、新たに、頼朝軍団へと加わることとなったのである。


無論、最後まで信長への忠義を貫き、織田軍へと戻ることを選んだ者たちも少なからずいた。頼朝は、織田軍に戻るものたちも丁重に扱い、無事に織田家との国境まで送り届けさせた。



お市の方は、頼朝軍と合流する決意を伝えた後、しばらく長島城にて、娘たちと静かなひとときを過ごしていた。


娘たちから多くの話を聞くこととなる。娘たちが生きた時の多くの悲劇、そしてその世と比べた“今の世”で、どれだけの武家、織田の家臣が今日まで命を残しているか。反対に頼朝軍と織田軍の戦いの壮絶さからくる将兵の犠牲の多さに、江と初はあらためて心を痛めていた。


同時に、お江とお初は失われた時と心の空白を埋めるかのように、同年代の母親に心赴くままに甘えていた。



そんなある日、お市の方は伊勢の海を眺めながら、傍らに控える太田牛一に、ふと、つぶやいた。


お市「…牛一殿。そなたや娘たちが申すこと、もはや疑っておりませぬ。頼朝様がいらして、時の流れは変わったのですね。


そうであるならば――今の、頼朝様にとっての義経様は、兄・信長にとっての浅井長政あざいながまさ様――そして、頼朝様にとっての北条義時という男は、兄にとっての明智光秀殿のようなもの。


本当は信じるべきだった家族を家臣を追放・粛清しながらも、最も信じていた腹心によって、大切にしていたものが壊される……」


お市の方は、海を見つめていた眼差しを、さらに遠くの空へと向けた。


お市「頼朝様は兄が辿った道のり、そしてその先の悲劇的な末路を知ることとなり……兄が越えることのできなかった、もう一歩先の道を進もうとしておられるのかもしれません……」


牛一「…お市様……」


牛一は、静かに頷いた。


牛一「お市様のご決断、まことに、嬉しく存じます。


頼朝様は、歴史書などで伝えられておるのとは異なり、繊細で、それでいて強きお心をお持ちの御方。


きっと、鎌倉におられた頃は信長様以上に『大義』のためと称し、自らを押し殺し、手段を選ばず、ただただ必死であられたのでしょう……。


この時代へいらして、ご自身が為されたこと、そしてその末路を『客観的』に目の当たりにされたのでしょう。何よりも、義経様との再会を何よりも喜ばれております……


お市様の仰せの通り、信長様が今歩まれている、もう一歩先の道を歩もうとされております。

ただ、それを頼朝様ご本人が望まれたわけでもなく、歩まれてしまわれた……そのように思われてなりませぬ」


挿絵(By みてみん)


お市「牛一殿。そなたや娘たちから話を聞けていなければ、容易くは納得できなかったでしょう。改めて、礼を申します」


お市の方は、微笑んだ。


お市「わたくしも、これよりは頼朝様の行く末を、いえ、この日ノ元の行く末を、この目で見とうなりました。甘き世界を目指す主君こそ、お支えする家臣は大変でございましょうが……ね」


牛一もお市の方の言葉に微笑んだ。


牛一「誠に!“甘き理想”とは大変でございます!」


お市「新しき時代をつくることと、古き武家を滅ぼすのは、一緒ではございませんね。やはり、不要に滅ぼすべきではございません。


でも……頼朝様が目指す、多くの武家を守りつつ、強き力で安寧の世をめざす事――新しい安寧の世となるのか、それともいずれ多くの武家が力を持って足利幕府下で乱れた世の二の舞となるか――。


その答えは見つかっておりませぬ」


牛一はお市の方の言葉があまりにも自らの意を得ているものであり、つい高らかに笑ってしまう。


牛一「はっはっは! さすがはお市様!


答えは誰にもわかりませぬ。しかし……わかるのは、この時代において頼朝様を支えることでしか、確かめられぬということにございます。

某はこの時代へ戻ってきたからには、理想の世を頼朝様と共に目指してみたい、そう願っておりまする。


いざとなれば、元の世に流れを戻し、お江様に御台所として日ノ本を統治いただくまででございます!」


お市「……牛一殿、江はその地位を捨ててまで、わたくしのためにこの時代に来てくれたのですね……」


牛一「頼朝様は、征夷大将軍より大切なものを、この時代で見つけました」


あらためて牛一はお市の方にやさしく微笑みかけながら語り掛ける。


牛一「きっと姫様たちも、地位や権力より大切なものがおありなのでしょう」



お市の方は、こうして長島の地にて、ほぼ同じ年頃の娘達と数奇な運命の果ての再会を果たし、 “旧臣“太田牛一と共に、しばしの間穏やかなひとときを過ごしていた。


挿絵(By みてみん)


お読みいただきありがとうございました!

理想は“新しい安寧の世”となるのか、それとも“過去の過ち”を繰り返すことになるのか。その難しさを承知の上で、二人はなおも頼朝を支える決意を新たにしたのです。

理想か、過ちの繰り返しか――答えはまだ遠く。

次回、常に企み事を持って登場する北条早雲、“相談事”を頼朝に持ち掛けてきます。

お楽しみに!

ブクマ、感想、そしてお気づきの誤字脱字のご指摘、ぜひよろしくお願いいたします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ