24-4 過去と未来を結ぶ今
未来から頼朝軍に合流し、“本来の時の流れ”を知る太田牛一の言葉は、お市の心を大きく揺さぶる。
そして、加藤清正が頼朝軍に合流する決意を込めて、名乗りをあげる。
敵意と不信感に閉ざされた織田軍捕虜の心は、少しずつ開かれる。
■雪解け
太田牛一が知るお市の方は、どこまでも気丈であった。その彼女が混乱する様子を目にして、太田牛一は口調をさらに和らげて語り掛けた。
牛一「お市様……実は江姫様、初姫様も、少し先の未来よりこの頼朝軍に合流し、今力を尽くされております」
お市「まさか、そのような……」
お市の方の表情は、母としての動揺そのものであった。
牛一「某も、姫様たちも、信長様や多くの織田家・家臣の皆様に起きた、哀しき出来事を目の当たりにしてまいりました。姫様たちは多くのお辛い思いを乗り越え、ここまで必死に生きてこられました。
その中でも姫様たちが一番辛かったのは、母・お市様とのお別れでした。姫様たちが頼朝様のもとで懸命に力を尽くしておられるのは、お市様をお守りするためでもあるのです……」
お市「……にわかには、信じられませぬ……。もし、そなたが本当に牛一殿であるならば……詳しく話を聞かせていただきたいものです」
お市の方は戸惑いながらも、このまま戯言として済ませる事もできなかった。
ここで、それまで黙って話を聞いていた加藤清正が立ち上がる。
清正「……わしには、難しい理屈はよう分からぬ。
だが……この、源義経を名乗られる御仁には、先の戦で完膚なきまでに叩きのめされた。いや、叩きのめされたのは先の戦いだけではない。そして、この後何度挑んでも、勝てる気はせぬ。
これほどまでに優れた将が多く、強き軍を、わしは見たことがない。
そして、この強き軍が『守るため』の『天下静謐』を目指すのであれば、天下は従うかもしれぬ。
わしらは、あの小国に何度も刃を向けた。覚悟をもって挑んだ者なら皆、身に刻んでおるはずじゃ。織田の大軍をもってしても、あの小国を落とせなかった――それがすべてを物語っている!」
織田の家臣の多くは、苦虫をつぶしたような顔でうつむいていたが、清正に反論するものもなかった。
清正は、義経へと向き直った。
清正「何よりも……わしは源義経を名乗る御仁が気に入った。
武人は、命をかけて真剣に刃を合わせれば、相手のことがおのずと分かるものであろう。源義経と名乗ることが嘘でない事も。
ここにいる皆も織田で名を馳せた武人たち、そうは思わぬか?」
清正は、他の捕虜たちを見渡し、決意の眼差しをあらためて義経、そして頼朝に向ける。
清正「わしは――この軍団について行く、そう決めたぞ!」
清正の言葉が響くと、織田の将兵たちは互いに顔を見合わせ、誰かが「あの清正殿が……」と小さく漏らした。
ざわめきの中に、迷いと希望が交じり合っていた。
義経「清正殿……!」
義経は、清正の言葉に深く感じ入った。
義経「そのお言葉、まことにありがたい!
他の者たちも、決して無理強いはせぬ。この後縄を解く。だが、よくお考えいただきたい」
すると、福島正則が先ほどまでの自らの言葉が無かったかのごとくに、あっけらかんとして声を張り上げた。
正則「おう! 清正殿が、そう申されるのであれば、このわしも清正殿に従おう!」
福島正則は、当初の勢いはどこへやら、立場を変えていた。
柴田勝家は、お市の方の方を向き、声を上げる。
勝家「わしは、お市様次第じゃ。この柴田勝家、何があってもお市様をお守りせねばならぬ、そう決めておりまするゆえな!」
縄に打たれていた織田の家臣たちがざわつき始める。
お市の方が、頼朝に向けてあらためて口を開く。
お市「頼朝様。この後牛一殿と話をさせてはくれませぬか。それと……江、初とも、話をしても、よろしゅうございますか」
頼朝「お市殿、是非もない。
牛一殿、お市殿を長島城までお連れせよ。江姫と初姫も、猫殿のもとで汗水流しておる」
牛一「かしこまりましてございます!」
太田牛一は、恭しく頭を下げた。
■成人した娘たち
数日後、太田牛一とお市の方の一行は長島城に向け、輿に乗るお市の方を気遣うようにゆっくりと行軍していた。
一行が途中の宿場で休んでいた際、お市の方がふと牛一に口を開く。
お市「……大きくなった娘に会うというのは、まだ不思議な気持ちです。そなたが先の時代から来たというのも、腑に落ちるにはまだ時が必要です」
太田牛一も優しく答える。
牛一「無理もありません。
姫様たちはお市様に似て、実に聡明にご立派に成長されております。二度とお会いできないと思っていたお市様との再会を、心から喜ばれるでしょう」
お市「大きくなった娘たちと会えるのも、頼朝様が私たちと戦ったゆえであるなら、まこと、皮肉なものですね」
お市の方は冷静に言葉を選びながらも、牛一には江姫、初姫との対面を楽しみにしているように映っていた。
牛一「ではお市様、参りましょう。姫様たちにお会いいただけたら、某がつべこべ申し上げずとも、全てが明らかとなりましょう」
一行は長島城に到着すると、城門には城代の飯坂猫と多くの内政官の女性が丁重に出迎えていた。
猫「お市様、お待ち申し上げておりました。
江様、初様が首を長くしてお待ちでございます。
さあ、こちらへ」
お市は軽く頭を下げ、城内に案内されるままに足を進めた。城内を歩きながら、お市の方は牛一にそっと声をかける。
お市「女性が多いお城ですね……」
牛一「わが軍はこの城の優れた女官達に支えられております。城代の猫殿はじめ、ここには某同様、少し未来から来たものが多く仕えております」
お市の方は、長島城内を忙しく走る多くの女官たちを目で追っていた。
お市「ここで江と初も役立ててますか」
十代の娘の母の目線であった。
牛一は微笑みながら返事をした。
牛一「某が生きていた時の流れでは、姫様たちが、このような一つの城にて内政官として働いている事が恐れ多いほどに、ご立派なのです。姫様たちに直接お話を聞かれたらよろしいかと存じまする」
お市もかすかな喜びを表情に表し、頷いた。
長島城の廊下を静かに進み、案内していた女官が一室の襖の前で足を止めた。きっとこの先に、娘たちがいる。
信じたい、けれど信じきれない――この世に十代の娘を持つ自分が、成人した娘に会えるというのか――理屈では到底あり得ない。しかし母の心は理屈を拒み、ただ一つの願いを叫んでいた。
早く、娘たちの顔が見たい……。
案内役が襖を開けると、その奥に、二人の女性が神妙な面持ちでそわそわしながら立っている。
お市「江……初……?あなたたちが、江と初なのですわね……?」
お市の方は、ほんの僅かに震える声で呟いた。
彼女の目の前にいるのは、母親である自分と変わらぬ年で、立派な、凛とした美しき女性たちであった。
声をかけるよりも早く、母と娘の視線は絡み合った。次の瞬間、理性も疑念もすべて押し流され、頬を伝う涙があった。そこには言葉を超えた確かな絆があった。
お読みいただきありがとうございました!
史実では徳川二代将軍秀忠に嫁ぎ、三代将軍家光の母親でもあるお江。
物語の中では、お市の方の命を守るために頼朝軍に駆けつけています。
お江とお初は、この時代に来てから、ずっとお市の方に会える日を待ち続け、ようやくその瞬間がやってきました。
次回、いよいよ時を超えて、娘たちは悲劇の最後を遂げた母親と言葉を交わします。
母としての選択を重ねるお市の存在は、将来の頼朝軍に、まだ誰も気づいていない意味を与えることになるのです。
今後の展開を、お楽しみに!また読んでいただけたら幸いです!




