21-3 「生き恥」か「選択」か
徐々に心を開き、義経と言葉を交わす加藤清正。
猛獣は牙を収め、軍神は静かに語る。
義経の言葉は、確実に清正の心を動かしていた。
■言葉を交わす猛将と軍神
猛獣の牙を収めた清正は、言葉を続ける。
清正「源頼朝が亡霊となって美濃に現れた、という噂は、織田家中でも囁かれてはおったが――まさか、“牛若丸”までわしのまえに現れるとはの……!
阿国殿。
貴殿の口から、真を聞かせよ。あの、羽柴秀長、前田利家、池田恒興までもが、この者たちと共におると聞いたが、それは誠か」
阿国「はい、清正様。皆々様、『今』を生きる頼朝様に対し、心からの忠節を尽くしておいででございます」
阿国は、静かに頷いた。
阿国「この軍団が、何を志しているのか。そして、どのような家臣たちが頼朝様のもとに集い、力を尽くしておられるのか……一度清正様ご自身の目で、お確かめになられてはいかがでしょう」
清正は阿国の問いには答えず、あらためて源義経に顔を向けた。その義経を見つめる眼差しは、先ほどまで義経を睨みつけていた眼差しとは、少し様相が異なっていた。
清正「…源義経を名乗られる、貴殿の軍略には恐れ入ったところであった。あれでは、何度戦っても、わしに勝ち目はない。
本当に、軍神・源義経の亡霊と戦ったのであれば、この敗北も言い逃れができようものを……残念ながら、わしは生身の人間に、完膚なきまでに敗れたようじゃな」
加藤清正の言葉に、もはや敵意の色はなかった。
義経「いや、清正殿。互いの兵数が同じであったなら、貴殿が勝っていたであろう」
義経は、正直な気持ちを述べた。
清正「はっは! 無駄な慰めなど、無用!」
清正は、吐き捨てるように言った。
清正「兵の数など、言い訳にはならぬわ!
貴殿とて、先の小牧山では、我が軍よりも寡兵をもって、我らを散々に打ち負かしていたであろう。
戦とは、与えられた条件で勝つか負けるか、それしかござらぬ……! 誰よりもそれを良く知るのは、むしろ貴殿の方であろう」
義経「……まことに、恐れ入る」
義経は、清正の潔さに敬意を表した。
■義経の提案
義経「我らは、さらに先へと進軍せねばならぬ……」
清正「安土を落とすのか」
義経「何としても、京への道を開けねばならぬ」
清正に動揺は無かった。
義経「だが清正殿、一度、我が兄、頼朝と会ってはいただけぬであろうか。その上で、改めて貴殿の考えをお聞かせ願いたい。
我らは、貴殿の主君・信長と同様に、日ノ本の安寧を目指して戦っておる。だが、信長が目指す『天下静謐』とは、少しばかり異なる」
義経は、しっかりと清正の目を捉え、言葉を加えた。
義経「……にわかには、信じられぬであろうが、我らが貴殿らと戦うは、あの信長の命を救うことでもある。信長と共に手を携えることさえ、望む。
残念ながら、今は覇道を突き進む者とは戦わねばならぬ。だが……我らは、捕虜とした者をいたずらに殺すことは、決してせぬ。貴殿が、どうしても我らに味方することができぬのであれば、何度でも貴殿を捉え、そして解放いたそう」
清正「……我らが負けると決まったような言いようじゃの……!」
一瞬おさまっていた清正の怒気が、目の奥に燃え上がっていた。しかし、その炎はすぐに鎮火される。
清正「だが、認めざるを得まい……」
義経「恐れ入る。拙者の決意を申し上げたまででござった。拙者の言葉足らずはお許しくだされ。
だが、捕虜を殺さぬを『生き恥』と思われるか、あるいは、新たな『選択』と思われるか……全ては貴殿、清正殿次第。お心のままにお決めくだされ。
拙者個人としては、また清正殿と話ができる日が来ることを、強く望んでおる」
清正は、しばらく義経の目を凝視したまま動かずにいた。しかし突然口の端を上げ、大声で笑い始める。
清正「……はっはっは!……お前たちの大義が『選択』なのか?」
清正は縛られたまま、義経の目をあらためて睨む。だが、その声にすでに怒りは無かった。むしろ驚きと困惑が滲んでいた。
義経は静かに頷く。
義経「そうだ。我らはそれを信じ、命を懸けている……」
清正「おい、阿国殿! これは、いったい、どうなっておるのだ! この御仁は、仏か如来か何かか? それとも、ただのいかさま師か?
――まあ、良い! いかさま師でないのであれば、仏や如来には逆らうまいよ!」
義経「……感謝申し上げる」
義経は、清正に深く一礼すると、傍らの兵に命じた。
義経「加藤清正殿を、丁重に那加城までお連れせよ!道中の安全を厳重に警護せよ。」
頼朝軍衛兵「御意、義経様。これより三日の行程、万全を期します!」
義経「よろしく頼む。」
義経は衛兵に加藤清正の那加城への護送を依頼し、自らは阿国と里を伴い、再び自らの部隊へと戻っていった。
清正の眼差しは、義経と阿国の後姿を追い続けていた。
なかなか動かない清正に、衛兵は焦れていた。
頼朝軍衛兵「いい加減に立たないか!」
その言葉を聞いた清正、口の端を上げて衛兵に答える。
清正「わしが源頼朝に仕えることになれば、この国で一番に後悔するのは貴様じゃ、この雑兵が! はっはっは!」
しかし清正は、義経の言葉に従い、那加城へと向かう隊列に神妙に加わっていた。
お読みいただきありがとうございました!
命をかけて刃を交えた者同士だからこそ、分かり合える瞬間。
信長の臣下に義経・頼朝軍は何を語り掛けるのか、そして京への道筋を開くことはできるのか。
次章、いよいよ安土城の攻略が開始されます。
お楽しみに!




