19-5 猛獣、最後の咆哮
猛獣のごとく血を流しながら前進する源頼光隊。その牙の先に立ちはだかったのは、織田の老将・柴田勝家。そして長浜城の最後の城門に待つのは、弟を「裏切り者」と呼ぶ兄・羽柴秀吉だった。
咆哮と砲声が交錯する、宿命の一戦が始まる。
■長浜城攻略
姉川の砦を突破した頼朝軍に、休息の暇はなかった。
立ち上る硝煙と血の匂いが消えぬうちに、頼朝は此度の出兵の最大の目標である長浜城を見据えていた。
織田軍の増援部隊が長浜城へ続々と進軍している。迷っている時間は無かった。
頼朝「刻一刻と、状況は悪化しておる……!
織田の増援がこれ以上増えぬうちに、ただちに長浜城を、力攻めにて攻め落とす!
番場方面の味方も、限界が近いであろう!」
頼朝は、長浜城への力攻めを決意する。傷ついた部隊を急ぎ再編、姉川の砦を後にし、部隊を前に進める。
頼朝軍が長浜城下へ差し掛かったところで織田家古参の猛将、柴田勝家隊が城から打って出た。頼朝軍は織田軍の本格的な増援が到着するまで、堅牢な長浜城に籠城するものと予想していた。しかし柴田隊は、先行する頼光隊へと牙を剥く。
柴田隊が向かってくる様子を目にした頼光は、口の端を上げて呟いた。
頼光「この男が、柴田勝家……良き将なり……」
源頼光は、自らの先頭に立ち、残った部隊の兵たちを鼓舞する。
頼光「源氏の意地、見せるは今ぞ!」
傷ついているはずの頼光隊、その勢いが衰えることはなく、勝家隊に向けて進軍の速度を一気に高める。
義経「これ以上、頼光隊の犠牲を増やすわけにはいかぬ!」
義経隊も、火薬の煙を裂くように側面へ回り込み、敵の横腹を射程に収めた。
義経「射程に入り次第、一斉に撃ち込め!」
火縄の爆ぜる音と共に弾雨が横殴りに襲いかかる。
頼光隊による正面からの猛攻と、義経隊による側面からの射撃。この挟撃を受け、圧倒的な不利と判断した柴田隊は、城内へと引き上げようとする。
頼光「敵を城へ入れるな! 追え!」
頼光隊は猛然と山道を駆け上がり、柴田隊を捕捉。激戦の末、柴田隊を殲滅させた。
勢いに乗り城門へ攻撃を仕掛けようとしたその時、副将の世良田元信が頼光を制止する。
元信「頼光様、お待ちを。頼朝様が大筒を準備しておられますが、護衛がございません……」
頼光「むぅ……目の前の敵を倒すことに、必死になりすぎておったわ……。世良田殿、よくぞ申してくれた!」
頼光は、頷いた。
頼光「よし! 全軍一旦山を下り、頼朝隊の援護に回る!」
元信「お聞き届けいただき、感謝いたします!」
頼光隊と義経隊は山道を駆け下り、大筒を建設する頼朝隊の周囲に布陣する。
やがて砲撃が開始され、三の丸城門が粉砕された。
しかしその矢先、逆方向から城内の守備隊が撃って出る。先頭に立つのは老練の名将・細川藤孝。その槍働きは重く鋭く、突撃の先頭で風を切っていた。
頼光は馬上から、あらためて副将の元信に言葉をかける。
頼光「そなたの進言のおかげで頼朝殿は守られた!参ろうぞ、元信殿!」
元信も一直線に頼朝の本隊を目指して突撃してくる細川隊を、決意の眼差しで見据えていた。
元信「はっ!存分に暴れましょう!」
長浜城の麓にて牙を研いでいた“猛獣”頼光隊は、総大将の部隊に決死の突撃をかけてくる細川隊の横腹に、鋭い牙で噛みつくかの如く部隊をぶつけていく。
頼光「頼朝隊には指一本触れさせぬ!」
頼光隊の咆哮が長浜城下に響き渡る。
頼朝隊は、細川隊が“猛獣”に動きを止められていた間、部隊を反転させ射撃の体制を整えることができた。その後方から義経隊も細川隊を射程に捉え、集中砲火を浴びせる。
細川隊は壊滅した。
頼朝「このまま二の丸を攻め落とす!急ぐぞ!」
頼朝隊は頼光隊のこれ以上の犠牲を避けるべく、狭い山道を塞ぎながら、いち早く破壊された三の丸城門を抜け、二の丸の城門へと差し掛かった。
そこには、羽柴秀吉が残存兵力を率いて待ち構えていた。
秀長は目の前に布陣する敵軍を一目見て、兄と分かった。
秀長「……兄者……」
城壁の上の秀吉もまた、眼下の敵軍の中にいる、弟・秀長の姿をはっきりと認識したようであった。
秀吉「そこにいるのは、秀長か! そのようなところで、一体何をしておるのじゃ! この、裏切り者めが!」
秀吉の怒声に対し、秀長もまた、吠えるように叫び返した。
秀長「兄者! もはや言葉は無用! 正々堂々、尋常に勝負じゃ!」
秀吉「たとえ血を分けた弟であろうが、裏切り者の言葉に耳は傾けぬ! 信長様の力を思い知るがよい!」
しかし頼朝隊は容赦なく、秀吉隊に鉄砲の一斉射撃を浴びせる。後続の義経隊も加わる。おびただしい砲撃を受け、秀吉隊もまた、成す術なく壊滅していった。
あれほど憎み、敵対した己の弟・義経は、今の時代では兄を助け、共に戦ってくれている。
一方、共に手を取り合って戦っている秀長は、敵対する実の兄を、今、自らの手で殲滅した。
頼朝は秀吉隊が殲滅する様子を目にしながら、一人呟いていた。
頼朝「なんと、皮肉なことよ……」
守備隊が、ほぼいなくなった長浜城。それを、頼朝軍が完全に落城させるまでに、もはや時間はかからなかった。
■頼光隊退却
短時間の力攻めで長浜城の防衛設備は完全に破壊され、頼朝軍が入城した時には防御能力は無きに等しい状況であった。
斥候からの早馬が、再び駆け込んできた。
伝令「申し上げます! 織田軍の増援、長浜城下へ急速に接近中!」
頼朝「長浜に織田が到着するまで、いかほどの時がかかる!」
伝令「はっ! おそらくは、三日のうちには、城下へ!」
頼朝は、急ぎ、長浜城内にて、秀長、義経、そして頼光と、対応を協議した。
秀長が、厳しい表情で提案した。
秀長「これ以上の犠牲は避け、一刻もはやく番場の味方と合流せねばなりませぬ。迎撃の態勢を整えて次の一波を退けても、増援は続くでしょう。
…ここは、一か八か夜襲を仕掛け、勢いを挫くのはいかがでしょう」
頼光が、いち早く賛同した。
頼光「良き考えじゃ! 夜襲とあらば、我が隊に任せよ!」
だが、義経が異を唱えた。
義経「お待ちくだされ。頼光殿の部隊は、先の姉川での戦いですでに大きな犠牲を払われました。これ以上の損耗は、看過できませぬ!」
頼光「いや、義経殿」
頼光は、首を振った。
頼光「もはや、わが部隊はここまで。番場までお供することは出来ぬであろう。城下の敵を一掃した後、わが隊は、大垣へと退却する。
我らは頼朝殿・義経殿の犠牲を少なくして、長浜城を落とすために、ただただ前進して参った。番場の織田軍と戦い、さらに先に進むためには、犠牲の少ない義経殿の部隊の力が必要。
夜襲は、部隊が多過ぎても、かえって動きが鈍るもの。ここは我らと、頼朝殿の部隊とで、十分じゃ」
義経「……承知、つかまつった」
義経は、頼光の覚悟を汲み、頷いた。
義経「では、夜襲はお任せいたします。…ただし、何かあればこの義経も駆けつけまするゆえ」
頼朝「うむ、そのようにいたそう」
頼光と義経のやり取りに耳を傾けていた頼朝も頷いた。
頼朝「それでは、頼光殿。準備が整い次第、参ろうではないか!」
頼光「頼朝殿、感謝申し上げる!では今宵、もう一暴れいたしましょうぞ!」
■長浜城下、夜襲
その日の夜半。
闇夜の中、頼朝軍の火はことごとく消され、頼朝隊・頼光隊の精鋭は、密かに長浜城から下山息を潜めて進軍する。
敵陣のかがり火だけが、ぼんやりと輪郭を照らす。その灯りを見据え、頼光たちは静かに刀の柄を握りしめた。
頼光は副将の元信に合図を送る。
頼光「参る……!」
元信「はっ!では鬨の声とともに参りまする!」
耳を澄ませば、草を踏むわずかな音すら響く闇夜――その沈黙を切り裂くように、頼光の鬨の声が放たれた。
頼光隊が咆哮とともに織田信孝隊の陣へ襲いかかる。
別方向から頼朝隊も時を合わせて突撃。敵陣は各所で火の手が上がり、混乱した織田兵は闇の中で味方を探しさまよっていた。
夜襲は見事に成功し、頼朝隊・頼光隊とも損害はわずか。織田軍の先鋒部隊は完全に瓦解した。
夜が明け、織田軍の野営地には織田軍の捕虜が並べられている。
頼朝「頼光殿。見事な働きであった。兵をまとめ、大垣城までお引きくだされ」
頼光「承知つかまつった」
頼光は、頷いた。
頼光「頼朝殿。ここで退くは、まことに無念ではあるが……。一刻も早く、番場で苦戦しておるであろうお味方の救援へ向かわれてくだされ。
道中のご武運、お祈り申し上げる!」
頼光隊が、大垣へと退却していくのと入れ替わるように、清州城から赤井輝子隊が長浜城へと到着した。
番場方面には、同じく清州城から武田梓隊が、増援として急行していた。
姉川と番場の苦境を耳にして、清州から女将たちは自らの判断で救援に出陣をしたようだった。
長浜城を確保し、後方の安全を固めた頼朝軍の主軸部隊は、番場へと軍を進めることとなった。
織田信長に常に先手を打たれながら、なんとか長浜城を落とす事はできた。しかし当初の覚悟を上回る多大な犠牲を払っていた。
(果たして安土城攻略まで行きつくのであろうか)
頼朝は奥歯を強くかみしめながら進軍する先に、続々と現れる織田軍を見据えて采を振るっていた。
お読みいただきありがとうございました!
頼光隊の獅子奮迅の働きで、長浜城は陥落した。しかし、その代償はあまりにも大きい。
番場では今も織田軍が猛攻を続けている。猛獣無き頼朝軍は、その牙を欠いたまま友軍の救援に向かうことになる――。
次回、近江攻略の鍵となる番場での攻防です、お楽しみに!
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