19-2 近江の黒き雲
頼朝にせよ、早雲にせよ、近江出兵に油断は無かった。
しかし、頼朝軍の諸将の決意をあざ笑うかの如く、織田信長は先手を打って頼朝軍を待ち受けていた。
それでも後戻りできないと判断した頼朝と早雲、歯を食いしばり、進軍の速度を上げる。
■頼朝軍出陣
那加城下の頼朝から、各城へ出撃の命令が下された。
頼朝軍は近江国へ進軍を開始する。しかし、関ヶ原に差し掛かり、山あいから琵琶湖・近江の景色が開けたまさにその時であった。
前方の街道筋から、土煙を上げて迫りくる、おびただしい数の軍勢が目に入る。これまで頼朝領内に攻め込んできた黒雲のような軍勢は、此度は京への道筋を塞ぎ、埋め尽くす黒雲となっていた。
斥候より次々と連絡が飛び込む。
「 織田軍、大挙して、こちらへ向かってまいります! 数、不明!」
「羽柴秀吉隊、姉川の手前、砦を構え、我が軍を待ち受け!」
「織田の大軍、番場に砦を構え布陣! その数、およそ五万!」
「番場より織田軍が、長浜方面へ向け、さらに進軍を開始!」
頼朝は、思わず舌打ちした。
頼朝「…我らの動きを、完全に予測していたというのか! 信長めに、ことごとく先手を打たれておるではないか!
かつて、我らは小牧山の砦に籠って奴らを撃退したが、此度は織田が堅固な砦に籠り、我らを待ち構えておるのか……!」
秀長「も、申し訳ございません、頼朝様!此度もまた、拙者の見立てが甘く……!」
傍らに控える秀長が、顔面蒼白となり、頼朝に詫びる。
頼朝「いや、秀長。そなたを責めておるのではない」
頼朝は、首を振った。
頼朝「信長もまた、我らが京へ上ることを、当然警戒し、備えていたであろう。これほどの迅速な動き、さすがと言うべきじゃ。
だが……!」
頼朝は、前方を睨みつける。
頼朝「たとえ、先手を打たれたとて、ここで退くわけにはいかぬ! 全軍、進軍を止めず、前へ! 何としても、長浜城は攻め落とさねばならぬ!」
秀長「御意!」
■織田軍の猛攻と後手を踏む頼朝軍
番場方面の先鋒・北条早雲隊も、織田の大軍が強固な砦を構え、万全の態勢で待ち受けている状況を目の当たりにした。
(織田も備えているとは思うたが、佐和山城下まで進むどころか、番場の手前で足止めとは……)
早雲は、目の前に広がる景色を睨みつける。
(何としても番場までは進軍し、長浜方面へ向かう織田軍を、食い止めねばならぬ。長浜城を攻める頼朝殿が危ない……!)
早雲は、迅速に決断をする。
早雲「織田軍を押し戻さねばならぬ……!
全軍、このまま進軍を続けよ! 敵と遭遇次第、全力をもって突撃をかける!」
さすがの老将・北条早雲も、予想を超える織田軍の迅速な展開と、周到な備えに歯ぎしりをしながらも、正面からの力押しを選択せざるを得なかった。
早雲「桜殿! ここに至っては、もはや小細工は通用せぬ!」
早雲は桜を見据えながら、厳しく言葉を継いだ。
早雲「ただひたすら、目の前の敵を押し返すのみぞ!」
源桜が、北条早雲のここまで厳しい表情を見るのは、初めてであった。
早雲「我ら騎馬隊が、ここで少しでも多く、長く、織田軍を食い止めねばならぬ。
長浜城に向かう織田軍を止めねば長浜城は落とせぬ。
後方にトモミク殿も、里見殿も控えてはおられるが、あの者たちは、安土城攻略というこの後の大切な役目がある。
じゃが……ここで我らが押し込まれるようなことになれば、長浜城どころか頼朝殿が、背後から挟撃されることとなる。
よって、彼女たちには攻めかかる敵のみ撃ち払ってもらう。
良いか、桜殿。この戦線を押し戻すのは、我ら騎馬隊じゃ! 我らの本当の力が試されるはここぞ!」
桜「はい、早雲様! 承知いたしました!」
桜は、きりりと表情を引き締める。
桜「我が騎馬隊、これより突撃の態勢に入ります!」
早雲「うむ!」
早雲は、力強く頷く。
早雲「しかし、重ねて申す!引き際を見極めること、それもまた良き将たる者の大事な心得なるぞ!」
桜「はい! 父上を京へお連れしたく、そのためにも、この命、落としはいたしませぬ!」
早雲「良い心がけじゃ!」
早雲は、桜が単なる猪突の武将でないことを確認し、ひそかに安堵した。そして、厳しい眼差しを桜の進む方向に向ける。
早雲「この先は街道が狭まる、一本道じゃ。敵に左右から挟撃される恐れはない。ただ目の前の敵を打ち倒すのだ……頼んだぞ、桜殿」
桜「はい!」
桜は、深く頷くと、早雲のもとを離れ、自らが率いる騎馬隊の先頭へと馬を走らせる。
桜「皆さま!これより、前面の織田勢へ、突撃をかけます! この源桜に続いてください!」
桜は、そう叫ぶと、自らの愛馬の腹を強く蹴り、力の限りに鞭を打ち、眼前に迫る黒々とした織田軍の陣へと、猛然と突撃を開始する。織田軍の陣は頼朝軍の攻撃に備え、槍の穂先が林立し、赤母衣の軍旗が荒風にたなびく。
早雲は後ろに控える谷衛友に目配せをした。早雲の意図を受け取った衛友も桜に続いて出撃する。
(此度の戦は厳しい。何があっても無事に戻るのじゃ、桜殿……)
早雲の眼差しは、敵陣に猛然と攻めかかる桜の後姿を、いつまでも追っていた。
読んでいただきありがとうございました!
常に寡兵で織田軍と戦ってきた頼朝軍団は、策も無く力と力のぶつかり合いを選択することになりました。百戦錬磨の北条早雲と源頼光が先陣を切り、風穴を開けることができるのか!
次回も緊迫の展開です、お楽しみに!
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