18-4 新たな戦いへの覚悟
上杉景勝をけしかけ、頼朝にあらたな決意を促そうとしていたのは、北条早雲であった。
それでも頼朝はこの時代で得た新たな”友”早雲と語らい、自らの決意をさらに強める事となる。
■仕掛け人、北条早雲
早雲「ところで、頼朝殿」
北条早雲が、酒を一口飲み、真剣な表情で切り出した。
早雲「秀長から伺いましたぞ。頼朝殿が、ついに大きなご決断をなされた、と」
頼朝「…早雲殿はトモミクから、どこまで聞かれていたのか?
わしはまだ、整理がついてはおらぬ。だが――京へ上り、天下に号令をかける――我らが進むべき道はそれしかあるまい」
早雲「頼朝殿」
早雲は、静かに頷いた。
早雲「わしもトモミク殿から過去やら、未来やら、断片的に聞き及んでおりまするが……いやはや、年を取ると、どうにも難しきことは……。
この老体に、京へ上り、天下を差配しようなどと考える器量はござらぬ。しかし頼朝殿であれば、必ずや、それが成せるであろう。わしは、そう信じておりまする。
この早雲、どこまでも、頼朝殿についてまいりまするぞ……!」
頼朝「…しかし、早雲殿」
頼朝は、口端を上げながら悪戯っぽく笑った。
頼朝「正直に申せ。わしに将軍を熱心に勧めてきた景勝殿を、裏で焚きつけたのは、早雲殿であろう」
早雲「がっはっはっは! さすがは頼朝殿! お見通しでござったか!」
早雲は、頭を掻きながら笑い出した。
早雲「いやいや、これは失礼つかまつった!
しかし、頼朝殿。景勝殿はわしごときにたぶらかされ、偽りを申される方ではありませぬぞ。あの御仁は、父君・謙信公の『義』の思いを、強く受け継いでおられる。この乱世を心より憂い、正しき道を模索しておる。
わしは、その景勝殿と兼続殿に、頼朝殿の話を、ほんの少しお伝えしただけでござるよ! がははは!」
頼朝「……まったく。早雲殿には、恐れ入るわい」
頼朝も、つられて笑った。
頼朝「だが、早雲殿が申される通り、景勝殿の言葉に偽りは無かった。その景勝殿の言葉に、この頼朝の心も大きく動かされたことも、また事実。
そして……景勝殿の言葉によって心動かされた者が、もう一人――ここにもおる」
頼朝は、傍らで静かに酌をしている出雲阿国へと、目線を移した。
阿国「はい」
阿国は、にっこりと微笑んだ。
阿国「わたくしも早雲様の計略に、まんまと乗せられてしまったようでございますね」
出雲阿国は、そう言いながら立ち上がり、今度は早雲の盃に恭しく酒を注いだ。
早雲「それは、ようござった、ようござった!」
早雲は、満足げに頷いた。
早雲「阿国殿、ご決断されたか。それは何よりじゃ。
頼朝殿、これまで何も知らされぬまま、さぞかしお苦しかったことでありましょう。――もっとも、知ったとて、さらにお苦しいことなのかもしれませぬが。
それでも、よくぞ、ご決断くだされた。この早雲、改めて、頼朝殿のために尽くしますぞ!」
頼朝「……恐れ入る、早雲殿」
頼朝は、深く頭を下げた。
頼朝「那古野城を落とし、近江を落とし、京への道を開けるつもりじゃ。だが、近江を落とすことは、決して容易ではあるまい。
これまでの戦いのほとんどは守るか、敵が弱ってから攻め取っていた。織田が守りを固めた大垣城はあれ程までの苦戦であった……
近江は織田の心臓。今までにない苦戦を覚悟せねば。
それでも近江を抑えねば、その先の京へは進めぬ」
頼朝は決意を込めて、早雲に心の内を明かした。
早雲「近江を攻める際、是非とも、この早雲に先陣をお申し付けくだされ」
早雲は、きっぱりと言った。
早雲「頼朝殿の申される通り、信長はこれまでに無く、必死の抵抗を見せましょう。この老骨の部隊が、どこまで踏みとどまれるかは分かりませぬが、織田の主力をある程度食い止めることはできましょう。その間に、頼朝殿は手薄となった長浜城を、一気に落とされたらいかがでござろう」
頼朝「…奇しくも、早雲殿と、全く同じことを考えておった」
頼朝は頷いた。
頼朝「近江攻めの先陣は、是非とも、早雲殿に、お願い申し上げる」
早雲「ははっ! 承知つかまつった! 桜殿と共に、最善を尽くしてまいりますぞ!」
頼朝は早雲の言葉を耳にして、表情を少し和らげて口を開いた。
頼朝「だが、早雲殿、先は長い。
此度の近江攻めで、決して無理はなさるな。織田の反撃はこれまで目にしたことの無い激しいものとなろう……危うくなったら、躊躇うことなく、直ちに軍を退いていただきたい。
此度落とせずとも、いずれ必ず、近江を落とす」
頼朝は早雲の横に控える桜にも、目を移した。
頼朝「桜も、よう心得ておくが良い。片意地を張り、命を危うくしてまで戦場に残り続けるでない」
桜「はい、父上!」
桜は、力強く頷いた。
桜「ですが、わたくしたちは、決して負けませぬ……!ご心配には及びませぬ!」
頼朝「…頼もしいことよ、桜」
頼朝は、微笑んだ。
頼朝「しかしな、桜。『決して負けぬ』、その気持ちが、時として最も危ういことともなるのだ。
戦に負けることは、決して恥ではない。この父などは、初陣で家が滅び、旗揚げをしてからも惨めなものであった……しかしその度に、命を拾うことができたからこそ、こうやって桜と夕餉を楽しむことができておる」
早雲「がははは!」
早雲が、快活に笑った。
早雲「頼朝殿、どうぞ、ご心配なさらずとも! 桜殿が危なくなったら、それこそ、一目散に退きますわい!
頼朝殿が、京への道を決意されたのです。その道のりを、この目で、最後まで見届けぬうちに、わしも桜殿も近江ごときで命を落とすわけにはまいらぬ!」
頼朝「…それを聞いて、安堵いたした」
頼朝も、笑顔で応えた。
頼朝「京へ進めたとして、その先の朝廷も簡単にはゆかぬ。長き道のりには早雲殿、そなたの力が、どうしても必要じゃ」
深く平服する早雲に、出雲阿国があらためて酌を持っていた。
■近江出兵前哨戦:那古野城攻略
天正十二年(1584年)九月。
近江出兵前に後顧の憂いを断つため、頼朝軍は東方に唯一残された織田の拠点、尾張の那古野城へ総攻撃を開始した。
清州城、そして犬山城から、総勢六万あまりの軍勢が出陣する。
孤立し、援軍の当てもない那古野城攻略に、これほどの大軍は必要ない。だが、可能な限り迅速に、かつ兵の消耗も少なく那古野城を落とし、近江攻略への準備を進めたかった。
清州城からは、二つの狙撃隊。赤井輝子隊、そして、此度が部隊長としては初陣となる武田梓隊。
犬山城からは、二つの突撃隊。太田道灌隊、そして犬塚信乃隊。
これら四つの精鋭部隊が、那古野城へと殺到した。
赤井輝子隊、武田梓隊の砲撃が城壁を揺るがし、火の粉が舞い散る。
間もなく城門を破壊し、太田道灌隊、犬塚信乃隊が突入する。
加藤清正率いる若武者たちも必死に応戦するが、大群の絶え間ない射撃に城兵の士気は削がれた。
――九月末には、開城の白旗が、那古野城に掲げられた。
京へ。
いよいよ、頼朝軍が、本格的に動き出す時が、迫っていた。
読んでいただいてありがとうございました!
いよいよ頼朝軍は近江攻略を目指して動き出します。
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