16-1 上杉家との婚姻
伊勢・信濃で炎をくぐり抜けた頼朝軍は、いま〈刀〉から〈縁〉へ舵を切る。
徳川の影が揺れる国境を越え、三大名の絆が張られるその瞬間――
南信濃で迎えた上杉の姫は凛乎たる弓。婿坂田金時は、戦より強い震えを覚える。
だが、姫の影に立つ二振りの“刃”を、誰が予見したか。
■弓姫の出迎え ―南信濃への出陣―
天正十二年(1584年)四月――。
頼朝は上杉景勝の娘・弓姫を迎え入れるため、一万五千の軍を率いて南信濃の飯田城へ向かった。
徳川の妨害を警戒しての、大軍勢であった。
上杉家も当初は弓姫が飯田城に到着する予定を三月と打診をしていたが、同様に徳川を警戒してか、軍勢を同行させた。当初の予定より大幅に遅れての飯田城への到着であった。
飯田城――。
まだ寒さが残る南信濃、凛とした空気が張り詰めていた。
飯田城の城門をくぐると、すでに越後から到着していた弓姫と、彼女を警護する上杉家の武者たちの姿があった。
鎧の鳴る音すら静まり返るなか、頼朝は馬上から静かに降り、雪の残る石畳を踏みしめて、城門前へと歩を進めた。
頼朝「源頼朝である。姫君におかれては、遠路よう参られた」
その声は朗々と響き、城門前の兵士たちに緊張と安堵を同時に走らせた。
頼朝「これより美濃までの道中、我が軍が責任を持って姫をお守り申し上げる。どうかご安心を」
弓姫は寒さの中でも毅然とした姿を保ち、深く頭を下げて応えた。
弓姫「上杉景勝が娘、弓にございます。お迎え、まことに痛み入ります。
道中、何卒よろしくお願い申し上げまする」
その姿勢、声の張り、凛とした佇まい――
どれを取っても、頼朝は深い印象を受けずにはいられなかった。
(……なるほど、早雲殿が“並の姫ではない”と言ったのも、道理であったか)
その澄んだ迷い無き眼差しは、芯の通った武家の誇りを感じさせるものだった。
傍らには、上杉家の武者たちが控えていた。
中でも、二人の男が、頼朝軍を値踏みするように無言で鋭い視線を投げかけている。
上杉の男A「……ふむ。さすがは、織田を退け続ける軍よ。装備の統一度、陣形の乱れなき行軍……噂に違わぬ精鋭ぞ」
上杉の男B「うむ。軽く見てよい相手ではない」
その頃、南信濃国境では、懸念していたように徳川軍の布陣が確認されていた。
現段階では、距離を取りながらの布陣、すぐに対峙する雰囲気は無さそうであった。
弓姫を迎えた頼朝軍は、そのまま整然とした行軍で美濃へ引き返していくと、徳川軍も南信濃国境から兵を退いて行った。
■那加城の勇猛なる婿
那加城の本丸・評定の間では、頼朝と正室の篠、義経とその妻・梓、筆頭家老の羽柴秀長、婿となる坂田金時、その一門の長・源頼光、外交に尽力した前田玄以らが揃い、姫の到着を待っていた。
坂田金時は異様に緊張し、全身を震わせていた。その様子に、源頼光が叱咤する。
頼光「金時!小童のような姿をさらすな。我が一門の恥ぞ!」
金時「は、はいっ! し、しかし、この震えが……止まりませぬ!」
戦場での勇猛な金時を知る一同に、笑いが広がった。
■上杉家警備隊
一方、上杉弓が到着し、休息を取っている一室へ、出雲阿国が、迎えに上がった。
部屋の前には、弓姫を越後より警護に同席してきたであろう、ただならぬ威圧感を放つ二人の武者が、微動だにせず控えている。
阿国「頼朝様が、評定の間にてお待ちでございまする。ささ、姫様、こちらへ。この出雲阿国がご案内申し上げます」
すると阿国が弓姫に近づくのを阻止するがごとくに、屈強そうな上杉の警護の男が口を開いた。
上杉の男「うむ、かたじけない。…しかし、待たれよ。我らも、同席させていただきたい」
有無を言わせぬ威圧感であった。控えていた二人の男が、静かに、しかし鋭く阿国に詰め寄った。
その、尋常ならざる気配と眼光に、さすがの阿国も、珍しく僅かに動揺した表情を見せた。しかし阿国はすぐに何かを察した様に、はっとした表情を見せ、警護のものたちに口を開いた。
阿国「……貴殿たちは……もしや!」
その鋭い眼光と威風――阿国の脳裏に浮かんだのは、かつて京都で見た、ある若き大名の姿だった。
評定の間に張り詰めた静けさが漂う中、やがて障子が静かに開かれ、出雲阿国が姿を現した。
阿国「皆様。上杉弓様、お成りにございます」
その声に、評定の間に控える者たちの視線が一斉に阿国へと集まる。阿国の後ろから、上杉弓が静かに現れた。彼女の身のこなしには一切の無駄がなく、武人のような気迫が、その端然とした姿に宿っている。そして、その両脇には、ただならぬ威圧感を纏った二人の武者が、ぴたりと寄り添っていた。
弓姫が歩み入ると同時に、上杉家との外交を担っていた前田玄以が、目を見開いて叫んだ。
玄以「こ、これは……! まさか……!
景勝様! そして兼続様ではございませぬか!」
そう、弓姫の警護と称して現れたその二人の武者は、他でもない上杉家当主・上杉景勝と、筆頭家老・樋口兼続その人だったのである。
弓姫の背後に現れた景勝と兼続――武威と理が同席した瞬間、婚姻は儀礼から盟約へ姿を変えた。
だが〈縁〉は〈重荷〉でもある。絆が増せば、守るべき民も戦線も膨らむ。
次章──当主みずから婿を値踏みする上杉流の“顔合わせ”が幕を開ける。
金時は震えを止め、頼朝は縁と覇の秤を握ることができるのか。




