14-2 源氏の血筋と頼朝の志
頼朝軍が二正面の戦に挑むその裏で、那加の城では新たな盟が芽吹いていた。
交わされた書状は、上杉・北条との婚姻の成立を告げる。
そして、名もなき出自から“源氏一門”と認められた男――秀長と頼朝の静かな誓いが交わされる。
■那加城:早雲の書状
伊勢で赤井・トモミク・渡辺の三隊が織田軍を追う最中、
那加城には北条早雲からの早馬が到着した。
書状には――
「上杉・北条、いずれも婚姻を承諾す」
と、力強い一句。
*左側が上杉景勝とその娘弓。
*右側が北条氏政とその娘都。
頼朝「秀長よ、ついに上杉・北条とも縁組が整った。
そなたと早雲殿の働きがあってこそ。大儀であった」
頼朝は、安堵と喜びの入り混じった表情で、秀長に告げた。
頼朝「氏政殿も“源秀長”の評判を聞き、愛娘をと望まれたそうだ」
秀長「はっ……。恐れ多きことにて……」
秀長は、恐縮して頭を下げた。
秀長「娘・篠を、頼朝様に嫁がせることばかりに、必死でございましたが……まさか早雲殿が、わたくしまで縁談に組み込むとは…面映ゆうございます……」
頼朝「あの早雲殿が、『秀長に』と、強く推してこられたゆえな。断るわけにもいくまい」
頼朝は、笑って言った。
頼朝「これより秀長は名実ともに我ら一門、源氏の旗をともに掲げよ」
秀長「はっ! その御旗を汚さぬよう、粉骨砕身、励みまする!」
秀長は、決意を新たに、力強く応えた。
頼朝は、少し申し訳なさそうに付け加えた。
頼朝「そなたは、側室は持たぬ、と申しておったな。北条家の姫君を、そなたの妻として迎えさせること……その点については、まことに、すまぬことをした」
秀長「いえ、とんでもございません!」
秀長は、きっぱりと首を振った。
秀長「我が妻も、此度の婚姻が、我らが軍団にとって、いかに重要であるかは、十分に理解してくれております。
もともと、このような百姓上がりの拙者が、こうして源氏の一門として頼朝様のお側に仕えること自体、望外の誉れ……」
秀長は、言葉を続けた。
秀長「妻自身も、頼朝様の義母として、そして、源氏一門の妻として、それ相応の覚悟は、すでに決めておるようでございます」
頼朝「……そうか。秀長の奥方が、此度の婚礼を、受け入れてくれたこと……この恩、忘れぬ」
頼朝は、深く頷いた。
■源氏と秀長の心
頼朝は、ふと、真剣な表情に戻り、長年抱いていた疑問を口にした。
頼朝「わしには、未だに、どうしても腑に落ちぬことがあるのだ。この源氏の血筋、ただそれだけのために、なぜ、皆が、これほどの命懸けの働きを、このわしにしてくれるのか。
わし自身、源氏の末裔として、源氏の血統というものを、大切に思う心はある。しかし……『源氏』とは、それほどの価値を持つものなのか?
…もちろん、わしが知らぬ、何か深い事情があることも、あるいは、知らぬ方が、かえって良いという事情もあるであろうことも、重々、理解はしておるつもりだがのう……」
頼朝の、その率直な問いに対し、秀長は、静かに、しかし、はっきりとした口調で答えた。
秀長「我らが守るのは、血ではなく頼朝様のお心です。乱世であっても道を踏み外さぬ、その御心をこそ」
頼朝「……それは、まことに、ありがたきことであるとは思うが……」
頼朝は、少し戸惑っていた。
頼朝「わしは、まだ、何も成してはおらぬ」
頼朝は遠くを見つめながら、静かに語った。
頼朝「そなたも存じておろう。
わしは民のため、日ノ本のための一統……
その理想を追い求めるあまり、己の心は曇り、多くの罪なきものたちを亡き者にした。
しかしもはや、日ノ本一統や将軍職への執着など……わしにはもうない。
この時代へ来て、そのように思うようになった。
我ながら、まことに不思議なことよ。」
秀長は頼朝の言葉に耳を傾けていた。
頼朝「……いや」
頼朝は、ふっと我に返った。
頼朝「すまぬ、秀長。少し、言葉が過ぎたようだ。今の話は、戯言であったと、聞き流してくれ」
秀長「いいえ、頼朝様」
秀長は、穏やかに、しかし、確信に満ちた声で言った。
秀長「我らは武田家のためでも、源氏の血のためでもない――頼朝様、その御志を守り抜くために戦っております。
そして……、
いつの日か桜様や篠に御子が生まれれば、その血筋こそ未来永劫お守り申す所存」
頼朝は目を伏せ、わずかに笑った。
頼朝「ありがたきことよ……。
しかし現実は苛烈じゃ。
日ノ本を治める大望より、目の前の武田、我らの僅かな領土を守り抜く方がはるかに難しい。まずは伊勢と南信濃を固め、次の一手を皆で考えようぞ」
秀長「御意。まずは二方面の守備を盤石に――。
その先に、頼朝様の“新しい国”が見えて参りましょう」
夕暮れの障子をすすきが揺らし、 秋風が、主従二人の覚悟を確かめるように吹き抜けた。
――志はまだ炎の芯にある。だが、それを灯し続けるには、あまりにも風が冷たかった。
血ではなく志が人を動かす。
篠の父として、秀長は“源秀長”の名を引き継ぎ、頼朝の大望を静かに支える。
次章、二正面の戦は激化の一途をたどる。
焦点は信濃へ――救援の刃は間に合うか。




