12-4 鉄火の帰還
鉄砲が唸り、城が吠える。
長島城を奪い返した二人の女将と、悠然と戦場を去る北条早雲――
しかし信長の執念は尽きず、第二の大軍が迫る。
勝利の凱歌は、まだ遠い。
■北条早雲隊、“米のため”戦線離脱
トモミク隊と赤井輝子隊が長島城を降伏させた報が届く頃、桑名では、北条早雲隊がなおも織田の大軍を相手に孤軍奮闘していた。
だが、実際にその戦況が目に入ったとき、誰もが予想だにしなかった光景がそこに広がっていた。
北条早雲隊は、あれほどの大軍を、文字通り“悠々と”薙ぎ払っていたのだ。
早雲隊の兵数・装備はいずれも決して万全ではなかった。大垣城攻略の直後であり、編成の余裕もなかったはずだ。それでも、早雲隊の手にかかった織田軍はことごとく壊滅、あるいは潰走に追い込まれていた。
*伊勢方面から大挙して押し寄せる織田軍(左下から数珠繋ぎの赤い軍勢)
*赤い織田の軍勢の先端で迎撃を続ける北条早雲隊(中央右上の青い軍)
*長島城(右上)を落としたトモミク隊と赤井輝子隊
その様子を馬上から見下ろし、早雲は深く息を吐いた。
早雲「ふん、懲りぬ奴らよ。信長の兵とは、まさに化け物どもじゃな……」
だが、直後、桜が長島城の方角を指差し、声をあげた。
桜「早雲様! 見てください、あれを! 長島城天守に、源氏の旗が……! トモミク様と輝子様が、ご無事で!」
早雲「ほう! あの女子たち、やりおったか! がははは!」
その声を聞いて駆け寄った副将・谷衛友が、問いかける。
衛友「早雲様。これよりいかがなさいますか?」
早雲は、一拍おいて呟いた。
早雲「……もう少し、遊んでやりたかったが……まあ、仕事は終いじゃ」
そして、全軍に響くような声で命じる。
早雲「桜殿! 関ヶ原の頼朝様に『長島落城。我が隊、退却す』と伝えよ! それと、あの女子たちには、長島城に鉄砲を並べておくよう言伝を頼む!」
桜「……退却、でございますか?」
早雲「そうじゃ。米が尽きる前にな」
桜「しかし、まだ織田の兵が……!」
早雲は微笑み、桜の頭を軽く撫でた。
早雲「……もう、守るべき城は落ちた。桑名に留まる意味はない。
攻め来るならば、我らが再び相手をしてやろう。背後からは、あのおそろしき女子たちが追ってくるのだ。……わしなら、願い下げじゃな。
――しかし油断はせぬぞ」
早雲の命に従い、北条隊は整然と撤退を開始した。
その様子は、まるで武者の凱旋――いや、気ままな散歩の帰途のごとく、悠々たるものだった。
■長島城下の鉄砲隊
伝令を受け取ったトモミクと赤井輝子は、桑名には向かわず、すぐに長島城下に布陣し、鉄砲隊を整列させていた。やがて、戦場を立ち去る早雲隊の姿が城壁の上からも確認できた。
輝子「……あの爺さん、引き上げてるよ! まったく、いい度胸してるじゃないか!」
トモミク「……けれど、早雲様のことです。あえて、今ここで引くべきと見抜かれたのでしょう。きっと……織田軍も、そう簡単には攻めかかれないと」
輝子「だといいけどさ!」
そう言いながらも、輝子はにやりと笑った。
輝子「この城は、守るには悪くない。一本道でしか攻め入れないし、鉄砲さえ並べときゃ、何日でも遊んでやれるってもんさ!」
トモミク「輝子様とご一緒なら……心強い限りです」
輝子「そりゃどうも、空から来た姫!」
輝子はトモミクの肩を叩き、高らかに笑った。
輝子「よーし! 鉄砲隊をずらりと並べて、客人を迎え撃つ準備と行こうじゃないか!」
■織田軍の掃討、そして――
織田軍は、長島城に続く一本道に次々と部隊を繰り出し、波状攻撃を仕掛けてきた。
輝子「順番待ちしてやって来るとは、律儀な連中じゃないか。いい的だ!」
トモミク「はい。損耗も少なく押し返せます」
それでも、トモミク隊にも赤井輝子隊にも多くの新兵が急遽配属されていた。どこまでも続く黒雲が怒涛のごとく攻め込んで来る様をまのあたりにして、怯んでいる将兵も多かった。
トモミク「慌てなければ大丈夫です、皆さま!十分引き付けてください……」
間もなく織田軍の第一陣が射程に入って来た。
トモミク「今です、第一列、一斉に放ってください!その後、隊列を入れ替えて断続的に……!」
集中した鉄砲の斉射により、攻め寄せる織田軍は次々と撃退された。
城壁に並ぶ無数の銃口が、次なる来襲者を静かに待ち構えていた。
そして四月末、織田軍はついに伊勢方面へと撤退した。
長島城攻略作戦は、被害も少なく、秀長の策通り、短期間での完遂を果たした。
だが、その凱旋の直後――
■新たな脅威、再び
清州城へ向かっていた赤井輝子の前に、一騎の斥候が駆け寄り、報せた。
斥候「報告いたします! 織田の大軍、およそ三万が、再び長島へ向けて進軍中とのこと!」
輝子「なっ……!」
馬を止め、輝子は天を仰いだ。
輝子「……あの大軍、まだ用意してたってのかい……! ったく、織田の国力は底なしってか!」
振り返ると、輝子は鶴姫、牛一へと命じる。
輝子「聞いたね! あたしたちが今、一番近い! すぐに長島へ引き返すよ! 援軍の要請? ああ、頼朝様にも伝えてくれ――でもね、こう言っときな! 『援軍はいらない』ってね!」
輝子は、静かに呟いた。
輝子「……米が無いんだよ、あたしたちには」
奥歯を噛みしめながら、輝子は再び長島へ馬を走らせた。
戦はまだ終わっていない。
幾度撃退しても、織田の大軍は、容赦なく押し寄せてくる――。
短期決戦は、成功に終わった。
だが兵糧の現実と、尽きぬ織田の兵が、頼朝軍を再び試す。
輝子は、誰よりも早く気づいていた。戦いの終わりではなく、始まりを――
次章、長島再攻防戦、開幕。




