12-2 “軍師”秀長
軍略こそ、第二の戦。
包囲網の綻びと混乱のなか、秀長が立案した奇策――
三枚の盾と、一振りの刀。
限られた兵糧と時間を超えて挑む、短期決戦が、今、動き出す。
■兵糧無き策
「……そなたは、この状況を、どう見て、どう動くべきと考えておるのだ」
ようやく怒りを収めた北条早雲が、羽柴秀長に視線を向けた。
秀長は気を取り直して、諸将に語り掛けた。
秀長「…我が領内は、先の大垣城攻略からこの半年あまりで、目覚ましい回復を遂げております。
大草城の経済の活性化もさることながら、もともと豊かだった清州城・大垣城はさらに発展し、民も集まり、新たに志願してくる兵も格段に増えました。予想以上に兵力も回復いたしました。
しかしながら、遠く甲斐や越前まで、援軍を派遣するまでには至りませぬ。兵も兵糧も足りませぬ。
ただ……」
秀長は、地図を指し示した。
秀長「織田も、徳川も、主力をそれぞれ越前、そして甲斐・駿河方面へと派遣しております。我らが、今、予期せぬ行動を起こせば、陽動となり、結果として友軍の助けとなるでしょう。
そこで……
この機を捉え、伊勢長島城を攻め落としたい、そのように拙者は考えまする」
その大胆な提案に、評定の間が、再びどよめいた。
秀長は、落ち着いた口調で、その策の意図を説明する。
秀長「まずは、落ち着いてお聞きくだされ……」
秀長は現状を整理した。
1)徳川に関する見立て:頼朝軍領内に侵攻を仕掛ける可能性は低い
-武田に勝利したとしても、現状の兵力で、そのまま武田領内深くを蹂躙できない。
-我が軍の東美濃へ侵攻してきたとしても、かの地の守備隊、那加・犬山の軍勢をもってすれば、十分に撃退可能。
-大草や犬山へ侵攻した場合には、我らの主力で撃退可能。
2)織田軍に関する見立て:主力が越前方面に出払っているのは好機
-手薄な伊勢の長島城へ攻め込めば、越前へ派遣している兵を伊勢に割かざるを得なくなる
-陽動にもなり、上杉家を助けることに繋がる
-この機に長島城を落とせる可能性が高い
秀長「そこで、我が領内の、動員可能な主力部隊『全軍』をもって、伊勢の攻略にあたるべきと考えます」
秀長は現状の説明の後に、作戦概要の説明に入ろうとした。
しかし諸将から再びどよめきの声が上がり、作戦概要どころでは無かった。
道灌「な、何と! 全軍で、とな!? しかも、今はまだ冬。
兵糧の蓄えも、決して十分とは言えぬはず。全軍を動かすだけの兵糧が、果たして足りるのか?
順調に国力が回復しているとは申せ、がら空きの城を織田や徳川に攻め込まれては、太刀打ちできまい……」
先の連戦で、頼朝軍の兵糧事情が、極めて厳しいものであることは、誰もが理解していた。
秀長「はい、道灌殿お察しの通り、兵糧には、全く余裕はございません。
また、全軍を長島城のみに振り向ける、危険な作戦は考えられませぬ」
秀長は認めた。
諸将は秀長の現状認識がみなと一緒であるにも関わらず、なぜ長島城攻略を提案しているのか不思議であった。
秀長はまず作戦の要件を伝えた。
1)あくまで短期決戦。
2)長島城を、可能な限り迅速に、攻め落とす。
3)もし、攻略が長引くようであれば、潔く退却。
4)最悪、長島城が攻略できなかったとしても、上杉を救うための陽動の目的は達せられる。
秀長「此度の我らが戦うべきは”時間”でございます」
■拝命”軍師”秀長
輝子「へえ! 秀長にしちゃあ、随分と思い切ったじゃないか!」
赤井輝子が、身を乗り出して秀長に迫った。
輝子「それで? 具体的に、どうやって長島を”短期間”で落とすってんだい? 聞かせてもらおうじゃないか!」
秀長「はっ」
秀長は、用意していた作戦図を広げた。
秀長「“盾”三枚、“刀”一振り──これが骨子にございます。
まず”盾”三枚についてでございますが、
① 関ヶ原:頼朝隊・太田道灌隊で近江からの侵入を塞ぐ
② 桑名:早雲隊が伊勢口を塞ぐ
③ 遊軍:義経隊八千が遊軍。
そして“刀”は──トモミク隊と赤井隊。長島城を五日で落としてもらいます」
*秀長の戦略
*盾の部隊
那加城頼朝隊(右上)、犬山城の太田道灌隊(右中)は、関ケ原(左上)にて近江からの織田軍の進軍を塞ぐ。
大垣城の北条早雲隊(左上)は桑名(左下)にて、伊勢路からの織田軍の進軍を塞ぐ。
*刀の部隊
岐阜城のトモミク隊(中央上)と清州城の赤井隊(中央下)が、長島城(左下)を攻略する。
普段は、何かと秀長に噛みつくことが多い赤井輝子であったが、此度の、大胆極まりない作戦計画には、興奮を隠せない様子であった。
輝子「ははは!見直したよ、秀長!面白いじゃないか、”軍師”様。
この作戦、あたしは乗った! あの長島城、五日で落としてみせるよ!
…空から来た姫、あんたはどうだい?」
トモミク「はい、赤井様とご一緒であれば、きっと、時間をかけずに落とせますとも!」
トモミクも、力強く応じた。伊勢長島城を攻略する二人の女将は、この困難な作戦を、早くも快諾した。
頼朝は、老将の反応が気になった。
単独の部隊で盾となるばかりか、最も多くの織田軍の攻撃を受けるのが、北条早雲隊の受け持ちの桑名であることは、明らかだった。
頼朝「……早雲殿は、いかがか。此度の策、最も過酷な役目となる。…この頼朝も、いざとなれば、関ヶ原から兵を割き、援護する所存ではあるが……」
頼朝の気遣いに、早雲は、にっ、と口の端を上げて笑ってみせた。
早雲「がははは! 頼朝殿、ご心配には及びませぬぞ!
この秀長という男は、いつもそうじゃ――まず、わしを散々怒らせ、その舌の根も乾かぬうちに、無茶な役目を、平気でわしに押し付けてきおる。
あのように、いつもペコペコしておるが、この軍団の中で、一番肝が据わっておるのは、あの男かもしれぬのう」
早雲は、愉快そうに笑うと、頼朝に向き直り、力強く言った。
早雲「しかし、頼朝殿。此度の秀長の策、この早雲も、大いに賛成じゃ。
お任せあれ。
この老骨に鞭打ち、桑名にて織田の大軍、必ずや食い止めてご覧にいれましょう!」
頼朝「……早雲殿。かたじけない……」
頼朝は、深く頭を下げた。
早雲「トモミク殿、赤井殿! わしが時間を稼ごう。五日とあせらず、思う存分長島城を料理してくるが良かろう! がははは!」
秀長「恐れ入りまする、早雲殿!」
秀長が、これ以上ないほどに、早雲に対し平伏をしている。
頼朝「よし!これで決まった!」
頼朝は、立ち上がった。
頼朝「これより、秀長の立てた策、そして陣立てに従い、全軍、伊勢長島城攻略の作戦を実行する!
ただし、重ねて申す、戦いが長引いた場合には、早々に退却する。良いな!」
「「ははっ」」
諸将は意気高く、頼朝に頭を下げた。
最後に、早雲が、留守を預かることになる義経に向けて、声をかけた。
早雲「義経殿。此度の戦、実は、貴殿の働きが、最も肝要となるやもしれぬぞ」
義経「どうも、拙者は留守居の役目が多いですな」
義経は苦笑いをしながら、早雲に言葉を返した。
早雲「どこかの戦線が崩れたり、徳川がこの機に乗じて侵攻してきたり、那古野城に残る織田勢が、不穏な動きを見せたり……あらゆる、不測の事態が起こりうる。
その時、頼れるのは、遊軍として控える、義経殿、貴殿の部隊のみじゃ。貴殿の臨機応変な動きなくしては、我らは、安心して、それぞれの持ち場で戦うことができぬ」
義経「早雲殿、ご心配なく」
義経は、穏やかに微笑んだ。
義経「もし、何かあれば、この義経が、何とかいたしまするゆえ。早雲殿は、どうぞ思う存分、桑名にて織田の大軍を翻弄していただきたく存じまする」
早雲「がははは! それを聞いて、安心したわい、義経殿!」
早雲は、満足げに頷いた。
軍師・秀長の策に、頼朝軍は動く。
だが、その裏では、すでに“もしもの時”への備えが始まっていた。
義経の遊軍、早雲の奮戦、そして女将たちの決意。
次章、伊勢長島城へ――戦が、疾風のごとく走り出す。




