12-1 友軍のよしみと綻び ―第二次信長包囲網の波紋―
包囲網、再び――。
信長を封じるべく、上杉・武田・北条、そして頼朝軍が手を結んだ。
だが、盟の裏には綻びも潜む。
北条景虎への武田の侵攻、揺らぐ連携、交錯する想い。
岐阜城評定の間で、戦と信義を問う声が響きはじめる。
■第二次信長包囲網
聖徳寺での法要が行われた、天正十一年(1583年)二月。
かねてより水面下で進められていた、越後の上杉景勝を盟主とし、甲・相・越の有力大名が顔をそろえた織田信長への共闘、すなわち「第二次信長包囲網」とも言うべき、諸大名間の約定が効力を発する期日を迎えた。
これで越後の上杉は、越前の織田と対峙し、甲斐の武田と相模の北条と美濃の頼朝軍で徳川を包囲し、頼朝軍は織田軍との戦いに上杉と共同歩調をとりながら対峙できる。
この共闘は、織田家の脅威に対してともに手を携える、という軍事同盟であった。しかしその本当に意味するところ、これまで互いに争い、国力をすり減らしてきた武田、上杉、北条といった関東・甲信越の有力大名が矛を収め、連携する──それが第二次包囲網の肝だった。
さらに、西国で織田家と敵対し、頼朝軍とも友好的な関係にある勢力――石山本願寺の法主・本願寺顕如、丹後の一色義道らにも使者が送られ、包囲網への参加が要請された。
頼朝軍団内で、この包囲網形成に反対する者は一人もいなかった。
しかし、その矢先、想定外の事態が発生していた。
■緊急の頼朝軍評定
法要後、頼朝軍の筆頭家臣団はそのまま岐阜城へ登り、評定に臨んだ。
同席したのは、岐阜城代トモミク、大垣城代北条早雲、清州城代赤井輝子、犬山城代太田道灌、そして、那加城からは義経であった。
評定の間では、秀長が緊迫した表情で一同を出迎えた。
秀長「皆様、法要が終わったばかりの、火急のお呼び出し、誠に恐れ入ります。
上杉殿が主導する形で、新たな織田家への包囲網が結ばれたことは、皆様、既にご存知のことと存じます。
しかし、その後、由々しき事態が持ち上がっております」
秀長は広範囲な地図を広げ、実情の説明をはじめた。
秀長「まず、越前国境において、上杉軍と織田軍との間で、大規模な衝突が発生。
また、甲斐・駿河の国境におきましても、武田軍と徳川軍とが、激しく交戦中との報が入っておりまする。
これは織田・徳川側の先制なのか、それとも友軍が包囲網成立を機に攻勢に出たのか――いまだ判然といたしませぬ。
いずれにしましても、伝え聞く限りでは、友軍は、決して有利とは言えぬ戦況にある、とのことにございます」
*越前で衝突する織田軍(左からの赤い軍勢)と上杉軍(右からの青い軍勢)
*甲斐と駿河国境あたりで衝突する徳川軍(下からの赤い軍勢)と武田軍(上からの青い軍勢)
秀長は、一度言葉を切り、さらに苦渋の表情を浮かべた。
秀長「……そして、もう一つ。まことに申し上げにくい事が、起こっております」
その言葉尻を捉え、北条早雲が、低い、地を這うような声で割って入った。
早雲「……ふん。どうやら、武田信玄公の愚かなせがれ(勝頼)が、わしの曾孫である景虎(北条氏政の弟・上杉謙信の養子)を、攻め滅ぼそうとしておるようじゃな」
秀長「……! 早雲殿、すでにご存知でございましたか……」
秀長は、肩を落としていた。
*沼田城を守る寡兵の上杉景虎軍(赤井軍勢)と攻め寄せる武田軍(青い軍勢)
早雲「秀長のお陰もあっての、北条とは、何かと懇意にできるようになった。そのような情報は、わしの耳にも入ってくるわい……!」
早雲は、冷たく言い放った。
早雲「…秀長よ。上杉、武田、北条が同盟を結べば、当然、武田は景虎殿には手出しはすまい、と……そう、思っておったのであろう? 見立てが甘かったのう」
秀長「……まこと、面目次第もございません。……これまでの調整は、一体何だったのか。我が判断の甘さ、痛恨に存じます」
秀長は、返す言葉もない。
早雲「あの勝頼とかいう男は――一体どういうつもりじゃ!我らが、誰のために、これほどまでに力を尽くしておると思っておるのかのう!」
早雲の声に、抑えきれぬ怒りが滲む。
秀長「ま、まさか勝頼様も、早雲様が、こうしてご存命であるとは、夢にも思うておりますまい……」
秀長は、必死に早雲の怒りを宥めようとするが、老獪な戦国大名の逆鱗に触れてしまったようだ。火に油を注ぐ結果となった。
秀長「そのようなことを、申しておるのではないわ、秀長!」
早雲は、秀長を睨みつけた。その瞳には静かな怒りが燃えていた。
早雲「わしはな、そもそも、武田勝頼という男の、当主としての器量そのものに、大きな疑問を持っておるのだ!
氏政はあの裏切りに激怒しておった。それを我らが寝技で鎮めたというのに、今度は景虎を狙うとは──武士の面目を捨てたか!
そして、もう一つ!」
早雲の語気は、ますます鋭くなる。
早雲「東美濃を突破し、あの飯田城の、絶体絶命の危機を救ったのは、誰か!
他ならぬ、この我らが軍団ではないか。その時、勝頼は何をしておった?北条との戦いで消耗、などと言い訳をして、一兵の援軍すら送ってこなかったではないか!
これでは、飯田城で命を賭して戦った秋山殿をはじめ、武田の家臣たちに、示しがつかぬであろう……
飯田城の秋山殿も、本当は、『頼朝様が、我が主君であったならば、どれほど良かったか』と、思われていたとしても、何ら不思議はない……!」
秀長「……早雲殿の仰せ、ごもっともにございます」
秀長は、返す言葉もなく、ただ平伏するしかなかった。
頼朝もまた、武田勝頼の一連の動きには、早雲と同様、強い懸念を抱いていた。
頼朝「…義経よ」
頼朝は、隣の弟に尋ねた。
頼朝「梓には、父君勝頼殿から、事前に話はなかったのであろうか」
義経「……兄上。まことに残念ながら……」
義経は、うなだれながら首を振った。
義経「梓はひどく困惑しておりました。
梓からは、急ぎ父君へ、真意を問う文を送ってはおりますが……顔には出さぬものの、目が赤く腫れておりました」
早雲「ふん! 景虎の沼田城など、もってあと一月といったところであろう。ただし、北条からの援軍があれば話は別じゃがの……!」
早雲は吐き捨てるように言った。
早雲「北条はどう動くであろうか。
再び武田と敵対すれば、必然的に、我らや上杉とも袂を分かつことになる。しかし、黙って景虎を見殺しにするわけにもいくまい。
…わしが今の氏政の立場であれば、迷わず、再び武田に攻めかかるがの!」
早雲には、全ての状況が手に取るように見えている。だが、それ故に、今の状況に対する怒りが収まる兆しがなかった。
頼朝も口調こそ落ち着いていたが、深刻な面持ちを義経に投げかけた。
頼朝「義経、何とか勝頼殿に働きかけ、景虎殿の助命を、願い出ることはできぬだろうか」
義経「……はっ。やってみましょう。早速、梓から、重ねて文を送らせまする」
義経も事の重大さを理解しながら頼朝に返事をした。
早雲「かたじけない、義経殿!……景虎の命も、包囲網の命運も、次の判断に懸かっておる」
義経の話を耳にした早雲は、素直に義経に頭を下げた。
そして、大きく息をした後、改めて秀長に向き直る。
早雲「…秀長よ、すまなんだな。話の腰を折ってしもうた。それで、そなたは、この状況を、どう見て、どう動くべきと考えておるのだ」
秀長は、顔を上げ、居並ぶ諸将に向け、自らの考えを述べ始めた。
第二次信長包囲網、その舞台裏には友情と疑念が交差していた。
北条早雲の怒り、秀長の後悔、義経と梓の葛藤――
戦いが始まる前に、すでに動き出していた亀裂。
次章、秀長が語るべき策とは何か。
包囲の網は、再び絞られようとしている。




