11-4 聖徳寺 鎮魂の刻(とき)―それぞれの祈り―
戦いのあとに、人は祈る。そして祈りの中にしか語れぬ真実がある。
――この聖徳寺に集う心の声が、やがて新たな決断を呼び起こす。
■春まだ浅き岐阜の朝、静けさの中で
天正十一年(1583年)二月初頭。
まだ空気に冬の冷たさが残る早朝、岐阜城下の聖徳寺には、黒装束をまとった人々が静かに集まっていた。兵たち、町人たち、僧侶たち、そして頼朝軍団の家臣たちも、すべてこの日ばかりは、敵味方を問わず、命を落とした者たちのために祈りを捧げようとしていた。
境内の中央には、大垣城の戦で斃れた者たちの名が一つ一つ記された白布が、春風にたなびいていた。
その中心に、頼朝の姿があった。
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◆義経の祈り
神や仏を恨み、自らも命を絶とうとした。
兄上の役に立ちたくて、命をかけた。でも、その兄上に憎まれ、命を狙われた。
どうやって神や仏など信じようか。
それでも、今はこうやって兄上と再び手を取り合っている。
今の兄上は、昔の兄上とは違う。
拙者は改めて祈りを捧げたい。兄上のために命をかけ、そして梓を守りたい。
今はただ、兄上の傍に立ち、兄上目指す世のために歩むことが私の道。
命を散らした者たちよ。どうか、我らに、もう一度前へ進む力を……
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◆太田道灌の祈り
あれだけ尽くした主家にだまし討ちにされるところ、拾った頂いたこの命。
頼朝様の目指す世のため、命を捧げる覚悟でこの時代に参った。
それが、あれだけの将兵の命を失わせてしまったこの有様。
わしの命が救われ、代わりに多くの命を散らせるとは……
だが、失われた命は無駄にはせぬ!
今度こそ、主を支え、民の安寧を成し遂げるのじゃ……!
御仏よ、散って行った者たちの魂を、救いたまえ。
民のためにわしの命が役立つのであれば、喜んでささげようぞ……
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◆北条早雲の祈り
やることを全てやったこの老骨に、かけがえのなき友ができた。
それが、先の頼朝殿。
今の頼朝殿は何も知らぬが、ようやっておる。
若くなったとはいえ、やはり頼朝殿は頼朝殿であった……
先の頼朝殿が大切にされてた桜殿、何があろうとも育て、守る。
残り少ない命、友の思いを忘れずに、大切に生きて行こうぞ……!
わしは仏など信じぬが、今は無き友のため、友のために命を捧げたものたちのために祈るとしよう。
南無……
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◆源頼光の祈り
平安の世にて、源氏の家族のため、わしは四天王たちと必死であった。
その甲斐あり、源氏でなくては統べる事のできぬ幕府が打ち立てられ、今の世でも源氏の血筋は大事にされておる。
清和源氏の血を引く者たち、がんばっておるでは無いか。
だが、頼朝殿も義経殿も、何と過酷な運命を背負っている者たちよ。
この世で四天王たちと、もう一働き、わが遠い孫たちを支えるとしよう。
本当の戦いは、これからぞ。
清和源氏の血脈、いよいよ大河となりぬ……!
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◆羽柴秀長の祈り
……この肩の傷など、何ほどのこともありません。
痛いのは、背を預けてくれた兵たちの死。
私は策を誤りました。敵の罠に気づけず、多くの者を死地に追いやりました。
頼朝様、あなたがそれを咎めず、ただ共に涙してくださることが、心に刺さります。
次こそは、誰よりも冷静に、誰よりも多くの命を守る軍師でありたい。
それが、私にできる、供養でございます。
いずれにせよ、私が犯した罪は決して赦されないもの……!
でもわが身を御仏に捧げますゆえ、どうか頼朝様をお守りください……
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◆赤井輝子の祈り
長く生きてると、面白いことがあるもんだね。
あの鎌倉の征夷大将軍と伝説の牛若丸と一緒に戦えるんだからさ。
これも御仏の導きかい?
金山城は捨てたけど、今は清州城の主。
この不思議な縁を大事に、せいぜい頼朝様をお守りするとしよう。
こんな悲劇は繰り返したくはないけどさ、でもあの信長が相手じゃ仕方ないさ。
せめて、成仏しておくれよ。
国繁、顕長が達者でいてくれたら、私はそれでいい。
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◆篠の祈り
…若き母たちのすすり泣く声が、今も耳に残っております。
夫を、息子を、弟を失った民たちが、それでも頼朝様に微笑みを向けてくださること――
それが、どれほど尊いことか。
すべての者の心が、どうか救われんことを、願っております。
一つだけ私自身の願いもお聞き届けください。
いつの日か頼朝様が、私を桜様と同じように娘として優しくされるのではなく、女として、妻として見てくれる日を迎えられたら、とても嬉しいです……
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◆桜の祈り
父上と再び会えて、桜は幸せです。
どうぞ、父をお守りください。
それから、私を守ってくれている早雲様にもご加護を。
母上、見守ってくださいね……
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■トモミクと阿国、祈りの対話
法要の終わり、阿国とトモミクが、わずかに離れた境内の隅で言葉を交わしていた。
トモミク「阿国様、これで良かったのでしょうか……」
阿国「トモミク様、何事も思い通りには進まないものです。私たちが滅んでしまっては、意味がありません。貴女は良く頑張ってますよ」
トモミク「守るために、この時代に来ました。そして、多くの皆様にこの時代に集まっていただきました。それでも、守っても、攻めても、多くの命が失われる……
名族は守れてますが、そのために多くの兵や民が犠牲になるのであれば、はたして……」
阿国「トモミク様がいらした、はるか先の世界……まだ人々は神や仏に祈ってましたか?」
トモミク「人類は、電子頭脳に多くを委ねました。知恵も、秩序も、希望も……
でも、祈る心だけは、いつの間にか置き去りになっていたのかもしれません。
そして今や電子頭脳こそが、人の脅威となってしまいました。また祈りにすがるかもしれませんね……」
阿国「そうでしたが……ではトモミク様、今は祈りましょう。
ここにいる民、兵たちを、そして頼朝様を、守っていただけるように……」
二人はあらためて、手を合わせ、静かに目を閉じるのであった。
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◆頼朝の演説
法要の終わり、頼朝が前に進み、香煙の立ちのぼる焼香台の前に立った。
頼朝「皆の者……此度の戦で命を落とした者たちのために、心よりの祈りを捧げたい。
彼らの犠牲があったればこそ、我らは今ここに立ち、国を守り抜くことができた。
……この頼朝、決して忘れぬ。武士の誇りとは何か、民の痛みとは何か。
そのすべてを、この地に刻み、前へ進む――
それこそが、彼らに報いる唯一の道と心得る」
読経が止み、聖徳寺に深い沈黙が落ちた。
それぞれの“祈り”が交錯したとき、頼朝軍団は一つの魂を得た。
だが時は待たぬ。春の風は、やがて血と炎の地へと吹き始める――
長島、その名が、再び呼ばれる。




