0-4 那加城 ー目覚めの朝と出雲阿国ー
岐阜・那加・犬山を結ぶ鉄壁の布陣。その夜、頼朝は深い眠りに沈み、翌朝“かぶき踊り”の出雲阿国から衝撃の事実を告げられる――。
トモミクがもともと築いたという「那加城」が、頼朝の居城として与えられた。岐阜城のすぐ近くで、織田信長の城を攻略するために急造した平城とのこと。
平城ながら堅固な石垣の上に高い天守がそびえ、城門は深い水堀の内側に守られている。堀の外には、いくつも堅牢な出城が連なり要塞さながらの構えだ。
この那加城には、トモミク隊以外の狙撃隊――頼朝隊、義経隊、赤井隊――が駐屯し、領国の中枢拠点となっている。そこから各部隊に指示が行き渡るよう、情報網・交通網が整えられているという。
一方、岐阜城にはトモミクの第二狙撃隊と北条早雲の第一突撃隊が籠り、西方の近江・山城・河内方面から来る織田勢に備えている。
さらに那加城から少し南の犬山城には太田道灌を城代とし、北条早雲隊を除く全突撃部隊が詰めて、東方の駿河・三河の徳川勢、南方の尾張の織田勢の侵攻に備える。
岐阜城・那加城・犬山城の三拠点で美濃を鉄壁の要塞とし、織田・徳川の侵攻を阻む――これが現状の戦略らしい。もし岐阜城や犬山城が攻撃されれば、那加城にいる頼朝が状況に応じ各部隊へ指令を下す、という布陣である。
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(警戒を解いてはならぬ……)
そう強く念じても、矢継ぎ早に押し寄せる出来事と情報に頭がついていかない。
疲労感に苛まれながら床につくと、激しい眠気が襲い、あっという間に意識が闇へ沈んでいった。
微睡みの中、義経がそっと部屋を訪ねてきた気配に気づくが、どうしても目を開けられなかった。
廊下では、義経が返事を待ちながら静かに立っている。そばには、昨日紹介された女武者の一人――ひときわ柔和な笑みを浮かべていた武田梓が控えていた。彼女は武田勝頼の娘で、義経に嫁いだ当人だという。
義経「兄上はお休みのようですな」
義経がぽつりと呟く。
少し離れた場所には“源桜”と呼ばれる少女が、うつむいたままじっと立ち尽くしていた。
梓「大丈夫ですよ、桜様」
梓が優しく声をかける。
梓「これからいくらでも、お話しする機会はあります。私たちは長い道のりをご一緒するのですから」
桜は小さく頷くしかなかった。
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翌朝。
早速、軍議が開かれるという。
(何もわからぬ私を呼んで軍議など……いったい何になる?)
頼朝は重い身体を起こす。
その目に見えたわずかな兵力だけでも、坂東武者など比べ物にならぬ精強さを備えているのは疑いようもない。それに加え多くの兵を収容できる広大な城郭。まるで無敵の軍団だ。
そんな連中が、なぜ自分を“君主”に据え、しかも早々に軍議へ加えようとするのか――。
(よほど切羽詰まった状況にあるのだろうか……)
考えれば考えるほど、気が滅入るような朝だった。
身支度を調えようとすると、部屋の外に人の気配がした。
阿国「頼朝様、お目覚めでしょうか。朝餉をお持ちしました。お部屋に入ってよろしゅうございますか?」
声の主は昨日紹介された出雲阿国である。
男装の武者装束を着ているが、その立ち居振る舞いには独特の気品が漂っていた。もとは“かぶき踊り”なる舞を広める芸人だったが、トモミクとの出会いを機にここへ参じ、第三狙撃隊の副将を務めているという。
部屋に入り手早く膳を整える阿国が、静かに問いかける。
阿国「お心、まだ定まらぬのですね」
彼女は頼朝の顔をじっと見て、悪戯めいた笑みを浮かべる。
だが、それがなぜか嫌味には思えない。
阿国「ふふ。昨日はトモミク様に、なかなか手厳しゅうございましたね」
頼朝「……あれは私の未熟さゆえ。だが、いまだ自分がなぜここにいるのか、何のために呼ばれたのか、いや、生きているのかどうかさえ理解できぬ」
阿国はすぐには答えず、まずは食事をするよう勧める。
頼朝が箸を取ったのを見届けてから、ようやく口を開いた。
阿国「頼朝様がお見えになるまでに、すでに五年の歳月が流れております。義経様も、トモミク様がこの時代へ来られた当初から力を尽くしてこられました」
頼朝「五年……? 義経が五年前からここにいる……だと?」
ますます混乱する頼朝の様子に、阿国は楽しむように微笑む。
阿国「トモミク様は時と時の狭間をある程度自在に行き来できる、と申します。それゆえ異なる時代の方々を、この時代へお連れすることが可能なのです。
義経様は、頼朝様が鎌倉におられた頃――つまり、頼朝様にとってはごく最近――トモミク様から声をかけられました。しかしこちらへ渡っていらしたのは、今から五年も前のことにございます」
頼朝「……まるでわからぬ」
頼朝は呻く。
義経はつい先日まで平泉にいたはず。五年前といえば、兄弟で手を携え平家と戦っていた頃だ。
阿国「無理もございません」
阿国は頷き、言葉を続ける。
阿国「義経様も、最初に“討たれる前にこちらへ”と誘われたときは激高し、トモミク様に斬りかかったそうです。紆余曲折の末、共に来ることを選ばれましたが、当初は心穏やかではございませんでした。それに比べれば、頼朝様ははるかに落ち着いていらっしゃるほうかと」
彼女の言葉を聞き、ほんの少しだけ救われるような気がした頼朝は、どうしても確かめたいことを口にする。
頼朝「……鎌倉は、やはり滅ぶのか」
阿国「はい。残念ながら……」
阿国は静かに頷く。
阿国「ですが、頼朝様の鎌倉幕府が滅んだあとは、やはり源氏の足利家が京で幕府を開きました」
頼朝「なに……足利が……我ら源氏に取って代わったというのか」
思わぬ名に頼朝は声を荒らげる。
阿国「はい。しかし、その足利幕府も織田信長に滅ぼされてしまいます。現在、最も大きな源氏勢は甲斐の武田家ですが、これもやがて滅亡の危機に瀕する。いま武田勝頼公は、信長の同盟国である徳川家相手に優勢を保っておりますが、間もなく武田家の命運を左右する大敗を喫すると。トモミク様は、まず頼朝様をお迎えして織田と徳川の力をそぎ、武田家をお守りしたいと考えておいでです。常陸の佐竹家も源氏の血筋として残っていますが、自力で家名を保つのは難しいでしょう」
頼朝「……つまり、この頼朝は、織田と徳川を滅ぼすために呼ばれたわけか」
阿国「いいえ」
阿国は首を振る。
阿国「私たちには、時代を大きく変えることは許されません。あくまで守るための力であり、滅ぼすためではないのです。たとえ織田信長が台頭して脅威となろうと、彼を滅ぼしてはいけない。それでも……わたくしたちは武田を、そして源氏の血を守らねばならないのです」
ようやく見えかけた己の役割が、再び霞んでしまう。
滅ぼせぬ敵から守らねばならぬものを守るなど、あまりに困難な使命ではないか――。
頼朝「……軍議の支度がある。下がってくれ」
頼朝は、ぎりぎりの平静を保ちながら告げる。
阿国は優雅な所作で立ち上がり、深々と一礼して部屋を出た。
阿国「では、後ほど軍議の場にて。お待ち申し上げております」
阿国は優雅に去った。
障子が閉まる音だけが残る。
(――軍議とは、何を決する場なのだ?)
頼朝は刀の柄に無意識に指をかけた。
ご覧くださり感謝します! 次回はいよいよ初の軍議。頼朝は未知の鉄砲隊・突撃隊を率いてどんな采配を振るうのか? ご感想・ブクマお気軽に!