10-4 烈火の城門
道灌の血まみれの騎馬が戦場へ舞い戻る。
死兵と化した突撃が鬼のごとく織田陣を裂き、
砲火と砂塵のなか、頼朝軍は最後の包囲網へ――。
烈火が燃え拡がる城門前、トモミク隊が隊列を整える。
■名将と英雄の帰還
壊滅的な被害を被った太田道灌率いる騎馬隊、残存兵力をまとめ戦線に復帰した。兵数は出陣時の三分の一以下に減っていたが、多くの仲間を失い、死線を乗り越えた将兵はみな深く傷ついていた。だが、生への執着を捨てた“死兵”の群れだった――。
秀長「道灌殿が、残った兵を集め、再び戦線に復帰されたようですな!」
秀長も、驚きと感動を隠せない様子だ。
頼朝「…鉄砲隊のみでは、守ることはできても、敵を打ち破ることは難しい。そこを、道灌殿は、よく分かっておられるのだ……」
頼朝は呟いた。
頼朝「もはや騎馬兵も、多くは残っておらぬであろうに……無理をさせてしまっている。…太田殿、まことに、かたじけない!」
*兵が削られた頼朝軍:(北から)トモミク隊、(東から)頼朝隊、そして戦線復帰した道灌隊(頼朝隊後方)。
太田道灌隊の血塗られた騎馬兵の突進は、さながら赤い鬼神が命を惜しまず織田陣に襲い掛かるようであった。太田道灌は鬼気迫る将兵を落ち着かせつつ、采配を振るうことも忘れなかった。
道灌「ここは死に場所にあらず!大垣を落とすまでは頼朝様に命を預けよ!」
それでも道灌の部隊の突撃はすさまじく、敵陣を切り崩す。
道灌の部隊が突撃を繰り返している間、トモミク隊と頼朝隊は織田軍を射程内に捕らえられるところまで戦線を上げる。
トモミク「道灌様!退いてください!」
道灌「ものども、十分じゃ!左右に散れ!」
道灌隊の突撃を凌いだ織田軍の目の前に、頼朝軍の整然とした鉄砲隊が現れる。
トモミク「今です!放ってください!」
頼朝隊は織田軍の中央に、トモミク隊は左翼に射程距離内から断続的な鉄砲射撃を見舞う。
この連携によって、戦況は、ついに、確実に頼朝軍優勢へと傾き始めた。
道灌「頃合いじゃ、ものども力を見せい!突撃!」
太田隊が、陣形が崩れた織田軍にふたたび突撃を敢行し、戦況は大きく頼朝軍に傾いた。だが、いよいよ太田隊には、攻撃を継続するだけの力も、兵数も、残されてはいなかった。
頼朝「……秀長、もうよい……。道灌殿には、もう十分である、と伝えよ。後は、この頼朝に任せよ、と」
秀長「はっ! かしこまりました!」
最後の突撃をかけ、戦線から離れたところに布陣していた太田道灌隊に頼朝から伝令が届いた。
金時「……道灌殿。殿より、退却命令にございます」
伝令の言葉を伝える坂田金時に、道灌は、顔を上げた。
道灌「……今少し、頼朝様のお役に立ちたかったが……もはや、これまで、か。次に突撃すれば、我が隊も、今度こそ全滅やもしれぬな」
道灌は大きく息を吐き、空を見上げながら呟いた。
道灌「…ふがいない戦をしては、頼光殿に叱られるであろうが……坂田殿のお命に、もし万一のことがあれば、それこそ拙者が頼光殿に斬られかねぬ。……後は、トモミク殿が、頼朝様を、お守りするであろう。
城へ戻り、この道灌の力及ばず、いたずらに命を落とさせてしまった、多くの将兵たちを、弔わねば……」
金時「誠に……。道灌殿、ご決断、お見事と存じまする。それでは、我が隊は、これより退却いたします」
金時も、静かに頷いた。
道灌「…坂田殿。今、我が隊に残っておる兵は、いかほどか」
金時「はっ……。一万四千ほどで出撃いたしましたが……今は、おそらく、千にも満たぬかと……」
道灌「……そうか。多くが戦場から逃れてくれていることを祈ろう……多くが、討たれてしもうたが……」
道灌は、天を仰いだ。
金時「道灌殿。命を捧げたものたちの働きにより、大垣城が我らの城となれば、美濃の民は守られ、東の盟友とその民も守られた。そう、信じましょう」
金時の言葉に、道灌は力なく頷いた。
道灌「……そのように、祈ろう。…犬山へ、向かう」
しかし、太田道灌は、疲労で震える拳を握りしめた。
道灌「我らは必ず、この騎馬隊を建て直し、次こそは無様な敗走などいたさん……
討たれた者たちの無念を晴らすためにも……!」
名将・太田道灌、そして、平安時代の伝説の英雄・坂田金時。激戦で傷つき、疲れ果て、大きな無念の思いと共に犬山城への帰路についた。
■血染めの勝利
太田道灌隊は離脱したが、トモミク隊と頼朝隊は、有利に戦いを続ける事ができ、挟撃の幅を狭めながら、大垣城下に布陣する織田軍勢を撃ち倒しながら進んだ。最後まで頑強な抵抗を続けていた明智光秀隊を殲滅させ、大垣城への織田の援軍を全て撃退した。
頼朝「全軍に告ぐ! ただちに大垣城を包囲し、降伏を勧告せよ!」
包囲とはいえ、トモミク隊は苛烈な砲撃で城門を崩し、鉄砲隊を伴って、城兵への降伏勧告を行った。数百にも満たない大垣城兵を震え上がらせるには十分であった。
天正十年(1582年)八月、ついに大垣城から白旗があがった。
後方から迫っていた織田の増援部隊は、大垣城が降伏したのを見て取った。織田軍は大量の鉄砲隊が布陣する城攻めの不利を悟り、静かに軍勢を退いていった。
頼朝「……秀長よ……」
頼朝は、静まり返った戦場を見渡し、呟いた。
頼朝「いつも、織田信長という男の、そしてその軍団の恐ろしさを思い知らされるが……守るだけでも難儀な男に、此度は攻めた。守ること以上に攻める事の難しさを、今更ながら思い知らされた。
それでも、我らが失った兵は、あまりにも、多い。……このような戦いは、二度としてはならぬ」
頼朝は、傷ついた将兵をあらためて目にしながら、思い直したように口を開いた。
頼朝「今、ここに生き残った将兵たちの奮闘は、労わねばなるまい。
…皆の者! 勝鬨を上げよ!」
疲弊しきった兵士たちが、それでも声を振り絞り、勝利の咆哮を響かせた。
騎馬隊の新たな拠点を確保するために攻略した、大垣城。
軍団の総兵力は、南信濃出陣時は十万を超えた。
その後、織田を追い払い、清州を攻略したとはいえ、総兵力は六万ほどに減っていた。
此度の大垣城攻略はその残存兵力ほぼ全てをつぎ込んだ戦いであったが、苦戦を強いられ軍団の総兵力は約三万まで削られた。しかも保有するほぼ全ての騎馬戦力を、失ってしまう。
しばらくは残存兵力で領国を守りながら、新しい城や城下の発展が急務となる。このような大損害を被った戦の後始末は、またしても、内政官たちに大きな負担を強いることになるだろう。
此度の凱旋は、勝利の喜びよりも、失ったものの大きさの方が、頼朝の心に、重くのしかかっていた。
凱旋の列に笑顔はなく、その歩みはさらに鉛のごとく鈍かった。
■戦後の約束
傷ついた部隊の凱旋の隊列を、岐阜城の天守から、北条早雲と源桜が、静かに見守っていた。
早雲「……桜殿。これより、我らは急ぎ大垣へ参る」
早雲は、眼下の光景から目を離さぬまま、桜に語りかけた。
早雲「急ぎ城を改修し、町を発展させ、そして、失われた騎馬隊を、一から育て直さねばならぬ。…これから、忙しくなる。
戦は、戦場だけで行われるのではない。民と共に、国を強くすること。それもまた、我らにとって、大事な戦いなのじゃよ」
桜「はい、早雲様!民もまた守らねばなりませぬ……」
父・頼朝の無事を知り、安堵していた桜も、早雲の言葉に、新たな戦いに向けて、きりりと表情を引き締めた。
この時代に来てから、日々、この老将の器の大きさ、そして、厳しさの中に隠された温かさを目の当たりにするにつれ、桜の心の中には、早雲と共に過ごせることへの、深い感謝と喜びが、静かに育まれつつあった。
それは、単なる師への感謝の気持ちだけでは語れぬ、もっと個人的で、温かい感情であったのかもしれない……。
大垣は落ちた。だが勝利の凱旋に笑顔はない。
十万の大軍が三万にまで痩せ細り、騎馬はほぼ壊滅。
それでも残された者たちは、亡き友のため槍を起こす。
次篇――再建と追悼の歳月が始まる。




