10-3 烈火の湿地
挟撃破れし激戦地に、轟く銃声――
トモミク隊の怒涛の逆襲が、織田軍の横腹を砕く。
大垣へ向け、頼朝軍は再び動き出す。
そして、血に濡れた湿地に咆哮が響く――太田道灌、帰還。
■岐阜城・天守からの悲鳴:北条早雲と源桜
その頃、遠く岐阜城の天守から、北条早雲と源桜が、大垣方面の戦況を固唾を飲んで見守っていた。
頼朝隊が敵に突き崩され、危機に陥っていく様子を見た桜は、涙ながらに早雲に訴えた。
桜「早雲様!父上が!このままでは父上が危のうございます!どうか、出撃させてくださいませ!」
早雲「……桜殿。落ち着かれよ」
早雲は、静かに、しかし諭すように言った。
早雲「今、この岐阜城から、我らが寡兵で打って出たところで、何の役にも立たぬ。かえって、足手まといになるだけじゃ。今は、辛抱する時ぞ」
桜は天守から見下ろすほか術がなく、自らの無力を呪った。
早雲もまた、桜を諭す言葉で ―― 同時に己の焦りを抑え込んでいた。
桜「父上……!」
その時、戦場の西側で土煙が割れ、閃光が走る。
早雲「桜殿!頼朝様は、きっと大丈夫じゃ!ほれ、あれをご覧なされ」
早雲が指さす方向を見ると、織田軍の横腹を突き始めた、新たな一団があった。トモミク隊である。
頼朝隊に肉薄してきた織田の軍団を、側面からの猛烈な射撃で、次々となぎ倒している。
早雲「…桜殿。これで、ひとまずは安心じゃ。よう見ておられよ。…問題は、この後、頼朝様がどう動かれるか、じゃな……」
早雲は、再び戦場に目をやった。
■逆襲の光:トモミク隊進撃
織田軍は、頼朝軍の大垣城への進軍を予測し、今まで戦った経験から頼朝軍の作戦も理解し、対策を講じていた。頼朝軍が一斉斉射の後、騎馬が陣の奥深くまで突撃を敢行する、織田軍はすでにこの頼朝軍の戦法を熟知していた。
騎馬隊が深く進んできたところを待ち伏せると同時に、挟撃態勢も無効化すべく、別の決死隊をトモミク隊に差し向けていた。
トモミク「皆様! 怯まず前進いたします!どれほど犠牲を払おうとも、頼朝様をなんとしてもお救いいたします!!」
(二度と頼朝様を置いてはいきません!!)
頼朝が知らぬ事情を知るトモミク、並々ならぬ決意で前進を止めない。
火と炎。鉄砲隊が主力であるトモミク隊の将兵たちは、多大な犠牲を払いながらも、屍を踏み越え、なお進んだ。足を止めた瞬間、すべてが終わるからだ――
もはや、そこには戦略も駆け引きもない。ただ、頼朝を救うため、前へ進むのみ。部隊の兵数を頼みに、強引に織田軍の別動隊を突破した。
トモミク「皆様! このまま、頼朝様の援護に参ります! 負傷された方は、ご無理なさらず! 岐阜城へお戻りください!」
トモミクは、後方の兵たちにそう指示すると、自ら先頭に立ち、頼朝隊が苦戦する地点へと突き進んでいく。
頼朝隊が、織田軍の猛攻を受け、ついに陣形を崩されかけた、まさにその時。
側面から、ようやく織田軍の別働隊を潰走させたトモミク隊が到着し、頼朝軍に攻めかかる織田軍の横腹へと猛烈な鉄砲射撃を浴びせかけたのである。
必死の攻撃を太田隊と頼朝隊に加えていた織田軍も、予想より早くに側面からの苛烈な砲撃を受け、戦線を維持することができなくなった。織田軍は、大垣城方面へと、秩序なく敗走を始めた。
頼朝「好機! この機を逃すでない!」
頼朝は叫んだ。
頼朝「今をおいて、大垣城を落とせる時は、二度とない!全軍、陣を立て直し、退却する織田軍を一掃する!」
トモミク隊も、頼朝隊も、ここまでの戦闘で甚大な損害を受け、消耗しきっていた。出陣時に比べ、どれほどの兵が失われたか、想像もつかない。
それでも、最後の力を振り絞り、大垣城下へと敗走する織田軍本体へ、追撃を開始した。
■血の咆哮
金時「……どういたしますか、道灌殿」
太田道灌と坂田金時は、己が流した血か、あるいは敵兵の返り血か、もはや判別もつかぬほどに血塗れとなりながら、辛うじて激戦地から少し後方へと退いていた。
どうにか戦線離脱はできたものの、出陣時には一万四千を数えた太田隊は、今や数千の兵を残すのみとなっていた。しかも、その中に、傷を負っていない兵は、数えるほどしかいない。剣豪として名を馳せた太田隊の副将・柳生兵庫ですら、銃弾を受け、戦線を離脱した。
それでも、坂田金時の目には、まだ闘志の炎が宿っていた。
金時「道灌殿……!拙者はまだ、やれますぞ!」
道灌は静かに坂田金時に同調した。
道灌「…坂田殿。このままでは、命を落とした兵たちの死が、犬死となる。頼朝様とトモミク殿も、最後の力を振り絞って前進しておられるが、我ら騎馬隊の支援なくしては、苦しかろう。今我ら以外に騎馬突撃を担える部隊はおらぬからの」
道灌は、立ち上がった。
道灌「…拙者は、進む。残る兵を率いて、再び頼朝様のもとへ駆けつける。
だが、これ以上、戦えぬと思う者、犬山城へ退きたいと願う者に、無理強いはせぬ。
しかし……この太田道灌と共に、頼朝様へ命を捧げる覚悟がある者は、我が隊の汚名を晴らすべく、今一度、わしに続いてはくれまいか!」
金時「道灌殿……! わしも、このまま城へ戻っては、頼光様に、四天王の面汚しと叱られましょうぞ! そのお言葉、お待ちしておりました!」
金時は、力強く応えた。
また道灌の呼びかけに呼応する者たちも立ち上がった。
道灌「かたじけない、坂田殿、みなものも…ならば、進もうぞ」
金時「はっ!戦えるものを、急ぎ集めまする!すぐに参りましょう!」
さらなる犠牲を払いながらも、トモミク隊と頼朝隊は、大垣城下へと敗走する織田軍を追撃しながら、再び挟撃の態勢を整えつつある。
しかし、織田軍もまた、後方から増援部隊を続々と投入し、必死の抵抗を続けていた。戦線は再び膠着状態に陥った。
その時である。
伝令「頼朝様! 後方より 騎馬の一団が、こちらへ向かってまいります!」
物見からの報告に、頼朝は顔を上げた。土煙を上げ、猛然とこちらへ向かってくる騎馬隊。その先頭には、見覚えのある旗印が翻っている。
頼朝「おおっ!秀長!あれは……道灌殿ではないか!」
全滅寸前の危機に瀕し、壊走したはずの部隊が、まさか再び戦線に戻ってくるとは。頼朝は、己の目を疑った。
散りゆく兵の想いを背に、道灌と金時が再び戦場へ舞い戻る。
燃える馬上、乾かぬ地、退かぬ者たち。
その姿に、頼朝は何を見るのか――
次章「10-4 烈火の城門」、大垣城、決戦の刻迫る。




