8-3 猛獣の牙を折る時――清州城
清州城に籠もる織田信長。
頼朝は、かつて見逃したこの牙城に再び刃を向けた。
小牧山に集う将たちの前で語られる、ひとつの決意。
赤井輝子、トモミク――そして全軍が吠える時、尾張の空に砲声が響く。
失いたくない仲間のため、そして明日を奪われぬために。
■頼朝の決意
織田軍を追い払った後、頼朝は小牧山の仮設陣所にて、各部隊長の前で話を続けた。
頼朝「我々は、やみくもに領地を広げることなく、織田の侵攻を撃退し続けることで、武田を守り、力を蓄えることを目指してきた。美濃に築いた要塞線をもってすれば、織田の攻撃は防ぎきれる、と。だが……」
頼朝の声音は熱を帯びた。
頼朝「我が軍団が、目の当たりにしてきた現実は、どうであったか。
おのおの方、いかに思われるか。
織田軍のみを撃退することすら、容易ではなかった。
ましてや、徳川、織田が同時に牙を剥いてきたら、どうなっていたであろうか。
武田への援軍を東へ差し向けた隙を突かれ、我らは、滅亡すら頭をよぎるところまで追い込まれた」
頼朝の家臣で、反論できるものは一人としていなかった。頼朝は続けた。
頼朝「織田信長は、この敗北に屈することなく、さらに力をつけ、我らにより厳しい戦いを挑んでくるであろう。
奴らは常に、あの清州城を拠点として、我らが領内へ侵攻してきた」
頼朝は、小牧山から遠望できる清州城を指さした。
頼朝「先の戦で、清州城を容易く落とせた好機を、我らは見過ごした。そして此度、その清州城から出撃してきた敵によって、危うく我らは壊滅するところであったのだ。
清州を奪ったところで信長が完全に戦意を失うとは思えぬ。だが、喉元に刃を突きつけられ続けるのは懲り懲りだ。清州城を放置するわけにはいかぬ!」
頼朝は、集まった将たちの目を、一人一人、力強く見据えた。
頼朝「わしは……この軍団の、誰一人として、失いたくはないのだ!」
これまで、万事において秀長に相談し、その意見を尊重してきた頼朝であったが、此度の清州城攻略は、自らの強い意志であった。
沈黙ののち、最初に老将・北条早雲が立ち上がった。
早雲「わしも異存ござらぬ。織田がまた攻めてくるのは確実。ならば一つずつ脅威を排除するも、また大事なことであろう」
北条早雲の発言をきっかけに、他の諸将からも、次々と賛同の声が上がった。
輝子「頼朝様! 清州城落城の暁には、是非とも、この赤井輝子を城代に!」
抜け目なく、赤井輝子が名乗りを上げる。
頼朝「はっはっは、輝子殿ならば申し分ない。思う存分暴れてみよ!」
頼朝が朗らかに応じると、輝子は勢いよく頭を下げた。
その時、頼朝はトモミクを見やり、問いかけた。
頼朝「トモミク、そなたはどうする?」
トモミクは静かに進み出た。
トモミク「頼朝様、よろしければ、その清州への先陣を、私に任せていただけますか?」
頼朝「…先陣を、そなたが?――よかろう、任せる」
頼朝が目を細めて答えると、トモミクは頭を下げる。表情はいつもの掴みどころない微笑を浮かべつつも、何か強い意志を漲らせているように見えた。
頼朝「異論は無いな。今の勢いを止めずに、明朝、暁光とともに清州城へ総攻撃を行う!
皆、備えよ!」
頼朝が高々と声を上げると、将兵の咆哮が響き渡った。その鬨の声は、清州城に布陣する織田信長の耳に、明確に届いたことであろう。
■清州城の陥落
頼朝軍による清州城への総攻撃が開始された。
頼朝軍先陣、トモミクの狙撃隊の射撃から戦線が開かれた。
トモミク隊の整然とした斉射に続いて義経隊、そして最も士気の高い赤井隊、頼朝隊からも、絶え間なく砲撃が続けられる。尾張の空を矢玉で埋め尽くすかの如き絶え間ない斉射が、清州城の織田軍を押し込み、城内へと到達する。
射撃が一時的に止んだ瞬間、北条早雲隊、太田道灌隊の精鋭騎馬隊が、怒涛の如く突撃を繰り返す。
先の野戦で主力を失っていた清州に布陣していた織田信長は、この圧倒的な攻撃の前に、もはや成す術はなかった。
信長は、城門から立ち去る際、一度だけ振り返り、何かを呟いたが、その言葉を聞いた者はいなかった……
自ら先陣を買って出たトモミクは、そのまま城内へと突入し、抵抗する残敵を掃討。清州城が完全に頼朝軍の手に落ちるまで、時間はかからなかった。
天正十年(1582年)二月。
頼朝軍は、ついに織田家の重要拠点、清州城を攻略した。
南信濃への遠征を開始した前年の五月から足かけ一年、長期にわたる戦いの末、織田軍による猛攻を退け、東美濃を領圏に収め、清州城さえも攻略してみせた。
さらに北条家との共闘も成り、武田家の命運も保たれた。
だが、頼朝には分かっていた。
(大切なのは、ここから先――)
弱体化した武田家をどう支え、連携するのか。
新たに得た東美濃や清州城を含め、どう防衛体制を整えるのか。
課題は山積みだ。
(まずは、那加へ戻り、篠をねぎらい、岐阜城で桜にも会いたい。そして、義経とゆっくり盃を交わしたいものだ……)
長い戦いを終え、頼朝軍が那加城へと凱旋すると、城下には勝利を祝う多くの民が歓声を上げて待ち受けていた。
整備された美濃の街並み、遠く連なる飛騨の山々――。
安堵の中にも、信長がこれで沈黙するはずがない――そんな不穏な予感は、なお胸の内に消えないままだ。
それでも頼朝は馬上から懐かしい美濃の街並みを見渡した。
この時代で得たかけがえのない仲間と故郷の温もりを、今はしみじみと噛みしめるのだった。
清州は落ちた。だが、信長は敗れていない。
頼朝は勝利の中にも警戒を怠らず、再び那加城を目指す。
篠との再会、義経との盃、そして次なる戦――
頼朝軍の新たな試練は、まだ終わりを迎えてはいなかった。




