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46-4 家康の覚悟

頼朝軍に押され、

徳川に残された拠点は、わずか。


退くか、抗うか。


それでも消えぬものが、あった。

遠江国、駿府城。


徳川家康は、筆頭家老・酒井忠次と、静かに酒を酌み交わしていた。


忠次の身体には、幾重もの傷が刻まれている。

刈谷での敗戦以来、退却戦のたびに自ら殿しんがりを務め、

寡兵で敵陣に突入するなど、常に死地に身を置いてきた。


それでも――


忠次は、いつものように笑っていた。


家康は盃を傾けながら、ふと口を開く。


家康「……酒は、傷に良くないと聞くが……いけるか、忠次」


忠次「殿から賜る酒、この酒井忠次――断ったことなど、ただの一度もございませぬ!」


豪快な笑い。


家康は、小さく息を吐いた。


家康「そうじゃったな……」


挿絵(By みてみん)


家康「わしの未熟な采配で、皆を窮地に陥れた時も……

そなたは一度として、背を向けなんだ」


盃を見つめる。


家康「……まこと、頭が上がらぬ」


忠次「殿らしくもない。弱気にございますか」


家康「はっはっは……」


自嘲の笑み。


家康「弱気は昔からよ」


だが、その笑いは長く続かなかった。


家康「……しかし、忠次」


静かに、声を落とす。


家康「此度は――三方ヶ原以上じゃ」


忠次は、何も言わずに聞いている。


家康「空城の計など、義経殿には通じぬ。

頼朝公に万一のことがあろうとも、軍は止まらぬ」


一拍。


家康「信長公は、もはや風前の灯火。

毛利も頼朝軍と誼を結んだ。


……四面楚歌とは、このことよ」


沈黙。


家康「……笑えぬな」


盃を口に運ぶ。


家康「仮に駿府で一時しのぎができたとしても――

背後から北条、あるいは武田に攻められれば、それまでよ」


忠次「まことに」


短く応じる。


忠次「もはや、強気も弱気もございませぬな」


そして、ふっと笑った。


忠次「……ですが」


声を少し落とす。


忠次「皆、殿を待っております」


家康は、わずかに顔を上げた。


忠次「城に残った者も、降った者も――

殿が無事に戻られることを、ただ、それだけを」


家康「……」


言葉が出なかった。


忠次「屈辱にござりますな」


それでも、忠次は笑っていた。


家康「はっはっは……!」


家康も笑う。


家康「……忠次」


盃を置く。


家康「わしはな」


ゆっくりと顔を上げる。


家康「どうしても、このまま終わることはできぬ」


忠次は、黙って頷いた。


家康「理屈ではない」


一拍。


家康「……守っておるつもりでおった」


静かな声。


家康「家臣を、領民を――守るために、この身を尽くしてきたと」


指先に力が入る。


家康「……だが、

守っておったのは――わしの意地であった」


沈黙が落ちる。

家康は盃を取り、酒を一気に流し込んだ。


家康「忠次」


まっすぐに見据える。


家康「最後まで、戦わせてはもらえぬか」


その声に、迷いはなかった。


家康「力の限りを尽くし――それでもなお敗れるならば」


一拍。


家康「その時は、潔く降る」


忠次は、深く息を吐いた。


家康「だが……


すべてが手の上で踊らされているまま、

終わることだけは――耐えられぬ」


家康は、ゆっくりと頭を下げた。


家康「……すまぬ、忠次」


忠次は、すぐに顔を上げた。

家康の盃を満たす。


忠次「殿」


力強い声だった。


忠次「殿から賜る酒も――」


一歩、踏み出す。


忠次「殿のいかなるご命令も――

この酒井忠次、断ったことなど、ただの一度もございませぬ!」


その言葉に、揺らぎはなかった。


忠次「三河武士とは、殿への忠義に生きる者ども。

……よもや、お忘れではございますまい」


家康は、小さく笑った。


家康「忘れるものか」


挿絵(By みてみん)


忠次「半月もせぬうちに、頼朝軍は駿府へ至りましょう。

山あいからも、街道からも――逃げ場なく」


一拍。


忠次「……ならば」


忠次は、盃を掲げた。


忠次「今宵は、余計なことは忘れましょうぞ」


家康は、何も言わずに酒を注ぐ。


その手が――一瞬、止まった。

ほんのわずかな、ためらい。


だが、すぐに盃は満たされた。


家康は、自らの盃も満たす。


二人は、言葉なく盃を重ねた。


徳川家康と酒井忠次。

長きにわたり、死地をともにしてきた主従。


その夜、二人はただ静かに、酒を酌み続けた。

迫り来る戦の音を、遠くに聞きながら――


挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございました。


家康と三河武士の覚悟。

そして、義経と宝。


物語は、さらに動いていきます。


この後も、是非お付き合いください。

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