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46-3 人となりし巫女

神に仕え、出雲阿国を名乗る巫女。

その心が――揺らぐ。

頼朝は寝床へ戻った。

出雲阿国は、横たわる頼朝に、そっと羽織りをかける。


阿国「頼朝様……嫌でございます……」


その声は、かすれていた。


阿国「頼朝様は……鬼などではございませぬ……」


気丈な阿国の面影はなかった。

うつむく肩が、わずかに震えている。


頼朝「……阿国殿の申しておった、“神”のこと……ようやく見えた気がする」


静かな声だった。


頼朝「動ける時もある……。

……だがな」


一拍。


頼朝「残された時は――長くはない」


阿国「……っ」


息を呑む気配。


頼朝「この時代に来たことには、意味がある――そう申しておったな」


阿国は、答えなかった。

ただ、うつむいたまま、声を失っている。


頼朝「……業深き者を、この戦国の世へ遣わし、目覚めさせる」


一拍。


頼朝「……そして、役目を終えた“鬼”は、葬る」


静かに息を吐く。


頼朝「……そういうことか」


頼朝は目を閉じた。


頼朝「ならば――最後まで果たすのみよ」


その言葉の直後。


阿国の身体が、崩れ落ちた。


畳へと、力なく。


挿絵(By みてみん)


頼朝「……阿国殿」


呼びかける。


頼朝「今日は、休まれよ……」


阿国「頼朝様……!」


抑えきれぬ声だった。


阿国は手を伸ばし、頼朝の袖を掴む。


細く、頼りない指。

それでも、離すまいとする力。


挿絵(By みてみん)


阿国「……一人に……しないでくださいませ……」


涙が、畳へと落ちる。


阿国「このわたくしを……一人にしないでくださいませ……頼朝様……」


頼朝は、息を止めた。


阿国「神を……恨みました……」


静かな声だった。


阿国「掟を破り……もはや、巫女ではございませぬ……」


言葉のたびに、何かが崩れていく。


阿国「力も失い……もと来た古の世へ、戻ることも叶いませぬ……」


袖を握る力が、わずかに強くなる。


阿国「……それでも……」


声が揺れる。


阿国「あなた様の、おそばに……いたかったのです……」


頼朝「……」


言葉が出なかった。


阿国「頼朝様こそが……長き孤独の旅路の……ただ一つの意味でございました……」


呼吸が乱れる。


阿国「……愛して……しまったのです……」


小さく、しかし確かな声。


阿国「どうか……お許しを……」


それは懇願ではなく、

もはや覆しようのない事実であった。


阿国「もし……頼朝様に、万一のことがあれば……」


声が崩れる。


阿国「わたくしは……この時代に、一人……」


その先は、続かなかった。


頼朝は、ただ見ていた。


これまで、常に導いてきた存在。

静かに、傍らに在り続けた者。


その奥にあったものに――今、触れている。


頼朝は、手を伸ばしかけて――止めた。


触れてよいのか。


この手を取れば、

もはや戻れぬのではないか。


一瞬の、ためらい。


だが――


その手は、阿国の手を包み込んだ。


冷たい。

細く、震えている。


頼朝は、ゆっくりと引き寄せる。


阿国の身体が、力を失ったまま、頼朝へと倒れ込む。


抗うことなく。

ただ、委ねるように。


阿国「……頼朝様……」


その声の意味を、すべて理解したわけではない。


それでも。


頼朝は、その身を離さなかった。


強く抱くのではなく――

ただ、そこに留める。


阿国の震えが、少しずつ変わっていく。


泣き崩れる震えから、

何かがほどけていくような震えへ。


呼吸が、浅くなる。


それを抑えようとする気配。

だが、抑えきれない。


長く封じてきたものが、静かにほどけていく。


阿国は、頼朝の背に手を回し、しがみつく。


確かめるように。

失わぬように。


頼朝は、そのすべてを受け止めた。


――触れてはならぬものに、触れたはずであった。


だが。


離そうとは、思えなかった。


頼朝は、知っていた。


これは――取り戻したものではない。


戻れなくなるものだと。


それでも。


腕の中の温もりを、手放すことはできなかった。


残酷な神は――


それでもなお。


この花を、ここに残したのかもしれぬ。


その香りは、

静かに、胸の奥へと沁みていく。


頼朝は、目を閉じた。


失われていくものと、

新たに得たものが、交錯する。


その境を――


もはや、分かつことはできなかった。


挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございました。


それぞれの想いは、まだ終わっておりません。


この先も、見届けていただけましたら幸いです。

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