45-3 帝(正親町天皇)との謁見
病に倒れていた頼朝であったが、
かろうじて政務を執れるほどには回復していた。
頼朝の命の灯火の小ささを悟った二条晴良は、
正親町天皇と頼朝の謁見を急ぐ。
時代の行く末を、ともに見据えながら、
帝と頼朝は、何を語るのか。
数日後。
二条晴良の尽力により、正親町天皇との謁見がかなった。
晴良に案内され、頼朝は内裏・清涼殿へと通される。
二条晴良は、御簾の前へと進み出ると、
静かに告げた。
晴良「内大臣・源頼朝殿、ただ今到着されました」
御簾のより、か細く、それでいて澄み渡る声が返る。
帝「……うむ。
内大臣、入るが良い……」
頼朝は、御簾の前へと進み出る。
かしこまり、帝へ挨拶の口上を述べる。
頼朝「内大臣・源頼朝、恐れ多くも天顔を拝し奉る栄誉を賜り、誠に恐悦至極に存じ奉ります。
主上におかせられましては、益々ご機嫌麗しくあらせられますこと、慶賀の至りに存じ奉ります」
帝「……内大臣、源頼朝か……面を上げよ」
御簾の奥から、穏やかな声が響く。
帝「此度の参内、まことに大儀である。
これまでの働き、朕も頼もしく思うておる。
今後もその任を尽くし、天下の安寧に努めよ」
帝は、そこで一息つく。
帝「そなたらの手で整えられた、この清涼殿にて、
しばしくつろぐが良い……」
頼朝「はっ! 勿体なきお言葉」
頼朝は、深く頭を下げた。
■帝の語り
帝「……実はな、内大臣。
そなたに会いたいと思うていたのは、朕の方であった」
帝「古の英雄・源頼朝。
こうして目の前に現れるとはな」
一拍。
帝「その顔を拝み、言葉を交わしてみたい――
そう思わぬ者など、この日ノ本には一人としておるまい」
帝の声が、わずかに沈んだ。
帝「史書の源頼朝という男は……
……どこか、寂しき御仁であったな」
帝「幼き息子たちのため、
脆き基盤を守らんと、無理に入内を画策した。
自らの死期を悟っていたかのような焦り。
だが、その願いも叶わぬまま、亡くなられた」
帝「そして――
何よりも大切にしておった息子たちは、
悲劇的な末路を辿ってしまわれた……」
頼朝は、言葉もなく、深く頭を下げた。
■頼朝の応答
頼朝「自らが犯した罪は、家族に降りかかるもの。
某は……罪深き者にございまする」
帝は、ふっと小さく息をもらした。
帝「その頼朝が再び現れ、今度は何を願うのか――
朕は、そなた自身の口から聞いてみたかった」
帝「頑固者で融通の利かぬ、武家嫌いの二条晴良が、
これほどまでに心を開くのは、珍しきこと」
帝「晴良は、あの織田信長に対しては、
それこそ命がけで、朕を、そして朝廷を守ろうとしておった……」
■頼朝の告白
頼朝「……恐れ多くも、申し上げまする。
帝の御前に控える頼朝は、
天下統一を成し遂げる前、この時代へ呼ばれた者にございます。
この時代へ参りましてから、
『吾妻鏡』等の史書を目にし、初めて、
某と源氏の行く末を知りました」
一呼吸。
頼朝「この頼朝は、古の征夷大将軍ではなく、
天下静謐と称し、ただただ残虐の限りを尽くしていた坂東武者――。
……そのような男にございます」
帝「なるほど、なるほど」
帝「晴良が『まことに面白き御仁』と申しておったが、
合点が参る」
帝「自らを『罪深き』『残虐』と、平然と申すとは――
何とも、おかしきことよ」
頼朝「別の時代にて、己の記録を目にするとは……
残酷なものでございます」
帝「これは、いよいよおかしき事を」
帝の口元に、わずかに笑みが浮かぶ。
だが次の瞬間、その表情は静かに引き締まった。
■問い(惣無事令)
帝「聞けば――
『惣無事令』の発布を強く願いながら、
征夷大将軍の位は望まぬと、そう申しておったそうじゃな」
一拍。
帝「……まことか」
頼朝「はっ。
古の亡霊が、二度までも史に悪名を残したくはござらぬ。
ご容赦を。
真の天下静謐を成し遂げ、
この軍の持つ、強く、しかし危うき力を、
すべて朝廷へとお捧げしたく存じます」
頼朝「そして、その後は――
今を生きる、この時代の者へ、その力をお渡ししたい。
それが、この時代へ某を連れて参った、
神とやらのご意思であると考えております」
一呼吸。
頼朝「子を思う親の気持ちは……
かつての某も、今の某も、変わることはございませぬ。
ですが――
それゆえに、帝への入内など、恐れ多きこと。
仮に叶ったとしても、家族を守れるとは、もはや思えませぬ」
■帝の視点
帝「……不思議とは、思わぬか、内大臣」
帝「藤原道長しかり、足利義満しかり。
帝への入内を成し遂げた者には、確かに大きな権力が備わる」
一拍。
帝「しかし、時の権力者が結びつこうとする帝という存在は、
何もできぬ、無力なもの――望まれる宣旨を出し、ただ祈るのみ」
帝「……その『帝の宣旨』という名分こそが、
時の権力者を、恐ろしきものへと変えてしまう」
頼朝「滅相もございません……!
この日ノ本が続いておりますのは、
ひとえに帝がおわしますればこそ……!」
帝は、わずかに微笑んだ。
その表情は、先ほどまでとはとこか違っていた。
お読みいただきありがとうございました。
偽善と大義、そして権力と支配が入り混じる戦国の世。
帝も頼朝も、限りある命と向き合いながら、
静かに互いの覚悟を確かめ合います。
次回、惣無事令への道は開けるのか。
頼朝の覚悟は、帝に届くのか。
この後もお付き合いいただけたら幸いです。




