45-2 内大臣叙任
戦場では勝利が続く。
しかし頼朝の胸中は、決して晴れてはいなかった。
武で制するか。
それとも、赦しを得るか。
京にて、もう一つの答えが問われる。
■二条晴良の疑念
二条晴良は、あらためて姿勢を正した。
その気配に、頼朝、そして同席していた太田牛一、大村由己、出雲阿国、お市は、静かに頭を垂れる。
晴良「勅使として参上仕り候、関白・二条晴良にござりまする」
厳かな声が、評定の間に響いた。
晴良は宣旨を開き、朗々と読み上げる。
主上は、頼朝が朝敵・織田信長を討ち、長き戦乱を鎮めた功を深く叡感あそばされていること。
その大功に報いるべく、内大臣に任じられること。
武門にとり、これ以上なき栄誉であること。
そして、今後いよいよ朝廷を尊び、天下静謐のため尽力せよ――との御意。
宣旨は、簡潔ながらも、重く響いた。
頼朝は進み出て、深々と頭を下げる。
頼朝「かような有難き御沙汰、まことに痛み入り候。
この頼朝、徳薄く浅才の身にござれば、内大臣の任、身に余る光栄に存じ奉る。
されど、賜りし以上は、身命を賭して王事に精励いたす覚悟にござる。
何卒、主上へも、この微衷をお伝えくだされ」
儀式の言葉が終わり、晴良は静かに座へ戻った。
ややあって、表情を和らげる。
晴良「さて、内大臣殿。
帝との謁見の儀でございますが――」
内裏修繕の礼も込め、帝は直接の対話を望んでいること。
数日のうちに参内は可能であること。
頼朝は静かに頷く。
頼朝「帝さえよろしければ、いつでも参内いたしましょう」
晴良は微笑む。
だが、その目は笑っていない。
晴良「……ところで、内大臣殿。
『惣無事令』の儀は、いかが相成りましょうか。
毛利と誼を結ばれたとか。
この晴良は、てっきり成敗こそが近道と存じておりましたが……」
視線が、わずかに鋭さを帯びる。
晴良「内大臣殿は、何をお考えか。
内大臣殿のお心の深きところ――未だ、見えませぬな」
頼朝は、わずかに苦笑した。
頼朝「惣無事令を願う心に、変わりはござらぬ。
されど――
滅ぼさねば静まらぬ世であるなら、
他に道は無きものかと、思案いたしたまで。
毛利との誼も、その一つの試みでござる」
晴良は、しばし頼朝を見つめる。
やがて、小さく息を吐いた。
晴良「……左様でございますか。
では、内裏にて、改めて」
一礼し、晴良は去った。
■頼朝の再起
晴良が退いた後、家臣たちが頼朝を囲む。
牛一「頼朝様、お加減は……」
頼朝は自らの掌を見つめた。
頼朝「あの重さも、息苦しさも……まるで嘘のようじゃ。
帝との謁見も、問題あるまい。
いや、遠江へ駆けつけたいほどよ」
痩せた頬。
だが血色は悪くない。
ただ――
その眼差しだけが、遥か遠くを見ている。
頼朝は、ふと顔を上げる。
頼朝「参内の折、多くの兵で御所を囲むと申したが、
此度は兵は最小限でよい。
帝とは、静かに話がしたい……二人きりでな」
牛一は一瞬だけ言葉を失い、
それでも深く頭を下げた。
牛一「御意」
頼朝は、出雲阿国へ向き直る。
頼朝「謁見の後、岐阜へ赴きたい。
トモミクと話したいことがある。
阿国殿にも同席願いたい」
阿国の瞳が揺れる。
阿国「……岐阜へ、でございますか」
頼朝は穏やかな表情で頷く。
頼朝「先を進む義経達が、降伏した兵に後背を突かれぬよう、
トモミクは那古野でにらみをきかせてくれておる。
岐阜であれば、那古野にすぐに戻れるであろう。
それに――
岐阜の森の空気を、久しく吸うておらぬでな」
阿国は、わずかに視線を伏せた。
阿国「……かしこまりました。
ただし、ご体調に変調あらば、即刻お戻りいただきます」
頼朝は、静かに息を吸う。
頼朝「案ずるな。
……まだ、わしは倒れぬ」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
その場にいた者たちは、皆、同じ思いを胸に抱いていた。
あまりに穏やかだった。
それはまるで――
すべてを受け入れた者の、顔のようであった。
京の空は、どこまでも澄み渡っていた。
お読みいただきありがとうございます。
世を治めるために、戦は必要なのか――。
晴良の言葉の奥にあるもの。
頼朝の穏やかな笑みの裏にあるもの。
次話、帝との謁見にて、その核心に触れていきます。




