45-1 勝勢の陰で
兄の命の灯は、なお揺らいでいる。
それでも軍は進み、城は落ちる。
勝勢の陰で、
京では静かに、もう一つの戦が始まろうとしていた。
■徳川領のさらに奥へ
天正十六年(1588年)六月。
義経、武田梓が率いる頼朝軍狙撃隊が、遠江国北部の要衝・長篠城を攻略していた、まさにその頃。
太田道灌隊、源頼光隊からなる突撃隊は、海岸沿いの街道を東進し、 浜松城へ向け、進軍を続けていた。
白須賀を抜け、吉美へ。
浜松城を救わんと、加藤嘉明率いる五千余が迎撃に出たとの報が入る。
だが、手筈通りに北方・井伊谷を抜けた頼光隊が、三方ヶ原へ迫る。
挟撃の気配を悟った加藤隊は、戦わずして浜松城へ退く。
道灌は馬上で、静かに息を吐いた。
(……これも、宝殿の見立て通りか)
声に出さぬ感嘆が、胸中に沈む。
やがて浜松城下。
城兵に加え、加藤隊、督姫率いる部隊、周辺国人衆――
およそ一万の兵が野戦布陣を敷いていた。
頼光隊と道灌隊は、浜松城の手前で一旦進軍を止め、
歩調を合わせて一斉攻撃を行うための最終調整に入った。
道灌は目前の徳川軍を見ながら、副将の坂田金時に声をかける。
道灌「最後の戦いに向け、徳川はこの規模の援軍など到底出さぬと、
わしは思うておったのだがの」
しかし道灌は口の端を軽くあげる。
道灌「しかし徳川の陣容も、
我らに必要な鉄砲の編制も、
全ては軍師殿(源宝)が、話しておった通りよ」
金時「天賦の才を持つという、源宝様に、
わたくしも、一度お目にかかりたいものですな」
道灌「はっはっは! まことに、面白き軍師殿じゃぞ!」
道灌は快活に笑い、直ぐに金時に指示を出す。
道灌「頼光隊に伝令を。
北より断続的に頼光隊から鉄砲。
その間に我らは、西より騎馬で崩す。
頃合いを見て、頼光殿も突撃――」
過不足なき布陣。
若き軍師の見立ては、すでに戦の形となっていた。
太田道灌は、勝利の道筋を見据えていた。
金時は頷き、伝令を走らせた。
頼光隊の北からの斉射が始まる。
銃声と同時に、道灌の騎馬隊が西から突撃。
槍衾が立ちはだかるが、平地で勢いを得た騎馬は止まらない。
中央が裂ける。
そこへ頼光の騎馬が側面から食い込み、
最後に道灌の鉄砲隊が混乱する敵へ降り注いだ。
徳川軍は潰走。
七月。
守備兵を失った浜松城は落城。
勢いのまま掛川城も開城した。
城門が開く光景を前に、頼光が呟く。
頼光「はじめから勝てる戦ではあったが……」
道灌も静かに応じる。
道灌「勝てるよう、整えられておった、ということでありましょう」
二人は、それ以上語らなかった。
一方、山間を進む義経隊と武田梓隊も、
犬居城にて大久保忠佐を破り、これを捕らえた。
遠江の要地は、次々と落ちる。
小山城も陥ち、
徳川の拠点は、駿府と蒲原を残すのみとなった。
山と海、両面からの圧迫。
駿府は、もはや時間の問題であるかに見えた。
勝っている。
着実に、確実に。
それでも――
どこか、終わりの見えぬ戦であった。
■内大臣叙任
同年九月。
京、二条城。
関白・二条晴良が、朝廷の使者として頼朝のもとを訪れていた。
この日、頼朝の体調は不思議なほどに安定していた。
評定の間に座すその姿は、
近頃の衰えを感じさせぬほど、静かで凛としている。
周囲の家臣は、安堵の色を浮かべながらも、
どこか言い知れぬ不安を胸に抱いていた。
あまりに穏やかな表情であった。
それはまるで――
何かを、すでに決めた者の顔のようにも見えた。
やがて、晴良が口を開く。
「頼朝殿――」
京の空は、高く澄んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
遠江は落ち、戦は着実に進みます。
しかし勝利の形が整うほどに、
それぞれの胸中には別の重みが増していきます。
次話、京にて。
静かな対話が始まります。
引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。




