43-1 吉田城軍議
次なる徳川の拠点、浜松城を前に、
義経は吉田城下で軍議を開く。
若き参謀・源宝に与えられた役目は、
この先の戦を決める作戦を、
百戦錬磨の将たちの前で語ること。
そして軍議の席で語られるのは、
徳川家康という男の“強さ”――
その輪郭であった。
天正十六年(1588年)五月。
源義経を総大将とした頼朝軍の徳川討伐軍は、岡崎城を開城させ、
そのまま東三河の要衝・吉田城へと進軍した。
吉田城には、もはや頼朝軍に抗しうるだけの徳川兵は残されておらず、
包囲から開城まで、さほどの時を要しなかった。
義経は、次なる標的・浜松城へ向かう前に軍を止める。
吉田城下に陣を構え、各部隊長を招集して評定を開くためである。
義経の命により、源宝はこの場で、自らの戦術を述べることになっていた。
初陣にして、総大将の作戦参謀。
現実の戦の苛烈さを目の当たりにした直後に、
百戦錬磨の将たちを前にしての戦術指南。
宝の胸は、張り裂けんばかりに高鳴っていた。
最初に陣所へ姿を現したのは、
義経の妻にして第六狙撃隊を率いる武田梓であった。
義経の隣に立つ、
鎧に身を包んだ落ち着きのない源宝の姿を見るなり、
梓はくすりと微笑んだ。
梓「まあ、宝様。初陣、お疲れさまでした」
そう言ってから、義経へと視線を向ける。
梓「義経様、まさかとは思いますが……
また“教育のため”などと称して、
無茶を仰ってはいませんよね?」
義経は、苦笑を浮かべるだけだった。
義経は思う。
――先の北近江、清水山城での戦。
里の学びのためと称し、里も兵も危機に晒した。
あれは、確かに梓の救援がなければ……。
宝は慌てて頭を下げた。
宝「と、とんでもございませぬ、梓様!
義経様は、未熟なわたくしの意見にも、
寛容に耳を傾けてくださっております!」
梓は満足そうに頷く。
梓「それなら、よろしゅうございます。
宝様、何かあれば、いつでもこの梓に、お話しくださいね」
義経は一つ咳払いをし、口を開いた。
義経「実はな、梓。
宝殿の戦略眼は、並のものではない。
この後の徳川領侵攻、その立案を宝殿に任せたいと考えておる」
梓は楽しげに目を細めた。
梓「それは……また大役を押し付けていらっしゃいますわね」
そこへ、源頼光と太田道灌が到着した。
道灌は一同が揃ったのを確認すると、
深々と頭を下げた。
道灌「皆々様。
先の岡崎城下での戦、面目次第もござりませぬ。
罠に嵌まり、騎馬隊を損耗させてしまいました」
その言葉に、宝は思わず身を強張らせた。
狙撃隊の火力を抑え、騎馬隊を前面に出す――
その策を進言したのは、他ならぬ宝自身であった。
しかし、宝が頭を下げるより早く、
義経がその肩に手を置いた。
義経「道灌殿、それは違う」
義経は静かに続ける。
義経「あの空堀を見抜けなかったのは、総大将である拙者の責。
騎馬隊に負担をかける作戦をお願いしたのも、拙者でござれば……」
そして、深く頭を下げた。
義経「申し訳なかった」
義経は顔を上げ、道灌を見据える。
義経「率直に聞かせてほしい。
あの徳川家康――刃を交えてみて、いかがであった?」
道灌は一礼し、言葉を選ぶように口を開いた。
道灌「……強い男です。
兵数差に油断がなかったと言えば嘘になります。
しかし、それ以上に――
我らの動きを、よく分かっておりました」
悔しさを滲ませる。
道灌「反撃の速さ、的確さ……
頼光殿の救援がなければ、我が隊は危うかった」
頼光が頷き、続けた。
頼光「わしも同感じゃ。
我らの得意とする戦――
騎馬と鉄砲を組み合わせた攻撃を、
すでに見抜いておった。
わが隊の側面攻撃へも備えていた。
じゃが、寡兵ゆえに持ちこたえられなかっただけじゃ」
一拍置く。
頼光「刈谷城で徳川が完全に集結する前に叩けたのは、幸運であったな」
重い沈黙が落ちた。
その中で、宝が小さく口を開いた。
宝「あ、あの……義経様……」
声を潜めたつもりだったが、
その言葉は、評定の間にいる全員の耳に届いていた。
宝「こ、このような皆様の前で……
わたくしが、何かを申し上げるなど……
あまりにも、恐れ多く……」
お読みいただきありがとうございました。
心臓が張り裂けそうな重圧の中で、
宝は、この軍議に耐えきることができるのか。
名将たちに囲まれ、
若き参謀は、己の言葉を試されます。
その一方で、
義経に会うため、北条早雲が一人、馬を走らせていました。
嵐は、まだ姿を見せていません……。
この後の展開もお付き合いいただけたら幸いです。




